平凡雑音日記。

赤屋カル

文字の大きさ
上 下
44 / 53

初雪

しおりを挟む
 ある人が僕に言ったんだ。


雪はね,溶けて無くなってしまうけど,アスファルトは濡れて,数分は痕跡を残すの。

雪はね,溶けて無くなってしまうけど,気温は下がって,存在を強く残していくの。

彼女は鼻を真っ赤にして,空を見上げながら
パラパラと空から流れ落ちる結晶に
息を吐きながら話すのだ。


彼女のつける赤色と緑色のチェックのマフラーはどうやらもう時期やってくるクリスマスを連想させるらしい。


彼女のボブの髪は,真っ黒くて,雪がその髪につけば,一つ,また一つとアクセサリーのように輝きを放つ。

ただ,美しいと僕は思った。

彼女が真っ赤な手を口に当てて,自分の吐息で温めていた。

僕はその手を自分の茶色いコートのポケットに入れて,温めてあげたいと思った。

でもそれはできない。

彼女が僕を見て笑うのは,
彼女が僕に心を許しているわけではなくて

彼女が僕を他人と思っているから笑っているのだ。

僕の茶色いコートは彼女のために着てきたのではなく,数分後に来るであろう市バスを待っている。

そしてその市バスの終点で待つ別の人のためのコート。

僕と彼女は手を握る関係じゃない。

僕と彼女は笑顔を分かち合う関係でもなければ,一緒に「雪だね。」
と語り合う関係でもない。

ただ,僕と彼女はたまたまそこに居合わせた市バスを待つ人間。

それだけなのだ。

彼女はこの後,市バスを乗って停留所で降りて,そこで出会うであろう人と一緒に雪の綺麗さを語るのだ。

彼女のマフラーに
雪が一つ,一つ消えていく。


彼女が隣で息を吐きながら
上を見上げて雪を見ている。

その姿を僕は真四角の黒い縁の隙間から見て,思わず

「綺麗だ。」と言いたくなった。

この感情も雪と一緒に溶けて無くなってしまわないだろうか。
しおりを挟む

処理中です...