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164.【柊ってばいつの間に】
しおりを挟む「そば粉を練りこんだ桑名産蛤のアーリオオーリオエペペロンチーノでございます」
その後衣装の話が何となくうやむやになり、出された断面の四角いパスタをパプリカのソースを絡めて美味しくいただいていると、
楓「ついでに聞きたいんですけど」
梓蘭世が1口だけ食べて後は殆ど残したパスタも綺麗に平らげた蓮池が急に手を挙げた。
皆のフォークを使う手が止まったのもあって蓮池は少し驚いたように瞬きしている。
楓「いやそんな大した事じゃないけど……文化祭って各部活の持ち時間とかあるのかなって」
雅臣「そうだよな…確かに曲を作るなら時間配分も考えないとな」
蓮池の言葉に深く同意するが、俺達はそもそも誰一人としてまだ曲が出来ていない。
体育館で発表するだの衣装を派手にするだのはさておき、柊が提案した合宿で全員曲を作り上げる気でいるんだろうけど各学年持ち歌を何分にするかも決めていなかった。
三木「体育館だと各部40分以内が原則だったな」
蘭世「でも自分達の持ち時間を他の部活に譲ったりもできんのよ」
夕太「どゆこと?」
三木「例えば発表が30分で終わるのが明確なら、残りの10分を他の部に渡せるんだよ」
2人の話によれば体育館だけは厳しく時間制限されていてタイムスケジュール表も配られるらしい。
三木「でも基本的にどこもフルで使いたがるからな。演劇部やダンス部みたいに長くやりたいとこは他の部に懇願して時間を貰ってる」
他の教室や空き場所を使う場合は事前にきっちり時間を申請すればずっと使えてしまうので特に問題もないと三木先輩は説明してくれた。
それなら安心だと一息つくが、
三木「合宿は作詞作曲がメインだと思うが衣装まで作るとなったら手一杯だな…前もって祝福の歌くらいは練習できるといいな」
夕太「えー、それなら体育館で練習しようよ!絶対通るからさ」
ジャンケン大会で体育館の使用権は決まるというのに柊は相変わらずもう決まったかのような言いぶりで呆れてしまった。
しかし、もしジャンケンで負ければ柊のやる気も失せて衣装の案もなくなるかもしれない。
どちらにせよ運ゲーすぎると再び大きくため息をついた。
楓「もし練習するなら8月13日より前にして貰えると助かるかな…って夕太くん聞いてる?」
夕太「待ってこれは真剣に食べたい」
楓「ほんとエビ好きだね」
柊はパスタの次に給仕された伊勢海老のトスカーナ風穴子のフリット添えを真剣に食べている姿を見て、蓮池は苦笑しながらシャルドネジュースをぐびぐびと飲んだ。
梓蘭世がそんなに好きならこれもやるよと伊勢海老を柊の皿に移しているが先程から殆ど食べてない。
朝食を食べすぎて入らないのだろうかと細い肢体を眺めた。
蘭世「作詞作曲かー…まじでだりぃな…」
夕太「1年生はもう出来てるよ、完璧!」
海老に目を輝かせて頬張る柊は魚介のオレンジソースを口の回りつけたまま得意げにしているが、何も知らされていない俺は蓮池と顔を見合わせた。
まさかもう先に柊と蓮池の2人で作詞作曲をしていてくれたのか?
それならとても助かると2人にお礼を言おうとした瞬間、
楓「陰キャお前……自分に酔いしれて気取り散らかした曲でも作ったんか?」
雅臣「そんな訳ないだろ!!」
蓮池に変な言いがかりをつけられて俺は思い切り否定するがこの様子だと柊1人で作ったってことだよな?
夕太「俺がフランスに行ってる間に景色見ながら作っといたの。パピーも褒めてくれたんだよ」
蘭世「え、ジャンさんにも褒められたとかそれ凄くね?名曲じゃん」
梓蘭世に頭を撫でられへへっと自慢する柊を見て俺は目を見張ると同時にめちゃくちゃ感謝した。
実はかなり作詞作曲のことが気がかりで、いくら皆で作るとはいえ音楽は聴く専門の俺はどうしたらいいのかさっぱり分からなかったからだ。
初めは曲調が被らない方がいいだとか色々考えていたが、どうせ作り出したら何の才能もない俺に何か出来ることなんてないだろう。
しかも柊の父親は有名な作曲家、その人が褒めるということは梓蘭世の言う通りかなりの出来栄えじゃないか?
夕太「だから明日から俺ら1年生は特訓するだけ!練習あるのみ!」
雅臣「柊……!本当に助かったよ!ありがとう!!」
夕太「もっと、もっと言って」
雅臣「本当に本当にありがとうな!早く聴きたいよ」
嬉しくなって俺の分の伊勢海老も半分柊に分けてあげることにした。
夕太「うわ!!ありがとう」
満面の笑みで柊は俺の伊勢海老を頬張っていて、俺はポケットからティッシュを出して口を拭くように渡してあげた。
夕太「名曲って向こうのグランマも絶賛してたから楽しみにしててよ!でんちゃんと雅臣には歌ってもらうだけでいーの、伴奏は任せて!」
そう言って胸を叩く柊に頼もしさのあまり海老なんて丸ごと食えと全部あげることにした。
楓「……柊家なんて全員夕太くんに甘いじゃん」
蓮池は1人怪訝そうな顔をしているが、俺と蓮池で何か作れるとも思わないしお前ももっと柊をヨイショしろよと両手で持ち上げるポーズをした。
夕太「蘭世先輩達は?」
蘭世「作曲はある程度?あとはまぁ合宿で梅ちゃんと歌詞作るくらいかな」
ダルいダルいと言いつつちゃんとやってるのは感心なことで多分一条先輩の為だろう。
それにしても梓蘭世が手がけた曲は何かお洒落そうで、作詞作曲の不安がなくなった俺は今から先輩達の曲を聞くのが楽しみになった。
蘭世「てか3年が1番やばくね?」
梓蘭世がフォークを三木さんに向けてどこか楽しそうに笑っている。
褒められた仕草じゃないのにイタズラなその表情まで魅力的でまるで1枚のポスターのようだと見とれてしまった。
蘭世「三木さんあんたどんな〝絆〟見せてくれんだよ」
3年の作るテーマをわざと言う梓蘭世がその答えを待つと、
三木「それなら何の問題もない」
三木先輩は美しいナイフ捌きで海老の殻を剥いてフォークで口にした。
意外と言わんばかりに梓蘭世は瞬きしているが、その余裕の表情を見てやっぱり三木先輩はスケジュール管理から全て何もかも計画的にこなすんだと瞠目する。
三木「全部リオに任せたからな」
しかし心無くそう言う三木先輩に椅子からずり落ちそうになった。
俺なんか夏休みを満喫しすぎていて今のところ勉強も進まず何も考えてもいないと反省したのに、芽生えた尊敬の念を返して欲しいと顔を顰めた。
蘭世「はぁ!?ズルすぎんだろ!てかよく桂樹さん許したな」
三木「そういうのはリオの方が向いてるんだよ。チャット飛ばしたから見てはいるだろ」
楓「未読スルーの可能性もあるでしょうよ」
三木「その時は合宿で作ればいいさ」
三木先輩はどうってことはないと動じることもなく眼鏡のフレームを人差し指で上げ余裕の微笑みだ。
梓蘭世も三木先輩も普通の仕草が一々かっこいいのは芸能界ならではのものだろうか?
店員が口直しのスミレのパンナコッタを給仕するのを眺めながらそんなことを考えていると、
蘭世「てか桂樹さんで思い出したわ、合唱部ってどうなった?」
その発言にドキリと心臓が跳ねた。
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