山王学園シリーズ〜カサブランカの君へ〜

七海セレナ

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128.【夏だ!プールだ!】

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雅臣「は、……蓮池、お前それ……」

夕太「ねぇでんちゃん……その水着ほんとに変だよ……」


蓮池の斬新なスタイルに目を見開くと、柊はこれを知っていたのか俺の隣で思い切り眉根を寄せてまた渋い顔をした。


楓「何言ってんの夕太くん。これはね、1970年代のFONDI春夏コレクションの復刻版ですごくレアなんだよ」


恐ろしく自信あり気な蓮池だが、レアだかなんだか知らないが変にレトロクラシックな形の水着に周りの人が全員見ている。

良く言えば競泳用のオールインワンフィットネス水着だが何故デザインがモスグリーンと白のボーダーなのか。

体格の良さが横縞で強調され、蓮池はピチピチの半袖短パンだというのにさながらパリコレモデルのようなポーズを披露している。

しかも超幅広のストローハットを被っていて、そこにイカついサングラスといつもの髪型が加われば柊の言う通り〝変〟極まりない。


梅生「…くっ…くく、蘭世がいたら絶対笑って……」

雅臣「いや先輩も笑ってますって」


俺の横で肩を震わせ何とか堪える一条先輩を窘めながら、釣られそうになるのを必死に耐える。


………ここで俺が笑ったらおしまいだ。


今日の蓮池の機嫌が全て今この瞬間の対応にかかっているぞ。

どうにか話題を変えようとするが、近くにいた子供が蓮池を凝視して「ウォーリーみたい」と言った時点で堪えきれなくなった先輩が目の前の売店まで走って逃げた。

ずるいぞと思うが、再び蓮池を見れば絶対に笑ってはいけない苦行を強いられてるようで俺は何とか平常心を保つ努力をする。


雅臣「ひ、柊、浮き輪は膨らまさなくていいのか?」

夕太「膨らませる!あ!貸出もある……でんちゃんこのフラミンゴのでかいヤツ乗りなよ絶対似合うよ」


ショッキングピンクのフラミンゴに水着姿の蓮池……と俺が想像するより先に真面目な顔して戻ってきた一条先輩がそれを聞いてもうダメだと吹き出した。

相当ツボだったのか珍しく爆笑する先輩に、よく自信満々であれが着れるなと前を歩く蓮池を見て俺も一緒に苦笑してしまう。

しかし蓮池自身が相当気に入って着ているものだからか、少し先輩に笑われたくらいでは大して機嫌を損ねることもなく気にせず前を歩いていた。

まぁプールの中に入ってしまえば誰に見られることもないし注目を浴びることもない。

何ならすでに見慣れてきたまであるしむしろあれは蓮池にしか着こなせないよな。

そのまま4人でプールサイドに向かって歩き出すと、絶叫系を始めとする多彩なスライダーが売り物なせいかどこからも激しい水飛沫の音と叫び声が聞こえてくる。


雅臣「おぉ……」


世界最大級のスケールを誇るウォーターパークの宣伝通り俺達の目の前に広大な流れるプールが見えてきた。

泳いでる人もいるが、ほとんどの人は浮き輪につかまってのんびり流れに身を任せて会話を楽しんでいる。

水音と人の声が混ざりあってはしゃぐ人達に、俺も冷たい水の中に早く入りたくなってきた。


夕太「後で皆であれ乗ろうな!」


柊が指さしたのはオレンジに赤、黄色とかなり派手なファンネル型スライダーで、ここからでもつんざくような悲鳴が聞こえてくる。

いきなりあんなすごいのに乗る気なのか……!?


夕太「あれ確か6人までなら一緒に乗れるからさ」

梅生「ゴムボートに乗って滑るのか……面白そう!」


柊は全部のスライダーを制覇する気で、意外にも一条先輩も乗る気満々だ。

しかし俺はどう思い出しても滑り台なんて幼稚舎のぞうさんプール以来で、あんなに派手な大きなものに乗るのはかなり勇気が必要だった。


楓「夕太くん浮き輪膨らませるのどれ?早く行くよ」


そんな俺の気も知らずに蓮池が2人で浮き輪を膨らませて来るから早くと柊を急かし、俺と先輩は荷物番と場所取りを任命される。


雅臣「先輩って絶叫行ける人ですか?」

梅生「うん、俺は結構好きかな。蘭世は乗りたがるのに直前でビビり出すタイプだよ」


思い出し笑いをしながら今日来れなかった親友の情報をバラす先輩は笑顔でパラソル下の日陰を探す。

梓蘭世と本当に仲が良いからこそ分かる話題で、この2人は何だかんだで仲が良いなと少し羨ましくなった。


梅生「あ、ここ空いてるラッキー。蓮池の荷物重りにしてレジャーシート引いちゃおう」


一条先輩は蓮池の荷物を漁ってレジャーシートを取り出すと真夏の太陽を吸収して熱くなったビーチサイドに思い切り広げた。

両サイドを2人で持って敷いてからパラソルの下に座ると、照りつける日差しが和らいで涼しい気がした。

10分くらいして柊が何故か手ぶらで戻ってきたので後ろを見れば、蓮池が必死の形相で3つも浮き輪を抱えて苦戦している。

慌てて手伝いに走ると、


雅臣「すごいデカいな…というかファンシーだな」

楓「夕太くんがあの意地悪な姉貴達から借りてきたんだよっ、と…」


蓮池に2つ浮き輪を放り投げられ何とかキャッチする。

自分の肩に水玉模様のピンクと水色の浮き輪を1つずつ通してからフラミンゴの浮き輪を抱える蓮池を見て、いくら軽いとはいえこいつ1人でよく全部持ってきたなと感心した。


夕太「梅ちゃん先輩場所取りありがとうございました!でんちゃーん!これプールバッグ取られて困るもの入ってない?」

楓「うん、そのまま置いといて」


蓮池は素っ気なく答えているが一応ブランドものなのに大丈夫なのかと少し焦る。

カゴバッグの使い込まれた感じからさすがに新品ではないと思うが、蓮池のことなので取られたら取られたでまた買うのだろう。

とりあえず予備で持ってきたバスタオルを上から被せておけばあまり目立つこともないよな……。

名古屋に来てから俺の周りでハイブランドを持つ奴がやけに多いせいで感覚がおかしくなりそうだが、さすがに勿体ないし取られていいものでもない。

せっせと皆の荷物の上から分からないようにタオルをかけ、これでよしと前を向くと柊は既に走り出していた。


夕太「よーし!もう入っていいよな!いぇーい!!」

梅生「あ、ひいら……!!」


屈伸運動をしていた一条先輩の腕を引いて柊は流れるプールに思い切り飛び込んだ。

監視員に笛を吹かれ注意されているが、柊は小さく謝ると浮き輪をパスしろと両腕を上げる。

蓮池がポイと投げ輪のように放ると柊に見事ハマって穴からにゅっと飛び出てきた。


雅臣「俺らも行くか」

楓「初プールってTmitterで呟かなくていいのか?」

雅臣「お前ほんと…ふざけんのも大概に……っ!?」


ニヤニヤと今日イチでいやらしい顔をする蓮池に言い返そうとした瞬間、思い切り蹴飛ばされプールに突き落とされる。

もし俺が泳げなかったらどうするつもりだと深く沈んだ水中から見上げれば水面に太陽の光が反射してキラキラと輝いていた。

まるで子供の頃に覗いたビー玉の中にいるようで、不思議な感覚を味わいながら世界はこんなにも眩しいのかと刹那の煌めきを味わう。

泳いで水面から顔を出して頭を振れば監視員が笛の音を響かせてこちらを睨みつけていた。


い、今のは俺じゃないだろ!?


一言言ってやろうとプールサイドを見上げると、しゃがみ込んでこちらを覗く蓮池の曇りのない笑顔に息を飲む。

蓮池はもう1つの浮き輪を投げて雑に俺に被せると自分はフラミンゴに乗ってプールに浮び上がった。


夕太「ナイス飛び込み雅臣!でんちゃんナイス!」


そう言って柊はバタ足で俺の傍まで来ると手のひらに水をすくって俺の頭にぶっかけた。

ものの数秒で全身びしょ濡れになって自然と笑えてきてしまう。


楓「だろ?ほら早く流れろって、監視員来るぞ」


急かす蓮池に俺がこいつを引っ張るのかと思いながら渋々蓮池の乗るフラミンゴの紐を持って流れに身を任せる。


夕太「梅ちゃん先輩俺も引っ張って!レッツゴー!」


浮き輪を椅子のように座り浮かんだ柊は大胆にも一条先輩を指名した。


梅生「いいよ、俺水中の方が好きだから。あ、でも持たれながら押す形でもいい?」

夕太「もち」


初手から突き落とされてしまったが、誰もが明るい笑顔でこんな経験は初めてだ。

後ろを振り返れば未だ水に濡れずフラミンゴに腰を落として足を組んだまま優雅にたゆたう蓮池がいる。

その隣では同じように柊が浮き輪に乗っかって、一条先輩が笑ってくるくると回転させている。

あのまま東京にいたらこの楽しい世界を知らないまま生きていたんだな。

少しだけ感傷に浸りながらフラミンゴの紐を引っ張るが、のんびり浮き輪をつけて水に浮いているだけとはいえ直射日光が凄い。

後でもう1度日焼け止めを塗り直さないと大変なことになりそうだ。

隣を泳ぐ色白の一条先輩にも言わないとと見れば先輩もとても楽しそうに浮かんでいて、子供のような表情にもう少し後からでいいかと俺も流れに身を任せた。

長島には色々な種類のプールが何個もあるせいか次第に客が分散し始め、流れるプールはほどよく空いていて心地がいい。


夕太「蘭世先輩もだけどさぁ…ミルキー先輩もジュリオン先輩も来れたら良かったのにね」


冷たい水が全身を覆うのを楽しみながら進むと残念そうな顔で柊が呟いた。

……そうだよな。

全員で来れたらもっと楽しかったのかもしれないと思うと、


夕太「でも梅ちゃん先輩いるから超楽しい!…って、梅ちゃん先輩俺らといて楽しい?」

梅生「楽しいよ。先輩と遊びに行ったことはあるけど後輩と遊ぶのは初めてだからね」


浮き輪を押しながら微笑む先輩の黒髪を柊が身を乗り出して嬉しそうにぐしゃぐしゃと撫でた。

その行為に一条先輩が優しいからいいものの後で注意をしなければと何故か俺がすみませんと謝ってしまう。


梅生「いいよ、気遣わなくて」

楓「でも意外ですね。合唱部で先輩達と遊ぶとかあるんだ」


クスクスとされるがままになっている一条先輩の懐の広さに、この大人しいだけじゃない先輩の引き出しはまだまだあるように思えた。


梅生「地区大会が通った記念に合唱部の皆で海行ってBBQしたんだよ。去年の8月だったかな?」


初めて聞く先輩の合唱部の話に耳を傾けながら、やっぱりいつもの疑問に落ち着く。

いつも何だかんだで話が逸れて真相が分からないままだったが、この人はどうして合唱部を辞めたんだろう。


楓「大会……あぁ、今週あるやつと同じのか。でも合唱部ってそんな感じなんですね」

雅臣「そんな感じ?」


蓮池の言葉に振り返り、少し前を泳ぐ一条先輩と交互に見ながら足を揺らめかして追いかけた。


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