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360.【フランスに夢を乗せて】
しおりを挟む柊は届いたハンバーガーを受け取るとダイニングテーブルに雑に広げて、
夕太「皿とかいいからこのまま食べながら話そ」
とシェイクを飲み出した。
マスを頼むなら絶対にシェイクだと言い張る柊に倣って、普段ならコーヒーを頼むところを俺もバニラシェイクに変更した。
1口飲むと乾いた喉に甘みがちょうど良くて柊の好きそうな味だと思う。
夕太「てかそのホラーみたいな話、何か既視感と思ったら梅ちゃん先輩の話だ」
雅臣「一条先輩!?」
昨日のこともあって突然上がった先輩の名前につい過剰に反応してしまった。
幸いなことに柊はポテトにつけるケチャップを出していて全然気づいていない。
俺は平静を装いながらその続きを促した。
雅臣「……い、一条先輩が俺とどこか似たとこでもあるのか?」
夕太「梅ちゃん先輩さー、入学してから1週間毎日ずっと1人で自席で生徒手帳読んでたらしいよ」
雅臣「え!?」
夕太「ウケるよね!蘭世先輩に教えて貰ったんだ。梓、一条、で出席番号前後じゃん?それで気になって仕方なくて蘭世先輩から話しかけたんだって」
雅臣「い、1週間は確かに気になるかもな……」
夕太「だろ!?梅ちゃん先輩って大人しいというか自分から!って感じじゃねぇじゃん?なのにどやって蘭世先輩と仲良くなったのか気になってさ」
俺が家庭科室で一条先輩の衣装を仕上げている間に柊は梓蘭世に2人の出会いをさりげなく聞いていたらしい。
後ろの席の奴がそんな事をしていたら俺だって気になると思う。
自分は声をかけることはできないがそこにちょっかいをかけるのが梓蘭世で、多分どうにも気になってつい話しかけてしまったのだろう。
最初は大人しかった一条先輩も少しずつ梓蘭世と話していくうちにどんどん仲良くなったらしい。
夕太「だから雅臣とちょっと似てるなって」
雅臣「……似てないよ。一条先輩は俺なんかより明るくて、ずっといい人だ」
その頃の一条先輩を想像して笑う柊に、そんなことは全然ないと伝えた。
夏の合宿で俺に失敗してもいいと言ってくれたのが一条先輩だ。
両親がいなくて辛いこともあっただろうに、一条先輩は普段から多くを語らず無用に内面に踏み込んでくることもしない。
凪いだ海のようにただ優しく寄り添ってくれる人だからこそあの梓蘭世も仲良くなれたのだろう。
雅臣「それに一条先輩は俺よりも優しくて、もっと強い」
頼りになる家族がいないのは俺と同じなのに先輩は孤独を声高に主張しない。
でもそんな先輩だって時には寂しい日もあるはずで、合宿最後の夜に梓蘭世の全てが眩しいと呟いた先輩はとても苦しそうだった。
あの時は何の話かよく分からなかったが、今ならわかる。
梓蘭世が好きで大切だからこそ何も言えなかったのだろう。
俺が柊や蓮池といると明るくなれるように、最初は先輩にとって梓蘭世が暗闇の中で光る灯台みたいな存在だったに違いない。
眩しいくらいに輝く梓蘭世はいつの間にか誰よりも大切な存在になり大好きになってしまった。
……ただ、それだけなんだよな。
2人の出会いを聞いたら色んなことが急にハッキリと見えてきて肩の力が抜けた。
俺はもう変に身構えることもなく、また一条先輩と普通に話すことができる気がする。
夕太「どしたの?」
雅臣「いや、何にもないよ」
夕太「まぁでも確かに?梅ちゃん先輩は雅臣に似て大人しいけど、何だかんだ普通に友達はいるタイプだもんね!てか雅臣いつからボッチなの?」
雅臣「……随分残酷な聞き方するな」
夕太「だってほら、ボッチは中学時代だけなのかなーとか?小学校時代はどうよ、放課後自転車乗って公園集合とかよくあるじゃん?」
……悲しいかな。
残念ながら俺はその〝よくある〟をずっと横目で眺めていただけだった。
雅臣「俺の家は幼稚舎がすごく近くてさ。大体学校終わりは寄り道禁止だろ?クラブにも入ってなかったからそのまま真っ直ぐ帰宅していたよ」
夕太「あー……ちゃんと校則守るタイプだ。え、てことはさ……まさかと思うけど自転車乗れる?」
柊は話しながらも途中で禁断の質問をしたかのように目がキョロキョロと泳ぎ始める。
変な気を遣われてるのが丸わかりで嫌になるが、隠すのも馬鹿らしいのでそのまま素直に教えることにした。
雅臣「乗れる……と思う。一度も乗ったことないけど」
夕太「えっ!」
雅臣「悪かったな」
びっくり眼にわざと拗ねたような顔をしてみせると、
夕太「ま、まあまあ!!!そしたら俺と冬休みモリケロパークで自転車乗る練習しよ!!あそこ練習してる人多いし!!」
柊は教えてあげると胸を叩いた。
雅臣「えぇ……恥ずかしいよ。小学生の奴らに混ざるんだろ?」
夕太「いいじゃん別に!!」
絶妙にからかわれてると思ったがその目は真剣でどうやら本気で乗り方を教えてくれるようだ。
人生で一度も自転車乗ったことがないのは環境のせいもあるとはいえ、そうまでして乗れなければならないものなのかとも思う。
柊は引き気味な俺を見て張り切って手を挙げた。
夕太「もうこうなったら雅臣が小学生時代できなかったこと全部やろう」
雅臣「お、おう……」
夕太「俺は友達だから付き合ってあげる!……あ、そうだ!雅臣が恥ずかしいならフランスで練習しようよ!」
雅臣「フランス!?」
今度はいきなりフランスでの練習を提案され、思わずその顔を2度見した。
柊は何を想像しているのかもう完全に自分の世界に入っていて、目をキラキラさせながら身を乗り出してくる。
夕太「そう! フランスってさ自転車文化なんだよ! パリとか田舎の田園地帯とかめっちゃ広くて平坦な道ばっかりなんよな」
雅臣「は、はぁ……」
夕太「俺のグランパの家ならすんごい広い牧場だから余裕で自転車の練習できるって!モリケロじゃ雅臣の言うようにチビたちにバカにされるよ!!俺友達だからそんなの見てられない!!」
からかってるんだか真剣なんだか、ニヤニヤと笑う柊を軽く小突いた。
小学生の頃に俺ができなかったことを埋め合わせる話がいつの間にか海外旅行になっていて飛躍しすぎじゃないかと思う。
でも、正直俺はすごく行ってみたくなった。
まだ一度も海外に行ったことがないし、自分の狭い世界は海外に行けばより広がって絶対いい経験になると思う。
ただどこまで本気にしていいのか分からずチラと様子を伺うと、柊は本気の顔でその先の計画を語り始めた。
夕太「冬ならスキーしてもいいし……あ、雅臣今旅行代高いとか思った?そんな時のためのオレンジェット航空!!」
雅臣「どこの航空会社だ?聞いたことないないけど」
夕太「破格の直行便5万円!!ぎゅんぎゅん詰めでシートは倒せず死にそうになるけど、5万、いや8万あればホテル代も飯代もなしだから行けるはず!!どうよ!?」
破格の値段なだけあって俺が想像する何倍もキツそうな飛行機だ。
柊が目の前でその狭さを実演してくれて、つい笑ってしまう。
きっと宿は柊のお爺さんの家に泊めてもらうことになるだろうし食事も出してくれるんだろう。
8万ではさすがに足りない気がするが10万あれば行けるような気がする。
今からバイトを頑張れば柊と一緒に必ずフランスに行けるはずだ。
夕太「雅臣に地平線まで広がるラベンダー畑を見せてあげたい!それから一緒に自転車を走らせて街にも出ようね!!」
柊は俺と一緒にやりたい事をあれもこれもと挙げ始める。
聞いているだけでとてつもなく夢が広がり、そのキラキラとした夢見るような瞳は眩しくて引力のようだ。
難しいことなんて1つもないと思わせる力があった。
雅臣「あぁ、俺本気でバイトして貯めるよ!すごく楽しみになってきた!!」
夕太「ふふ。………良かった。元気出た?」
雅臣「え」
俺の顔を覗き込むと柊はニコッと笑った。
夕太「雅臣なんか今日元気なさそうだったから!笑顔になってよかった!」
一条先輩のことばかり考えていた俺は1日中顔が暗くなっていたのだろう。
普段は子供っぽいくせにこんな時だけ大人びて見える柊は本当に不思議な奴だ。
夕太「フランスの話は本気だからね!」
笑いながら小指を差し出す柊を見て俺も同じように小指を差し出した。
夕太「約束だよ。一緒に行こうね?それから雅臣が何か相談したくなったらいつでもしてね!」
雅臣「ああ」
互いに小指を絡めると柊は屈託のない眩しい笑顔を見せた。
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