短編集 ~考え事から生まれた物語達~

闇潜人

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一話完結物語

始まったばかりの世界で

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 私の人生は、一体何なのだろうか。
 たいした取柄もなく、誰かに認められたこともなく。
 思えば罵られ、虐げられた記憶ばかりの人生だった。
 未来に希望も見えず、これ以上辛い思いをしてまで生きたいとも思えない。
 自身の手で、もう終わりにしてしまおう。

 そう男が思った瞬間、声が聞こえた。

「始まったばかりなのに、もう終わりにするんですか?」

 脳内で鳴っているように聞こえる、幼い声。
 声質とは裏腹に、その口調は酷く大人びたものに感じられた。
 男は驚き周りを見回すが、誰も居ない。
 ついに幻聴まで聞こえだしたかと、頭に手を当て溜息をつく。

「幻聴なんかじゃありませんよ。
 それより、どうして終わりにしようなんて思ったんですか?
 ああ、返事は口に出さなくて結構です。貴方の心の声は、こちらにだだ漏れですので」

 声の主は妄想の産物か、それとも自分の中の別人格とやらか。
 わけのわからない状況だが、男は声を受け入れた。
 人生最期の余興に、得体のしれない声と対話するのも悪くない。

 男は自分の人生を思い返す。
 それで伝わるだろう。この人生こそ、この命を終わらせようと思う理由だ。
 ただ一つ、気になることがあった。
 声の主は、なぜ私の人生を『始まったばかり』と言ったのだろう。

「文字通りの意味ですよ? 貴方の人生は、さっき始まったばかりです。
 ご丁寧に思い返して頂きましたけれど、そんな記憶、たった今創られたものでしかありません」

 ……何だって? 私の記憶が、たった今、作られた?
 理解が追いつかない中、声は続ける。

「もっと言えば、さっき始まったのは貴方の人生ばかりではありません。この世界は、たった今始まったんです。
 全ての記録や記憶が、物質や力の状態が、この形で存在する世界が……ついさっき、創られました。
 貴方が望む、その形で」

 私が望んだ、形?
 それに世界が、ついさっき創られたばかりだって?
 そんなはずがないと疑いを持つ男の頭の中で、声の気配が膨れ上がる。

「教えてあげますよ。どうして貴方の人生がそんな形なのかを」

 次の瞬間。男の中に、記憶がなだれ込んできた。

 * * * *

 女は、恵まれていた。
 自由に生きながら、幸せを噛みしめて過ごしていた。
 世界は、人生は素晴らしい。そう女は感じていた。

 しかし周りの人間はそうではなかった。
 不平不満に溢れた世の中で、女は世界の素晴らしさを、生きることの幸せを、伝えたいと思った。
 たとえ、その想いがエゴに過ぎなかったとしても。
 女はそれを、言葉にし続けた。

 けれど一方的なその想いは、世の中に伝わらなかった。
 
『貴方は恵まれているから、そんな風に思えるんだ』

 返ってくるのは、そんな言葉ばかりで。
 次第に女は、こう思うようになっていった。

『もしも私が恵まれていることで、この言葉が力を持たないのなら。
 恵まれていない人生を、私は生きたい。
 それでも、人生は素晴らしいと……伝える力を得るために』

 その想いは、一つの世界を創り出した。それほどに、女の想いは強かったのだ。
 その世界で女は、別の人間になっていた。
 辛い記憶ばかりの人生を過ごしている、生きるのに疲れ果てた、一人の男……

……あぁ、それは。その男は。
 確かに、私だ。

「思い出しました? 自分で始めておいて、もう終わる気ですか?」

 世界は、ついさっき創られた。
 滑稽無糖な話だが、私はそれを疑うことが出来なかった。
 女の記録があまりに鮮明に、自分の記憶として脳に刻み込まれてしまっていたから。
 けれど、もしも世界を私が創ったというのなら、他人の存在はどうなるんだ。

「その辺は説明が難しいんですけどねぇ。
 他者の意思は貴方を創り、貴方の意思は他者を創る。
 それらは個別にして無意識下で一繋がりとなった、創世の意思。
 世界の理はシンプルにして複雑なのです」

 声の意味は、よくわからなかったが。
 記憶を辿れば以前の自分のことは、手に取るようにわかった。

 女は別段、周りの人間に比べて恵まれた生活をしていたわけでは無かった。
 ただ自らに由る在り方に自由を感じ、日々の小さな幸せを感じることが出来ただけだ。

 今だから、わかる。
 それを感じられることこそが、恵まれていたのだと。
 恵まれない人生を望んだ女に、憤りさえ覚えたが。
 それが自分自身とあっては、怒りのやり場が無い。 
 過去の自分が呼びかけてくる。
 貴方にも感じることが出来るはずだと。貴方は、私なのだからと。

 いつしか、幼い声は聞こえなくなっていた。
 代わりに自分の心の声が、よく聞こえる。

『この人生を、世界を、素晴らしいものだと信じたい』

 それは、確かに私の願いだった。
 思えばその願いが、男の“過去”にも宿っているからこそ。
 男が辛くとも生きてきた記憶は、成り立っているのではなかったか。

 まったく最低な人生のスタート地点だと思いながら、私は苦笑する。
 しかし最低から始まる物語があっても、悪くない。
 

『私』の物語は、始まったばかりだ。
 ここから、始まるのだ。
 その想いは男の中に、生きる力を湧き上がらせるものだった。


 END 
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