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35.ファニアの泣ける場所
アンネに案内され、ジェラールがファニアをベッドに横たえると、急にしゃくり上げるように泣いた所為か、ぐったりと眠ってしまった。
ポトはここでも当たり前にファニアに寄り添うかのように、ベッドの下に座っている。
そして、しばらくするとクライスとマリーナが部屋に駆け込んできた。
「ファニア!」
「ファニア、どうしたの!?ジェラール、何があったの?」
「それは俺が聞きたい。俺の顔を見た途端に泣き出したんだ。今寝たところだ。」
ジェラールの言葉にクライスは酷く驚き、落胆したように見えた。
「おい、馬鹿旦那、ファニアに何を言ったんだよ。ちゃんと話し合ったのか?」
ジェラールの声は、大きな声ではないが怒りを含んでいた。
「話し合った…ファニアの気持ちも聞いた…だが、溝が深まってしまった気がする…」
情けない顔で俯くクライスに、ジェラールは呆れてものも言えない。
「ちょっとクライス、溝が深まったって!?」
「赤子の父親を疑ったことを…ファニアは忘れられないだろうと…」
「当たり前じゃない!!二年の契約婚を強いられ、夫の最愛で最悪な女に罵られ、お腹のお子の父まで疑われ、この状況で心が壊れても仕方ないことを、あなたはしたのよ!?」
「ファニアは…嫁いできた時、夫となる俺には尽くして家族となりたかったし、ジュリエットのことは、今はもう何とも思っていないと言った。
ただ一つだけ…どうしてもこの先も心から離れないかもしれない言葉が、俺が放った『あの男の子か?』という言葉だったそうだ。
そして、避妊薬が確実ではないことも頭にあった筈なのに、ジェラールが過去を語らなければ、ずっと疑いながらファニアと暮らす選択をしたか、と…」
クライスは顔を上げて、マリーナとジェラールを見ながら言った。
「俺は、その問いに即答出来なかったんだ…」
「おまえっっ!!」
「メッ、メェェェェッ!!!」
ジェラールは渾身の力でクライスの顔を殴り付け、ポトは立ち上がって叫んだ。
傭兵として鍛え上げたジェラールの筋肉も力も衰えておらず、クライスは部屋の隅まで吹っ飛び、ポトは走ってクライスに飛び蹴りを喰らわせた。
「マリーナ夫人、すまない。どうにも我慢ならなかった。罰は受ける。」
「メェェ~~!!」
平民のジェラールが公爵令息を殴るなど言語道断の社会だ。
ジェラールは咄嗟に手が出たが、後悔はしていなかった。
ポトに至っては胸を張って座り直している。
しかし、マリーナは突然笑い出した。
「ジェラールさん、大丈夫よ。あなたが殴らなければ私が殴っていたわ。ポトちゃん、飛び蹴りがキマってたわ!あはははっ!!!」
「ジェラール、ポト、気にしなくていい。俺が全て悪い。」
クライスは口元から流れる血を手の甲で拭いながら言った。
「ジェラール、頼みがある。ファニアの傍には君達が居てやってくれないか?」
「………はっ?……達って山羊もか!?」
クライスの申し出にジェラールは不思議そうな顔をした。
「ファニアは…俺の前では泣かないんだ。ジェラールが居る時は泣くのにな…
ファニアが心を開けるのは、ジェラールとポトだけなんじゃないだろうか?」
「確かに…ファニアが泣いている時は、いつもジェラールやポトが一緒の時だけね…」
「いや、それは偶然だろ?」
ジェラールは否定するが、クライスは更に続けた。
「ファニアは俺の前でずっと笑顔だった。日々の暮らしの中で、もちろん楽しいこともあった。
でも、慣れない執務が大変でも、心が傷付いても不満があっても、いつも笑顔を絶やさなかった。
その時点で、俺では駄目なんだろうと思った…」
「クライス…」
マリーナはクライスの言わんとしていることが分かってしまった。
契約婚の義務を果たそうと頑張っていたファニアは、片時も自分を出すことをしていなかったのだと。
「ジェラール、ポト、一緒に公爵邸へ行ってくれないか?」
クライスの悲痛な顔を見たジェラールは、自分に何が出来るのか分からずにいた。
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