EBE

しる

文字の大きさ
12 / 18
邂逅編

しおりを挟む
 いきなりの丑澤の発言に、私は少なからず動揺した。「泊まっていけ」とは、何の誘い文句だ。
 私は人差し指を頭にあてて考えた。
「あなた、どういうつもり?話が信じられずに逮捕?それとも死にたいの?」
「君の話は一応信じる。そして死にたいわけじゃない。ただ、ここで子供一人行かせるのは、なんか、おれ自身が、許せん・・・」
「あの、意味がわからないんだけど。今の話を信じて、私をここに泊める理由が、自分を許せないとか。あなた、本当に死ぬかもしれないのよ」
 呆れた。大人のくせに、子供みたいな言い分だ。
「わかってるよ。自分でもバカだと思う。どこかの見知らぬ子供にわざわざ付き合って、死ぬなんて御免だ。だから死ぬつもりはない」
「いや、あいつら来たらあなた殺されるから」
「その時は、君がおれを守れ!!」
「は?」
 目が点になるとは、今の私のことを言うのだろう。
 この大人は、子供だから一人で行かせたくないとか言いながら、その子供に命を預けるのか。滅茶苦茶だ。
 私は思わず吹き出した。
「あはは!ちょっと、笑わせないでよ!」
 腹を抱えて笑った。丑澤は怪訝な顔をしている。
「わ、笑うなよ。おれは真剣にだな・・・」
「わかった!わかったわ・・・!」
 笑い過ぎて息が切れた。こんなに笑ったのは、いつ振りだろう。
「わかったわ。とりあえずもう一日だけ泊まってく。でも、そうね・・・」
「どうした?」
 私は部屋を見渡した。
「部屋が・・・汚い」
 グサっと刺してしまったようだ。丑澤は苦笑いである。
「片付けていいかしら?」
「あ、いや、おれが片付けるよ!ってか子供に片付けさせられるか!」
「いや、私がやるわ。どうせ、あなた片付けるのヘタでしょ?」
「う・・・」
 観念して、丑澤は片付けの邪魔にならないよう隅に座った。
 私はテキパキと片付け始めた。その様子に丑澤が驚いた。
「片付け、上手だな」
 手を動かしながら、答える。
「まあね。母がだらしなかったから」
 丑澤がしまったと、バツの悪そうな顔をした。死んだ母の話を私にさせたからであろう。私は、笑顔を作って言った。
「気にしないで。もう気持ちの整理はついている」
 丑澤は、悲しそうに私を見てきた。
「だらしなかったけど、いい人だったのよ」
「そうか・・・」
 片付けながら、一つ気になったことを聞いた。
「えーっと、丑澤さんだっけ。下の名前は何て言うの?」
「ん?健吾だ」
「じゃあ健吾って呼ぶわ。いいわよね?」
「え、いや、そこは普通"さん"付けとかじゃ・・・」
 私は無視して、片付けを進めた。
「あ、それと私のことは心結でいいわよ」


 見た目と、言動のイメージがまったく合わない。この子の強気な言動は、人ではないからか、親の影響か。
 何にせよ小五の女の子に完全に負けている自分がほとほと情けなかった。
 ひとまず、心結とあと一日一緒にいることになった。この決断が正しかったのかは自分でもわからないが、逮捕するという選択肢は完全に消えていた。
 心結を一人で行かせたくないのは、単純な大人のプライドだ。子供を一人で危険な目に遭わせるなんてできない。だが心結の場合、子供にカウントしていいものか。獣になれるのが本当ならば、人間よりはるかに強いことが予想される。
「一日」といったのは、自分の考える時間である。心結を見放すべきかどうか、自身の命がかかわる問題だ。自分の命欲しさに、心結を一人で行かせることは身勝手だろうか。
 そうこう考えている内に、心結は片付けを済ませていた。見事に部屋が綺麗になった。
「掃除機どこ?」
「え、ああ、掃除機ね、ない・・・」
「は!?」
 心結は、悲鳴に近い声を上げた。
「やだー!なんで!不潔過ぎる!私ここに泊まりたくない!」
「もう、一泊しただろ・・・」
「もうサイテーよ!このヘタレで不潔男!」
 おれは渋々、ある物を取り出した。
「これ・・・」
「何それ?」
「コロコロ・・・」
 長い髪で彼女の表情が見えないが、凄まじい怒気が伝わってきた。
「お、おし、掃除機買いに行こう!」
「ええ、じゃないと私出て行くわ」
「それにだな・・・」
 おれは心結の姿を見た。
「服とか、色々必要だろう。一通り買ってやるよ」
 あ、そっか、と心結は下を向いて答えた。


 玲奈と買い物をしたのがつい数日前の話だが、私の人生でこの短期間に二度も買い物に行けるとは、ちょっとしたニュースだ。
 健吾に服のことを気にされて、少し恥ずかしかった。
 これまであまり気にしたことはなかったが、十一という年齢のせいだろうか。自分の格好に少しは気を使いたい思いがあった。
 バスに乗って、八王子の駅前まで来た。
 格好について気になり始めると、人目につくのも何だか恥ずかしくなってきた。それにこの髪は、やはり鬱陶しい。歩きながらちらちらとショーウィンドウに映る自分の姿を見て、溜息が出る。
 その様子に、気がついたのか、健吾が話しかけてきた。
「髪、伸ばしてるの?」
「ううん。なんかね、切っても次の日にはすぐこの長さになってるの。今までは病気か何かかと思ってたけど、私が人じゃないからかも」
「へぇ、なるほどなぁ」
 言って、健吾が少し考える様に顎に手を当てた。
「気になるなら切ればいいじゃん」
「いや、だからすぐ伸びるから意味ないんだってば」
「じゃなくてさ、毎日切ればいいじゃん。切ってやろうか?」
 意表を突かれた。その発想はなかった。
「切ってやろうかって、健吾の家に泊まるのあと一日だけじゃない」
「あぁ、確かに」
 言って健吾は前を向く。そのまま会話は終わって、歩き続けた。
 私は、ちょっと期待していた。健吾があと一日といわず・・・。
 と、頭を振った。何を考えているんだ。自分といれば、危険な目に遭わせてしまう。あと一日泊まるということだけでも危ないかもしれないのに、妙な期待を持つべきではない。
 しかし、一人は辛かった。
 それだけに、健吾にもう一日泊まる様に言われたことは嬉しかった。
 今まで、結衣以外には正体がバレた時点で人は離れていった。健吾の場合、それに加え自分に命の危機があるのに、私から逃げようとしていない。
 昨日出会った時もそうだ。最初こそ、幽霊と見間違えて驚いていたが、それ以降は私を不気味な者でなく、子供として扱ってくれた。
 殺人容疑のある自分を家に泊め、話を聞こうとしてくれた。
 朝、健吾が寝ている時、本当に逃げ出そうと思ったが、正体不明の私を前にして、無防備に寝ている姿を見ると、黙って出て行くわけにもいかなかった。
 数少ない私の理解者。ウォル、玲奈、結衣と数えて人生で四人目の理解者。
 その健吾を危険に巻き込むわけにはいかない。
 一人で戦わなければ。そう決めたではないか。
「えーっと、服と、それを入れるリュックを買わなきゃな。あと何かいるかな・・・」
 独り言のように健吾が呟く。
「飯もとりあえずインスタント系買っとくか?水とかもあった方がいいよな」
「え、ええ、そうね・・・」
「ん、どうかしたか?」
 何だろう。何か感じる。
「健吾」
 私は、辺りを見回した。どこかにいるはずだ。
「たぶん、警察に見られてる」
「え!」
「私、分かるの。野生のカンみたいなものかな。おそらく二人組が私のこと見てる」
「そうか、しまった!」
 健吾は、何かに気付いた。
「例の事件の容疑で、心結の特徴が警察に知らされてる。小五で髪の長い女の子・・・」
 そういうことか。それなら簡単に見つけられるだろう。私の姿は嫌でも目に付く。って、
「そういうこと早く気付きなさいよ!あなた本当に使えないわね!」
「や、やかましい!しょうがないだろ!とにかく逃げるぞ!できるだけ普通を装って歩け」
 私は健吾のあとをついて行った。が、二人組の男が現れた。背後、私達に近づいてくる。
「健吾、来たわ」
「うし、走れ!」
 一斉に駆け出した。警察二人組も走り出す。
「おい!止まれ!」
 私達は、人混みを掻き分けて逃げる。
「心結、タクシーだ!タクシーに乗るぞ!」
 ちょうど目の前にタクシーがあった。急いでタクシーに乗り込む。
「急いで出してください!」
「待て!そこのタクシー!警察だ!」
 運転手が驚いて、出発を躊躇う。
 健吾が警察手帳を取り出し、怒鳴った。
「おれが警察だ!あいつらは偽物!追われている。早く出してくれ!」
 運転手は慌ててアクセルを踏み、発進した。
「健吾、手帳、ナイスだわ・・・」
「昨日、心結を連れて帰ったっきりで、装備一式全部持って帰ってたからな。本当はダメなんだけど・・・」
 私は胸を撫で下ろした。そして、こんなことを言ってみた。
「服、欲しかったな・・・」
「え!たった今追われてたのに、その台詞!?どんなハートしてんだよ・・・」
「それとこれとは、話が別よ」
 私は笑って答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...