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一話完結物語
泥棒の親分
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私は先日まで、盗みで生計を立てていた。
小さなものでは小遣い程度しか入っていない財布から、大きなものではしばらく生活に困らない価値の有る宝石まで。
褒められたことではないのはわかっている。しかし何の特技も無くやりたい仕事があるわけでもなかった私には、それ以外に生きる道が無いように思えたのだ。
今は、違う。
これからは真面目に働くつもりでいるし、その気力もある。
おかしな話だが、これというのも私に泥棒としての技術を教えてくれた親分のおかげだ。
泥棒稼業にけじめをつけるつもりで、そんな親分のことを振り返ってみたいと思う。
あの偉大なる、親分のことを。
* * * *
「ごめんくださーい。ちょっと訪ねたいことがあるんですがー…」
そう言って家を訪たのは、ずんぐりした体型の髭親父だった。
スーツや作業着ではなく何の荷物も持っていないところから、訪問販売の類ではなさそうだ。
人の良さそうな笑顔。しかし決して身なりが良いとは言えず、ホームレスが物乞いに来たと言われても私は疑わなかっただろう。
何の用かと尋ねると、彼は笑顔で答える。
「いや、先日隣町であった空き巣のことなんですけどねぇ」
……その言葉に、心臓が跳ね上がる。その事件の犯人は、私だったのだから。
この男、警察の関係者か、あるいは探偵か何かだろうか?
だとすればすぐにでも逃げ出したいところだが、すでに身元がバレている以上逃げ場は無さそうだ。
それにもしもまだ確信を持っていないのだとしたら、下手に動揺を悟られるのは不味い。
平静を装って何のことか尋ねると、笑顔で細められた目を少し開いて男が答える。
「んー、なんていうのかなぁ…ぶっちゃけアレ、お前さんだろ?」
そう言って男はポケットに手を入れ、数枚の写真を私の前に広げた。
私は血の気が引いて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまった。写真に写っていたのは、まさに私が犯行に及んでいるところだったのだから。
「言い訳のしようもない…っていうのは、わかってもらえたよねぇ?」
男の目は笑っていない。私は何の言葉も浮かばず、何も言えずに写真に釘付けになっていた。
終わった……これで私の未来は決まりだ。投獄。前科者。ただでさえまともに働いたことのない私にとって、もはや社会的に死んだも同然であるような気がする。
それにしても、何故この男はこの写真を…?
呆然としている私に、男は優しい声で語りかけてきた。
「いやぁ、別にお前さんを警察に突き出そうってつもりはないんだよ。不景気な世の中だ。盗みでもやらなきゃ生きられないことだってあるのはわかってるし……」
男は軽く間を空けて、自嘲気味に笑いながら言葉を続ける。
「なんたって、俺も同業者だからなぁ」
その言葉に、私は耳を疑った。
――……は? 今、この男は何と言った? ……同業者?
困惑し、状況に頭がついていけない私に、男は優しく笑いかける。
「ただ可愛い後輩を見つけたんで、ちょっとした好奇心で育ててみようと思っただけさ。ぶっちゃけ、アレだ。俺に弟子入りしないか?」
それが、私と親分の出会いだった。
* * * *
親分が私の犯行現場に居合わせたのは、何のことは無い、親分もあの家を狙っていたからだった。
親分が入るタイミングを図っていたところに私が現れ、まぬけな私は見られているとも知らずに事を起こしたというわけだ。
「いやぁ、実際入り易そうだし金ありそうだし、いくらでも逃走経路のある良い獲物だったよなぁ。ただ、お前さん
のやり方は甘すぎる。今回は運が良かったが、あれじゃあいつ捕まってもおかしくない」
現に俺に目撃されているしなぁと、親分は笑顔で語る。
――何でわざわざ私を弟子に? 貴方に何のメリットがある?
私は利用されているだけで、下手をしたら警察に突き出されるより酷い目に遭うのではないか……そう思って私が尋ねると、親分はやはり笑顔で答えた。
「まさか盗みに入ろうとしていた家に同じタイミングで泥棒が入るなんて、とても偶然とは思えなくてなぁ。きっとこれも何かの縁、運命の出会いなんだろうと思ったんだよ。ちょうど嫁も子供も居なくて寂しかったところだし、技術と遺産を受け継いでくれる誰かが居るのも楽しいと思ってねぇ」
そんな実に人間臭い理由で、親分は私を誘ったらしい。
「まぁ、最初は見学だ。しばらくは俺のやり方を見ていると良い」
そう言われてしばらくはついて回るだけの日々だったが、私は親分の手口の鮮やかさに感嘆した。
確実に誰にも見られないようなタイミングと進入経路の選び方、仕事の速さはモチロンのこと。
計画を立てる段階での緻密さや確実さ、そしてそれを実行に移す時の大胆さ。
そして証拠を残さないことと言ったら、物が無くなった事に気付かなければ空き巣に入られたことすらわからないだろう。
……ただ一つ、盗みに入る前に真剣な面持ちで「いただきます」と言って、しばらく目を瞑ったまま手を合わせるのが滑稽に見えたが。
――そんな技術を、どこで身につけたのか。
そう聞くと、やはり親分は笑顔で答えてくれた。
「そりゃあ、お前さんよりずっと長く生きてるんだ。経験の差って奴だなぁ。むしろお前さんがコレをすぐに出来るようになっちまったら、俺はちょっとショックだよ」
そう言って仕事の出来ない私を責めるでもなく、自分の培った技術を惜しみなく教えてくれる。
いつも穏やかに微笑みながら私に優しく接してくれる親分を、私はいつしか信頼するようになっていた。
――それだけの技術と計画性と器があれば、普通の仕事でも充分にやっていけただろう。
そう思った私は自分のことを棚に上げて、親分に何故泥棒をしているのか聞いたことがある。
「きっと、お前さんと同じさ。この不景気で仕事は見つけにくいし、何をやっても上手くいかない。続けられる仕事に、俺は出会えなかった。でも、生きるためには何かしなけりゃいけない。たまたま始めた泥棒稼業が、今日まで上手くいっちまった。盗まれた相手にゃ悪いが、俺にはこの道しかなかったんだよ」
そう自嘲気味に語った時だけ……
いつも穏やかな親分の微笑みは、なんだか寂しそうに見えた。
* * * *
ある時のことだった。
私たちの住処に泥棒が入ったらしく、蓄えの一部を持っていかれてしまった。
複数の住処を使い分けていたこともあり全てを失ったわけではないが、結構な被害だ。立場上、警察に届けるわけにもいかない。
泥棒が泥棒に入られるなんて、もはや笑うしかない話だ。しかし、当事者の私は笑えなかった。
自分のことを棚にあげて、財産が奪い去られたことを悲しみ、犯人に憤る私だったが…
そんな私を、親分は優しく諭そうとした。
「自分がされて嫌なことは、人にもするなっていうだろう?
だったら自分が泥棒なんてやってるからには、盗まれることを嫌だと思っちゃいけねぇやなぁ。それを嫌だと思うなら、泥棒なんてやってちゃいけねぇよ」
盗みを重ねているだけで、もう充分に悪事は働いている。今さらそんな偽善的な台詞なんて、聞きたくも無い。
そう言って親分に八つ当たりする私だったが、やはり親分は穏やかに微笑を浮かべていた。
「そうだなぁ。これはあくまで俺の美学で、お前さんの好みに合うかはわからんわなぁ。お前さんはお前さんで、自分なりの美学をみつけてくれや」
やっぱり親分の台詞は偽善的だと思ったけれど……
一方でそんな親分の態度がとても正しいもののように、私には思えた。
確かに私たちは泥棒だ。その時点で充分に悪党だった。
しかし“自分がされて嫌なことは人にもしない”という信念を貫く親分の生き様は、悪党でありながらも筋が通っているように思える。
思えば今まで、親分が私に苛立ちをぶつけたことは一度も無かった。それは親分自身が、人から苛立ちをぶつけられたくないからではなかったか。
しかも私が親分に苛立ちをぶつけても、親分は文句を言わないのだ。それが私の生き方ならばそれを認める、自分の美学を押し付けるようなことはしないと。
それに比べて、自分がされて嫌なことを他人にし続け、親分を泥棒だというだけで責めた私は……
親分よりもずっと、小物であるような気がした。
同時に、親分の人間としての偉大さを思い知った。
確かに親分は泥棒だ。間違いなく褒められた生き方はしていない。
けれど……少なくとも小物である私は、そう思った。
* * * *
それからというもの、私は仕事に迷いが生じるようになった。
――このままで良いのだろうか。
そして親分はそんな私の迷いを見抜き、仕事に連れて行かなくなった。
「仕事で一番大事なのはメンタルだからな。このまま続けるか、ここで降りるかはお前さん次第さ。なぁに、焦らずじっくり考えると良い。しばらく飯は食わしてやるから」
そう言って親分が一人で仕事をするようになってしばらく後、親分が仕事に出たっきり帰ってこなくなり……
数日後の新聞で、親分が警察に捕まったことを知った。
友人だと言って面会に行った時、相変わらず親分は穏やかな微笑みで迎えてくれた。
会話は警察に筒抜けなので、私と親分の関係を悟られるような話は出来なかったけれど……
おそらく親分は私のことを心配していたせいで注意力が散漫になり、ミスを犯したのだと思う。
私は親分に、弁護士を雇うように提案した。他の国ではどうか知らないが、多額の盗みを繰り返し続けた罪人は、この国では死刑になることも珍しくない。親分の場合、むしろ死刑にならない方がおかしいくらいだ。
――親分は盗みはしたが、誰も殺していない。それなのに素直に死刑を受け入れるなんて……
私は死を受け入れようとする親分を考え直すよう説得したが、親分は考えを変えなかった。
「もしかしたら俺が金を盗んだせいで、飯が食えなくて餓死した奴もいるかもしれない。もしかしたら返せるはずの借金が返せなくなって、自殺した奴もいるかもしれない。
俺がやっていたのは、そういうことだ。喰うことも喰われることもあるのが人生さ。これで死刑になるのが嫌だなんていったら、フェアじゃないだろう」
そう、親分はいつでも、どこまでもフェアだった。
もちろん、お金を奪った代わりに品物を提供する……などということはしていない。
しかし誰でも奪うこともあれば奪われることもあるという意味で、どこまでも自分と他者を対等に考えていた。
徹底しすぎだと言っていいくらいに。だからこそ盗みを繰り返しながら穏やかに生活していたのと同じように、盗まれた時も殺されるときも穏やかでいられるのだ。
盗むことも盗まれることも、殺すことや殺されることさえ、親分は受け入れていた。そうでなければ、最初から泥棒になどならなかったタイプの人なのだろう。
もしも自分が盗まれることを厭うなら、泥棒になるより餓死することを選ぶ。私が知る限り、親分はそういう人だ。
私が見てきた人で、親分ほどフェアに生きる人は居なかった。
今まで見てきた人は違った。
皆、自身は怒られたくないのに人に怒り、自分は傷つけられたくないくせに人を傷つけ、自分が苦労をしたくないからこそ人に苦労させ、迷惑をかけられた時には自分のことを棚にあげて人を責め立てる……そんな人ばかり見てきたし、それが当たり前だと思っていた。
だからこそ私も、そうしてきた。それが人間として当然の生き方だと思っていた。
けれど、親分は違った。
おそらく私が知っている誰よりも……
親分は、フェアな生き方を貫いていた。
* * * *
結局親分は死刑になり、私は罪を咎められることなく生きている。
私も親分との関係を疑われたのだが、親分が私と親分の無関係を不自然にならない程度に主張してくれたおかげだ。
……私は、どこまでも小物だった。
自首する勇気などなかったし、親分を救えるほどの何かを持っていたわけでもない。ただ親分に、救われただけだ。
親分のような泥棒にもなれる気がしなくて、泥棒家業からも足を洗うことにした。
親分と私では技術以前に、心構えが違う。親分のような心構えを持つのでなければ、泥棒などやっていてはならないと思うようになった。
……どうやら長く生活を共にするうちに、親分の美学とやらが私にも移ってしまったらしい。
罪滅ぼしと言っては何だが、親分が警察にバレないように遺してくれた遺産は、全額匿名で寄付することにした。少なくともこれで、多くの貧しい人々の命が助かるはずだ。
親分が言うように、私たちの盗みが原因で死んでしまった人が居たとしても……
きっとその数よりは、救われた人の方が多いはずだから。それで許してもらうことにしよう。
とても身勝手で自己完結な罪滅ぼしだが、仕方がない。
結局私は今のところ、その程度の小物なのだ。
さあ、今日からはまた真面目に働くとしよう。
人から仕事を教わることの楽しさも、認められることの楽しさも、親分が教えてくれたから。きっとこれからは、真面目に働けると思う。
慎重さや計画性、手先の器用さはずいぶんと身についた。真っ当な仕事だって今なら出来るはずだ。
そしていつか、親分のような人間になろう。
どこまでもフェアで、自他の清濁全てを受け入れて微笑み、知識や技術を惜しみなく分け与えてくれた、親分のような人間に。
今はまだ小物だし、とてもあのような生き方は出来ないけれど…
いつかはそうなれるように、目指し続けよう。
もしも勇気が出たら、改めて自首するのも良いかもしれない。
まともな仕事に戻ることを選んだ私と、生涯泥棒だった親分。
生きる糧を稼ぐ術も違うし、世間的に褒められた人ではなかったのもわかっている。
けれど、それでも……
私が人間として目指すのは、どこまでも誰よりもフェアであることを貫いた、偉大なる親分の生き様だ。
END
小さなものでは小遣い程度しか入っていない財布から、大きなものではしばらく生活に困らない価値の有る宝石まで。
褒められたことではないのはわかっている。しかし何の特技も無くやりたい仕事があるわけでもなかった私には、それ以外に生きる道が無いように思えたのだ。
今は、違う。
これからは真面目に働くつもりでいるし、その気力もある。
おかしな話だが、これというのも私に泥棒としての技術を教えてくれた親分のおかげだ。
泥棒稼業にけじめをつけるつもりで、そんな親分のことを振り返ってみたいと思う。
あの偉大なる、親分のことを。
* * * *
「ごめんくださーい。ちょっと訪ねたいことがあるんですがー…」
そう言って家を訪たのは、ずんぐりした体型の髭親父だった。
スーツや作業着ではなく何の荷物も持っていないところから、訪問販売の類ではなさそうだ。
人の良さそうな笑顔。しかし決して身なりが良いとは言えず、ホームレスが物乞いに来たと言われても私は疑わなかっただろう。
何の用かと尋ねると、彼は笑顔で答える。
「いや、先日隣町であった空き巣のことなんですけどねぇ」
……その言葉に、心臓が跳ね上がる。その事件の犯人は、私だったのだから。
この男、警察の関係者か、あるいは探偵か何かだろうか?
だとすればすぐにでも逃げ出したいところだが、すでに身元がバレている以上逃げ場は無さそうだ。
それにもしもまだ確信を持っていないのだとしたら、下手に動揺を悟られるのは不味い。
平静を装って何のことか尋ねると、笑顔で細められた目を少し開いて男が答える。
「んー、なんていうのかなぁ…ぶっちゃけアレ、お前さんだろ?」
そう言って男はポケットに手を入れ、数枚の写真を私の前に広げた。
私は血の気が引いて立っていられなくなり、その場に座り込んでしまった。写真に写っていたのは、まさに私が犯行に及んでいるところだったのだから。
「言い訳のしようもない…っていうのは、わかってもらえたよねぇ?」
男の目は笑っていない。私は何の言葉も浮かばず、何も言えずに写真に釘付けになっていた。
終わった……これで私の未来は決まりだ。投獄。前科者。ただでさえまともに働いたことのない私にとって、もはや社会的に死んだも同然であるような気がする。
それにしても、何故この男はこの写真を…?
呆然としている私に、男は優しい声で語りかけてきた。
「いやぁ、別にお前さんを警察に突き出そうってつもりはないんだよ。不景気な世の中だ。盗みでもやらなきゃ生きられないことだってあるのはわかってるし……」
男は軽く間を空けて、自嘲気味に笑いながら言葉を続ける。
「なんたって、俺も同業者だからなぁ」
その言葉に、私は耳を疑った。
――……は? 今、この男は何と言った? ……同業者?
困惑し、状況に頭がついていけない私に、男は優しく笑いかける。
「ただ可愛い後輩を見つけたんで、ちょっとした好奇心で育ててみようと思っただけさ。ぶっちゃけ、アレだ。俺に弟子入りしないか?」
それが、私と親分の出会いだった。
* * * *
親分が私の犯行現場に居合わせたのは、何のことは無い、親分もあの家を狙っていたからだった。
親分が入るタイミングを図っていたところに私が現れ、まぬけな私は見られているとも知らずに事を起こしたというわけだ。
「いやぁ、実際入り易そうだし金ありそうだし、いくらでも逃走経路のある良い獲物だったよなぁ。ただ、お前さん
のやり方は甘すぎる。今回は運が良かったが、あれじゃあいつ捕まってもおかしくない」
現に俺に目撃されているしなぁと、親分は笑顔で語る。
――何でわざわざ私を弟子に? 貴方に何のメリットがある?
私は利用されているだけで、下手をしたら警察に突き出されるより酷い目に遭うのではないか……そう思って私が尋ねると、親分はやはり笑顔で答えた。
「まさか盗みに入ろうとしていた家に同じタイミングで泥棒が入るなんて、とても偶然とは思えなくてなぁ。きっとこれも何かの縁、運命の出会いなんだろうと思ったんだよ。ちょうど嫁も子供も居なくて寂しかったところだし、技術と遺産を受け継いでくれる誰かが居るのも楽しいと思ってねぇ」
そんな実に人間臭い理由で、親分は私を誘ったらしい。
「まぁ、最初は見学だ。しばらくは俺のやり方を見ていると良い」
そう言われてしばらくはついて回るだけの日々だったが、私は親分の手口の鮮やかさに感嘆した。
確実に誰にも見られないようなタイミングと進入経路の選び方、仕事の速さはモチロンのこと。
計画を立てる段階での緻密さや確実さ、そしてそれを実行に移す時の大胆さ。
そして証拠を残さないことと言ったら、物が無くなった事に気付かなければ空き巣に入られたことすらわからないだろう。
……ただ一つ、盗みに入る前に真剣な面持ちで「いただきます」と言って、しばらく目を瞑ったまま手を合わせるのが滑稽に見えたが。
――そんな技術を、どこで身につけたのか。
そう聞くと、やはり親分は笑顔で答えてくれた。
「そりゃあ、お前さんよりずっと長く生きてるんだ。経験の差って奴だなぁ。むしろお前さんがコレをすぐに出来るようになっちまったら、俺はちょっとショックだよ」
そう言って仕事の出来ない私を責めるでもなく、自分の培った技術を惜しみなく教えてくれる。
いつも穏やかに微笑みながら私に優しく接してくれる親分を、私はいつしか信頼するようになっていた。
――それだけの技術と計画性と器があれば、普通の仕事でも充分にやっていけただろう。
そう思った私は自分のことを棚に上げて、親分に何故泥棒をしているのか聞いたことがある。
「きっと、お前さんと同じさ。この不景気で仕事は見つけにくいし、何をやっても上手くいかない。続けられる仕事に、俺は出会えなかった。でも、生きるためには何かしなけりゃいけない。たまたま始めた泥棒稼業が、今日まで上手くいっちまった。盗まれた相手にゃ悪いが、俺にはこの道しかなかったんだよ」
そう自嘲気味に語った時だけ……
いつも穏やかな親分の微笑みは、なんだか寂しそうに見えた。
* * * *
ある時のことだった。
私たちの住処に泥棒が入ったらしく、蓄えの一部を持っていかれてしまった。
複数の住処を使い分けていたこともあり全てを失ったわけではないが、結構な被害だ。立場上、警察に届けるわけにもいかない。
泥棒が泥棒に入られるなんて、もはや笑うしかない話だ。しかし、当事者の私は笑えなかった。
自分のことを棚にあげて、財産が奪い去られたことを悲しみ、犯人に憤る私だったが…
そんな私を、親分は優しく諭そうとした。
「自分がされて嫌なことは、人にもするなっていうだろう?
だったら自分が泥棒なんてやってるからには、盗まれることを嫌だと思っちゃいけねぇやなぁ。それを嫌だと思うなら、泥棒なんてやってちゃいけねぇよ」
盗みを重ねているだけで、もう充分に悪事は働いている。今さらそんな偽善的な台詞なんて、聞きたくも無い。
そう言って親分に八つ当たりする私だったが、やはり親分は穏やかに微笑を浮かべていた。
「そうだなぁ。これはあくまで俺の美学で、お前さんの好みに合うかはわからんわなぁ。お前さんはお前さんで、自分なりの美学をみつけてくれや」
やっぱり親分の台詞は偽善的だと思ったけれど……
一方でそんな親分の態度がとても正しいもののように、私には思えた。
確かに私たちは泥棒だ。その時点で充分に悪党だった。
しかし“自分がされて嫌なことは人にもしない”という信念を貫く親分の生き様は、悪党でありながらも筋が通っているように思える。
思えば今まで、親分が私に苛立ちをぶつけたことは一度も無かった。それは親分自身が、人から苛立ちをぶつけられたくないからではなかったか。
しかも私が親分に苛立ちをぶつけても、親分は文句を言わないのだ。それが私の生き方ならばそれを認める、自分の美学を押し付けるようなことはしないと。
それに比べて、自分がされて嫌なことを他人にし続け、親分を泥棒だというだけで責めた私は……
親分よりもずっと、小物であるような気がした。
同時に、親分の人間としての偉大さを思い知った。
確かに親分は泥棒だ。間違いなく褒められた生き方はしていない。
けれど……少なくとも小物である私は、そう思った。
* * * *
それからというもの、私は仕事に迷いが生じるようになった。
――このままで良いのだろうか。
そして親分はそんな私の迷いを見抜き、仕事に連れて行かなくなった。
「仕事で一番大事なのはメンタルだからな。このまま続けるか、ここで降りるかはお前さん次第さ。なぁに、焦らずじっくり考えると良い。しばらく飯は食わしてやるから」
そう言って親分が一人で仕事をするようになってしばらく後、親分が仕事に出たっきり帰ってこなくなり……
数日後の新聞で、親分が警察に捕まったことを知った。
友人だと言って面会に行った時、相変わらず親分は穏やかな微笑みで迎えてくれた。
会話は警察に筒抜けなので、私と親分の関係を悟られるような話は出来なかったけれど……
おそらく親分は私のことを心配していたせいで注意力が散漫になり、ミスを犯したのだと思う。
私は親分に、弁護士を雇うように提案した。他の国ではどうか知らないが、多額の盗みを繰り返し続けた罪人は、この国では死刑になることも珍しくない。親分の場合、むしろ死刑にならない方がおかしいくらいだ。
――親分は盗みはしたが、誰も殺していない。それなのに素直に死刑を受け入れるなんて……
私は死を受け入れようとする親分を考え直すよう説得したが、親分は考えを変えなかった。
「もしかしたら俺が金を盗んだせいで、飯が食えなくて餓死した奴もいるかもしれない。もしかしたら返せるはずの借金が返せなくなって、自殺した奴もいるかもしれない。
俺がやっていたのは、そういうことだ。喰うことも喰われることもあるのが人生さ。これで死刑になるのが嫌だなんていったら、フェアじゃないだろう」
そう、親分はいつでも、どこまでもフェアだった。
もちろん、お金を奪った代わりに品物を提供する……などということはしていない。
しかし誰でも奪うこともあれば奪われることもあるという意味で、どこまでも自分と他者を対等に考えていた。
徹底しすぎだと言っていいくらいに。だからこそ盗みを繰り返しながら穏やかに生活していたのと同じように、盗まれた時も殺されるときも穏やかでいられるのだ。
盗むことも盗まれることも、殺すことや殺されることさえ、親分は受け入れていた。そうでなければ、最初から泥棒になどならなかったタイプの人なのだろう。
もしも自分が盗まれることを厭うなら、泥棒になるより餓死することを選ぶ。私が知る限り、親分はそういう人だ。
私が見てきた人で、親分ほどフェアに生きる人は居なかった。
今まで見てきた人は違った。
皆、自身は怒られたくないのに人に怒り、自分は傷つけられたくないくせに人を傷つけ、自分が苦労をしたくないからこそ人に苦労させ、迷惑をかけられた時には自分のことを棚にあげて人を責め立てる……そんな人ばかり見てきたし、それが当たり前だと思っていた。
だからこそ私も、そうしてきた。それが人間として当然の生き方だと思っていた。
けれど、親分は違った。
おそらく私が知っている誰よりも……
親分は、フェアな生き方を貫いていた。
* * * *
結局親分は死刑になり、私は罪を咎められることなく生きている。
私も親分との関係を疑われたのだが、親分が私と親分の無関係を不自然にならない程度に主張してくれたおかげだ。
……私は、どこまでも小物だった。
自首する勇気などなかったし、親分を救えるほどの何かを持っていたわけでもない。ただ親分に、救われただけだ。
親分のような泥棒にもなれる気がしなくて、泥棒家業からも足を洗うことにした。
親分と私では技術以前に、心構えが違う。親分のような心構えを持つのでなければ、泥棒などやっていてはならないと思うようになった。
……どうやら長く生活を共にするうちに、親分の美学とやらが私にも移ってしまったらしい。
罪滅ぼしと言っては何だが、親分が警察にバレないように遺してくれた遺産は、全額匿名で寄付することにした。少なくともこれで、多くの貧しい人々の命が助かるはずだ。
親分が言うように、私たちの盗みが原因で死んでしまった人が居たとしても……
きっとその数よりは、救われた人の方が多いはずだから。それで許してもらうことにしよう。
とても身勝手で自己完結な罪滅ぼしだが、仕方がない。
結局私は今のところ、その程度の小物なのだ。
さあ、今日からはまた真面目に働くとしよう。
人から仕事を教わることの楽しさも、認められることの楽しさも、親分が教えてくれたから。きっとこれからは、真面目に働けると思う。
慎重さや計画性、手先の器用さはずいぶんと身についた。真っ当な仕事だって今なら出来るはずだ。
そしていつか、親分のような人間になろう。
どこまでもフェアで、自他の清濁全てを受け入れて微笑み、知識や技術を惜しみなく分け与えてくれた、親分のような人間に。
今はまだ小物だし、とてもあのような生き方は出来ないけれど…
いつかはそうなれるように、目指し続けよう。
もしも勇気が出たら、改めて自首するのも良いかもしれない。
まともな仕事に戻ることを選んだ私と、生涯泥棒だった親分。
生きる糧を稼ぐ術も違うし、世間的に褒められた人ではなかったのもわかっている。
けれど、それでも……
私が人間として目指すのは、どこまでも誰よりもフェアであることを貫いた、偉大なる親分の生き様だ。
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