短編集 ~考え事から生まれた物語達~

闇潜人

文字の大きさ
45 / 59
名前の無い感情 ※百合要素あり

前編:異文化交流

しおりを挟む
 午後18時57分。すでに外は闇に覆われている。
 窓の外は雪がチラついているものの、部屋の中に居る限り寒さは感じない。
 わたしは部屋でノートパソコンに向かい、小説を書いていた。
 独り暮らしの1DK。シャワーも夕食も済んでおり、後は寝るまで執筆作業に専念できる。
 明日はバイトも休みだ。ちょっとくらい夜更かしして趣味に集中するのも、悪くない。お肌には悪いけど。

 頭に浮かぶ情景を、どう表現しようか。
 ゆっくり考え、言葉を選びながら、ぽつりぽつりと物語を紡いでいく。
 やがて自分の描いた世界に意識が入り込み、考えなくても自然に言葉が出るようになった頃、携帯が鳴った。
 バイト仲間のリセからだ。

「もしもし、アイ? 今、家に居る? もし都合良ければ遊びに行こうかなと思ったんだけど、どうかな?」

 ちょうど筆が乗って来たところだったのにと、少し肩を落としながら。
 特に断る理由もなかったので、予定は無いから来ても良いと伝える。
 バイト先では何年も付き合いがあるが、プライベートで会うようになったのはここ半年くらいのことだ。
 お互いにカラオケが好きだということで意気投合し、一緒にカラオケに行ってからのこと。
 それ以来リセとは、職場以外でも仲良くしている。

「あぁ、外さっむい! ゴメンね、急で」

 リセは家に入るなり両腕を広げ、挨拶代わりにハグしてきた。
 家を訪れたリセの手には、コンビニの袋。中には、缶チューハイが何本か見える。
 きっと今夜も、家で飲んで泊っていくつもりなのだろう。

 少し前に彼氏と別れて以来、リセは家に泊っていくことが多くなった。
 家に一人で居ると寂しいから、誰かと居たいのだという。
 わたしには一人が寂しいという気持ちはわからないけど、そういう人も居るというのはわからなくない。
 二人で缶チューハイを開け、ほろ酔い気分になってきた頃、リセがからかうようにたずねてくる。

「ねー、アイはさー、すっごいカッコよくて、性格もメチャクチャよくて、そしてお金持ち!
 そんな非の打ちどころのないスーパー男子から愛を告白されたら、どうするの?」

 試すような質問と、興味で輝いた瞳。
 その理由は、きっと普段のわたしの態度にある。

 わたしは誰とも恋人づきあいする気は無い。
 恋愛の話になると、わたしは決まってそう答えていた。
 特に嫌な思い出があるわけでも、忘れられない人がいるわけでもない。
 ただ純粋に、興味が湧かない。
 それが彼女には、ひどく興味深いらしい。

「うーん、それは悩むね……」
「おっ、さすがのアイもこの条件なら悩むのか!? そうだよねー、いくら普段は誰とも付き合う気が無いって言ってても、そんな良い人だったら……」
「うん、そんな素敵な人、傷つけたくないからね。どうやって断ろうか悩むわ」
「……そっち!?」

 リセがケラケラと笑う。

「本当にアイは面白いなー。良い人だと思うなら、付き合っちゃえばいいのに」
「良い人ならとか、そういう問題じゃないんだよね。多分、向いてないんだよ、恋愛」

 どんなに素敵だと思える人でも。
 独占したいとも、触れ合いたいとも、まして抱かれたいとも思えなかった。
 何の執着心も抱けないそれは、きっと世間で言う恋心とは程遠いもので。
 そんな心持ちのまま誰かと付き合うのは失礼な気がして、出来ない。
 きっとその失礼さは相手を傷つけ、わたし自身を自己嫌悪に陥らせる。

 そんなわたしの言葉は、どこまで伝わっただろう。
 やっぱりリセは、面白いものを見つけた子供みたいな顔をしている。

「そんなん気にしなくていいんだって! 何事も経験だよ? 男なんて、ヤれれば満足な人もいるし!」
「いや、それはわたしが嫌なんだけど……」
「じゃあ、男がダメなら、女ならどう?」
「うーん、やっぱりそれも興味ないかな」
「えー、あたしにはただの食わず嫌いに見えるけどなー」
「今の食事に満足しているなら、無理に食べることもないでしょう?」
「ああ言えば、こう言うしー」

 リセが溜息をつきながら、後ろへ倒れ混む。

「それにさー、本当、気にしなくて良いと思うよ? 性欲とか独占欲とか。恋人づきあいの形なんて、人それぞれじゃん?」
「まぁ、そうなんだろうけどね。でもそれならわたしは、友達づきあいで良いよ。わざわざ肩書きを恋人に変えなくても。リセみたいな友達が居てくれれば、それで十分」

 微笑みながら告げた、その言葉に。リセが表情を輝かせて、抱きついてくる。

「ありがとっ! やっぱ持つべきものは友だねー。今までのどの彼氏より、アイとの友達づきあいの方が長いし。
 アイ、大好き! キスしたいくらい! っていうか、キスしていい?」

 あれ? 前の彼氏、二年くらい続いたって言ってなかったっけ?
 ああ、そうか。わたしの中で友達になったのは最近だけど、リセはずっと前からわたしのこと友達だと思ってたのか。
 そういえばバイト先で、会って三回目くらいから挨拶がハグに変わったっけ。
 もしかしたらあの頃から、リセにとってわたしは友達だったのかもしれない。

 この子は本当に、人との距離が近い。わたしにとっては、異文化との交流のようだ。
 いや、性格の違う人間同士の付き合いは、全て異文化交流みたいなものかもしれないけど。
 リセの場合は、カルチャーショックも格別だ。
 いや、でも。
 キスはちょっと、抵抗がある。

「キスするのは、彼氏とだけにしておきなよ」
「えー、何でー?」
「そういうのは、大切な人とだけ。それが、この国の風習でしょ?」
「これはあたしとアイの問題なんだからさ、お国がらとか関係なくない?」
「いや、わたしもこの国の風習の中で生きてる人間なんだけどね?」

 言いながら、リセの言うことも一理あるかもしれないと思う。
 コミュニケーションにおいて、その国の文化に沿ったやり方をすることは重要だ。
 言葉でも、ボディランゲージでも。その国のやり方に沿った表現をしなければ、伝わるものも伝わらない。

 けれど、どこまでも個人と個人に迫るなら。
 そこには文化や風習なんて、本当は関係ないのかもしれない。
 他の人がなんて言ってるかなんて、関係なくて。
 ただお互いの好みや意思があれば、それで良いのかもしれない。

「というか、何でリセはそんなにくっついたり、キスしたりしたがるの?」
「んー、何でだろうね? この人好きだなーって思ったら、抱きしめたり、キスしたりしたくなっちゃうの。
 あたしの中ではそれが普通! 別に男も女も関係ないし、なんなら友達全員にキスして回りたいくらいだよ?
 まぁ、さすがにちょっと問題あるかなとも思うし、相手が嫌だったらしないけどね」

 前にバイト先の飲み会に参加した時、誰彼構わずキスしようとしているリセを見たことがある。
 相手の子にやんわりと断わられていたので、不発に終わってたけど。
 ずいぶん酔っぱらっているなと、思ったものだけれど。
 なるほど、リセにとっては、ただ友達としての愛情表現だったのだ。 
 わたしに抱きついたまま、リセはにっこりと微笑む。

「アイは、嫌? あたしとキスするの」

 嫌かどうかと問われれば。
 正直、どうでもいいというのが本音だった。

 それは恋人同士がするものだとか、男女でするものだという、周りの価値観に合わせている部分を別にすれば。
 わたし自身の中から、湧き出る感情は何もない。
 変に色恋沙汰になって、面倒な思いをしたりしないのなら。
 わたし自身にとっては、どちらでも良い。

 とはいえ、さすがに知らない人とするのは嫌だけど。パーソナルスペース的に。それはキス以前に、ゼロ距離に居られるのが不快だ。
 でも、リセは。
 知らない人ではなく、友達だ。

「……嫌では、ないのかもね。わたしにとっては、どっちでも良いっていうのが本音」
「嫌じゃないなら、するよ?」

 リセの顔が近づき、唇を重ねてくる。
 初めての口づけは、何の味もしなかった。ただ、柔らかさと湿り気だけを感じる。
 よく聞く甘酸っぱさのようなものは、微塵もない。
 こんなものかな、と思っているうちに、リセの唇が離れた。

「アイ、キスしたこと無いって言ってたよね。どう、初めてのキス?」
「……無味だね。なんだろう、柔らかくて無味……豆腐、みたいな」
「なんて素っ気ない感想!? あと、豆腐には大豆の味があるでしょう!?」

 リセがカラカラと笑いながらチューハイを手に取り、喉を鳴らして飲み始める。

「でも、リセさ。男の子には、やっぱり彼氏としかしない方が良いと思う。誰彼かまわずっていうのは、何ていうか、危ないから」
「わぁ、心配してくれるんだ。でも大丈夫! あたしだってそれくらいは、わきまえて……」
「いや、前に飲み会で、普通に男の子ともキスしようとしてたじゃない?」
「あ、あれは、その、酔っぱらってて……!」

 危なっかしいな、と思う。
 わたしだって相手が男性だったら、リセと同じように言われてもキスなんてしなかっただろう。
 きっとそれは、危ないことだから。
 自分の身のことを考えてもそうだし。
 相手をその気にさせてしまえば、傷つけてしまう。
 それはお互いにとって、益がない。
 リセにとって友達として当たり前のスキンシップだと知らなかったら、リセとだってしなかった。

 そう、益が無いのだ。
 たいした気持ちもないままに、誰かと付き合ったり、体を重ねたりすれば。
 それは、その関係を大切に思う相手の気持ちを、踏みにじることになる。
 そして、気持ちが無いもの同士ならばどうかと言えば。
 それはもはや、付き合う意味さえなく。
 下手をすればリセがさっき言ったような“男なんてヤれれば満足”という関係にしかならない。
 それもやっぱり、わたしの望むところではなかった。

 そろそろ寝ようかと言ってベッドに入ると、リセも潜り込んでくる。
 リセが泊っていく時には、いつも同じベッドで寝ていた。
 うちには他に布団が無いし、暖房をつけっぱなして寝れば体調を崩す。
 少し窮屈な上に暑苦しいけど、リセに寒い思いをさせるつもりも無かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

処理中です...