乾燥したガラクタ

デラシネ

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希望とか愛とか夢とか

邂逅

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人生とは予測できないことが起こる。いや、予測できないことばかりだ。
出会いも別れも突然やってくるし、嬉しいことも悲しいこともだ。




そそくさと帰ろうとした。が、やはり無理だった。
「あ!タカハシさん!」
ミズタニが叫ぶ。

「ちょっとちょっと、また後で話しましょうって言ったじゃないですか」
考えてみればそれなりの立場の人間に対して、またもや失礼だったか。

「いやあ、社交辞令かと」

「ちょっと楽屋に寄りません?」

「え?」

「ハルが呼んで来いって言ってるんですよ」

「・・・・・・・・多分、断っても無駄なんでしょうね」

「あはは!ハルのことをよくわかってらっしゃる!引き摺ってでも連れて来いって言ってましたよ」

「まあ、僕も悪いと思ってるんで・・・・・」

これだ。受付のスタッフがやたらと笑顔だったのは・・・。





予想はしていたが、随分待たされた。
仮にもメジャーアーティストなのだ。挨拶回りもあるだろう。
ミズタニも忙しそうに方々に声を掛けている。

誰もいないスタッフルームで1時間ほど時間を潰す。
「お待たせしました。タカハシさん、中へどうぞ」
恐る恐る楽屋のドアをくぐる。
やはり疲れていたのだろう。ハルが椅子にもたれて眠っていた。

「ハル、連れて来たぞ」

その瞬間、むっ、とこちらを睨むと、物凄い形相で近づいてきた。全身から怒りが噴き出しているのが目にも見えそうだ。

「なんでゲストで入らなかったんですか!」

「う・・・・・」

いい歳した中年のオッサンが女子高生に怒られているのか・・・・。情けない・・・・。

「お礼にならないじゃないですか!!」

他のスタッフは呆気にとられているが、ミズタニだけは腹を抱えてクスクス笑っている。

一応、言い訳をしようと思っていた。

「すみません、興行はお金を出して観るって決めているんです」

「もういいです!!次こそゲストで入ってください!!」

「いや、だから・・・」

「いいってば!!!!」




段々うんざりしてきた・・・・・。

「あのですね」

いつも通りの無表情のまま、感情の込もっていない声で話し始める。

「別に助けたつもりはありません。だからお礼を言われる筋合いもありません」
「僕はこれ以上自分に失望したくないんです。誰がそこにいても同じ事をします」
「自分のためにやったことです。ハルさんは関係ありません」

少し間を置いて続ける。

「何より僕は、創作に対価を払わない世界は間違っていると思います」
「絶対にお金は払います」

ゆっくりとだがはっきりとした口調でそう言うと、その場が静まり返る。勿論、ミズタニを除いてだ。
それでも目の前の子供の表情に変化はない。

「じゃあ、出禁にします」

タカハシにつられてか、むっとした表情ではあるが、静かな口調でそう言った。

「・・・・・は?」

「あっはっはっはっは」

遂に堪えきれなくなったミズタニが爆笑した。

「プッ」

他のスタッフも吹き出す。

「諦めて下さい、タカハシさん。そいつは言って聞くようなやつじゃないんですよ」

笑いすぎて涙が浮かんでいる・・・・・。

ハルがミズタニを睨む。

「いやあ、すまんすまん」

「あの・・・出禁って・・・・」

「まあ、本人が言うんじゃ仕方ないですね。うちはアーティストの意向は尊重しますよ」

「そんな理不尽な・・・・・」

「あなたがゲストで入れば済む話ですよ。なに、一回だけです。一回だけ自分のポリシーを捨てて下さい」

「まあ、そうですけど・・・」



「そういうわけで、次も来てくださいね」

もうわかったよ。これ以上いじめないでくれ。

「・・・・・次はいつですか?」

目の前の怒り顔が笑顔に戻っている。タカハシが一番好きなハルの表情だった。
まあ良しとするか。
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