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邂逅
しおりを挟む三原家の血筋なのか、端正な顔立ちに燃え立つ炎を凝縮したような炯りが収まる双眸はどこか冷たく、切れ長の目尻がいっそう怜悧な印象を強くしている。
間違いようもない、義父の三原輝一朗だった。
一気に激しく打ち出す鼓動が、どっ、どっ、と巨人に胸を踏みつけられるような痛みを誘起する。上体だけ起き上がった和馬は何も身につけておらず、下肢には自ら散らした飛沫がまだ固まることなく残っていた。
――兄貴
と、どこかで甘えたような慧の声が聞こえる。俯く瞳に涙が滲んだ。直感で感じた。
引き離される。
この家を追い出される。慧とはいられなくなる。
ぎし。見るからにオーダーメイドスーツの上着をソファに置いた義父が立ち上がる。
――嫌だ、嫌だ、嫌だ。ここにいたい。慧といたい。
ごめんなさい、と謝ればいいだろうか。駆けだして部屋に逃げ込もうか。激しく短い呼吸を繰り返して酸素を取り込もうとするが上手くできない。
項垂れる和馬の前に義父は立つ。
ヂー、と聞き慣れた音が激しい鼓動を叩き付けられる耳に届いた。
目に映ったのは、まだ四十代前半であろう義父の濃紺の下着から取り出され、慧のものよりも色のくすんだ男の象徴だった。
少し上向いているそれから目を逸らしてまた俯くと、記憶から消えていた義父の声が落とされる。
「カズヤ」
「―――」
和弥。今の今まで忘れていた、それは和馬の実父の名前だった。
「さあ、カズヤ」
動けない和馬の前に突き出されるもの。ボサボサに乱れた髪を耳朶の横から梳かれて促され、目を閉じて顔を近付けると頭部を引かれて唇に当てられた。
「ん、ぅんっ」
「舌を添わせて――喉まで挿れて」
薄く開いた唇から一息に奥まで突き込まれる。喉の奥で噎せたが、和馬の髪に指を絡めた義父は離れることを許さなかった。
「歯は立てるな」
両脇から押さえられた頭部を前後させられ、口腔内に抽送されるものを和馬は必死で咥え込む。
「ん……っ……んっ……ん」
「そう……喉の奥から締めて」
「んんっ、んっ、んぶっ」
動きを早くされ、目を閉じて身体まで揺らす和馬の左脚がソファから落ちた。それでも義父の手は止まらない。
「唇を緩めるな――歯を、出すな」
小刻みに震える拳を握り締めて、強いられる行為に意識を集中させた。そうでなければ、不安と恐怖に胸が張り裂けそうだった。
「んんぅっ!?――っ」
吐き出されたものを、命じられる前に嚥下する。
「そう、そのまま最後まで搾って」
まだ幾度か頭を動かされ、精路に残る全てを注ぎ込もうとする義父の意志に従った。
口腔を圧迫していたものは抜き出されたが、眼前から離れていかない。生臭さに目を背けたくなるが、大きく呼吸する和馬に義父からの指示は続いた。
「さあ、きれいにして」
「………ん、ぅ」
精液のこびりつく舌で舐めた。単調な動きに思考が戻る。
――助けて。
――慧。助けて、助けて!
「充分だ」
下着と同じく黒に近い濃紺のスラックスに自身のものを収めた痩身の義父だが、その身長以上に大きく感じる。
まともに会話した覚えは一度もない。向き合って正対したのは恐らく十一年前の一度だけ。母のように虐待されたこともない。
それなのに目の前に佇立して、言葉を発せずとも纏う雰囲気で威圧してくる義父の輝一朗が、恐ろしかった。その眼差しの強さだけで圧倒されて恐怖に震える。
「――ひっ」
顎を摘み上げられ、胸の中で慧! と声を上げた。
目を閉じる和馬の首筋を義父の指先は滑り下り、鎖骨に、胸に、赤く腫れた左の飾りを抓み上げ、息を呑む和馬に薄く嗤って更に指を下ろす。
「お……とう、さん」
俯いていても分かる義父の視線。おずおずと手を伸ばして、下肢の付け根を義父の目から隠した。
「あっ」
上腕を掴まれて何をされるのかと強張る身体を反転させられる。背中を押されて、左脚を落としたまま犬が伏せるような格好になった和馬の背骨のラインを、指先はまたゆっくりと辿った。そして、躊躇うことなく双丘の中心まで。
「――っ」
息を飲んで唇を噛む和馬のそこには、ありありと情事の跡が残されている。慧のもので濡れた紅い花唇を二本の指先でまさぐられ、あらぬ場所に火が灯りそうになるのを唇を噛んで堪えた。ぐっ、と力を入れられた時、
「――父さん?」
ドアの開いていたリビングに入ってくる慧。いつの間にかシャワーの音が止んでいた。
指は離れ、義父の気配も離れていく。
「優雅だな」
土曜の昼時にシャワーを浴びる息子に冷笑を残して、輝一朗はスーツの上着を取り上げた。
「何…?」
訝しげに眉を顰めた慧が、ソファの気配に気付いて息を呑み、背もたれ側から回り込んでくる。見上げると涙が一筋頬を伝った。
「っ兄貴に何した!?」
形相の変わった慧が父親の胸倉に飛びかかった。
「お前の兄じゃない」
「っ…」
その言葉にまたひとつ、涙が落ちる。
「戸籍上は俺の兄貴だ!」
「何もできない子供が、よく吼える」
「待てよ! 兄貴に何をした!」
振り払っても噛み付く息子に、義父は容赦なく手を上げた。
頬を打たれ、それでも慧は諦めない。
「言えないことかよ!」
「慧っ!何も、されてなんかない」
「じゃあ何を言った、兄貴に謝れよ」
「それは私の息子だ」
「逃げるな!」
自室に向かおうとする義父を、慧はまだ追う。
「誰のお陰でその子を手にできた?」
「――俺の運命だ!!」
間を置かず言い放つ慧に、表情の無かった義父の口元が笑いの形に歪む。だがその瞳は和馬を映したときと同じく冷えていた。
「待てよ!」
「慧!」
叫び、追う力よりも強く慧の身体を抱いて引き留めた。
義父の姿は見えなくなり、一階のどこかでドアが閉じる音がすると、それだけで安堵して力の抜けた和馬の両肩を慧が掴む。
「本当に?何もされなかったのか?!」
たとえ義父でも「父親」が息子に対し何をするというのか。そう言って慧をなだめたかったが、上手く言葉が出なくてただ頷いた。
「泣いてただろ!?」
恐かった。恐かったんだ、本当は。
獰猛な獣に射すくめられた小動物のように、身が竦んで言うなりになるしかなかった。
「……風呂、入る」
目を合わせないまま無意識に口元を押さえてソファの洋服を拾い上げる和馬の仕草で、慧は気付いてしまう。
「唇?キスされたとか?」
「っ違う。慧、ソファ!」
綺麗にしておけ、と指さして浴室へ逃げる。
「兄貴!」
ドアで捕まり、噛み付くようなキスに唇をこじ開けられて、口中をまさぐった舌はだがすぐに出て行く。
「っ――アイツなんだな?」
殺意すら滲む、感情を押し殺した声だった。
「慧――慧!」
「放せ兄貴」
「行ってどうするんだよ」
「殺っ、ぶん殴る!」
「駄目だ、やめろ」
「今はまだ殺せないけど、許さない!」
「慧っ!」
和馬を引き摺るように義父の部屋へと進む慧の首に抱きついた。
悪いのは自分だ。他人である自分だ。血の繋がった親子である慧と義父を争わせてはいけない。
そうでないと輝かしい慧の将来が――あの非情な目をした義父は何をするか分からない。
「恐かった…っ」
慧の足が止まる。
「恐かった。出て行けって、言われるって思っ…思った」
「兄貴。そんなこと、俺がさせない」
滅多に帰らない自宅のリビングを男の体液に汚されて、義父はどう思っただろう。高校生になったばかりの息子に手を出されて、売女のように薄汚い自分はどう思われたんだろう。三原家の跡継ぎになる慧を都合良く洗脳したと思われただろうか。
それならそれでいいではないか。自分だけが追い出され、慧がこの家にいられるなら。慧の未来への道が閉ざされないなら。
「ごめんね。恐い思いさせてごめん」
一昨日まで一人で生きていくと覚悟していた。
元々慧とは歩む道が違う。それなのに。
「ごめんね兄貴」
慧の温もりは、瞬く間に和馬にとってかけがえのないものになっていた。
「風呂…一緒にきて」
「うん」
縋り付くように抱きついて、それだけを言うのか精一杯だった。
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