ホタルの結晶

あまね

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Gemsilica

写真の少女

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 今は声しか思い出せないがあの夜のことは一生忘れないだろう。

 小さい時の夏休み、お盆になるとおばあちゃんの家にお泊まりするのが習慣だった。
 おばあちゃんの家は山の中にあって、近くには小さな川がいくつかある。父さんとはよく魚釣りならぬ魚掴みをした川だ。
 夜になるとそこは蛍で埋め尽くされる。今ではもう見ることは出来ないであろう光景で、小さかった僕はよくはしゃいで川に落ちていた。幸い川は浅いので服がびしょ濡れになるだけで済んだ。
 ある年のお盆の時、家族総出で地域の集会に行った。辺りはもう暗くって大人達はみんなして酒盛りをしていた。
 なんだか僕だけ仲間はずれにされてるみたいに思って、勝手に川に遊びに行ったんだ。
 川には虫の鳴き声と、水の流れる音しか聞こえなかった。
 その日は満月だったのをよく覚えている。だって月から視線を落としたら女の子が目の前にいるんだもの、尻もちをついてしまった。
 「ねぇ、きみひとり?」
 おばけだったらどうしようという思いが頭の中をめぐる中、曖昧に頷く。
 「じゃあさ!ほたる見にいこうよ!ね!」
 勢いよく手を掴まれた僕はおばけじゃないことにホッとしながら、その子の後をついて行った。
 「ここね、ひみつの場所なんだよ!みんなには内緒ね」
 人差し指を口に当てて歯を見せて見せるその子は月の光でキラキラ光って見えた。
 「ほら、みてて」
 指差す先には沢山の蛍がピカピカ光っていた。
 その子は笑いながら手を叩いたり飛び跳ねたりして全身で喜びを演じていた。
 「ほたる…ピカピカ光ってる。ずっと、このままならいいのにね…ね、そう思わない?お母さんのゆびわみたいにキラキラ」
 そう言って蛍を捕まえようとしている姿は子供の僕から見ても綺麗だと思った。
 「ね、こんなきれいなゆびわをもらいたいから大きくなったらお嫁さんになるんだ!きみは?」
 いきなり話を振られて戸惑う僕は、星が好きだから宇宙飛行士とかになりたいって言った気がする。
 その時に約束したんだ、その子と。…忘れたけど。
 その後は大人達が必死に探してたみたいで2人ともこっぴどく叱られた。
 後で名前を聞いたけどそれも忘れた。子供の時から物忘れが酷いのだ。
 あの時以来、もうその子に会うことはなくなった。何度か川に行ってみたけどいつも居なかった。
 そのまま忘れるだろうと思っていたけど、現在の僕はいつまでもそれを引きずっている。
 多分定年退職するまで忘れないだろう。

 目が覚めるといつの間にか作業机で寝ていたらしく、体のあちこちが痛くなっていた。
 今日もあの子の夢だった。なぜか最近この夢を見ることが多い。
 作業机の上にあるライトは容赦なく僕の目を狙っていて、二度寝を妨げることに成功した。
 今は朝の4時、一度起きてしまったら寝れないので寝る前にしていた作業の続きをすることにした。
 机の上にはデザインを考えるための紙があり、何個か案を出していたところだった。
 (今回はブローチにするべきか、それともネックレスか…)
 いくら仕事とはいえ、形くらいは指定して欲しいとつくづく思う。
 僕の名前は、来知 冬夜らち とうや
 僕はあれ以来宇宙飛行士ではなくジュエリーデザイナーになっていた。大体、僕に宇宙飛行士になれるほどの頭は持ち合わせてもいなかったし、案外この仕事は自分に向いていたりした。
 根気がいて緻密な作業、改めて考えるとこれ以上の天職は考えられない。
 宝石デザイン学校を卒業後、宝石デザイン会社に就職。2年というなんとも短い期間だったが成績が優秀だったので同期より先にフリーになった。
 その後は有名なジュエリーショップ
Jewelry shop~Heliodor~ジュエリーショップ ヘリオドール〉にスカウトされて契約。
 なんでもデザイン学校時代から目をつけていたらしい。
 おかげで店は大繁盛、看板娘ならぬ看板アーティストとして大々的に売り込み、今ではセレブや有名人御用達の一流店となった。
 これが全部僕の仕事の成果だと思うと、少し自分でも驚く。
 そして最近は、僕オリジナルのジュエリーが欲しいというお客が後を絶たない。そのためお店側は売り上げをもっと伸ばすため、僕オリジナルデザインジュエリーということで一点一点僕が全て請け負うことになった。
 あまり変わらないように思えるだろうが、いつもは社長の提案や経済状況、お客さんのニーズなどを考慮し、今お客様が何を多く望まれているのかを考え、作品のデザインを考えてきた。だが一人一人のお客様の要望や趣味、用途などを考えながら作るのはとても骨が折れる。
 デザインするだけあって、お客様にデザイン案を見てもらい、承諾を得てから作らなくてはいけないためなんども訂正があるのはしばしばある。だが、大抵のお客様は出来上がったジュエリーを見ると一心に見惚れて、すぐ幸福感に浸っているので、僕の評判は下がることなく上がっていった。
 そして今回のお客様はあろうことか、どのような形でもいいからジュエリーをデザインして欲しいと依頼されたのだ。
 「ベースはともかく形は男女によって異なるので何か元になるようなものはありませか?」
 思わずそう言うと、彼女(70歳は超えているであろう女性だった)は、バッグの中をかき回すようにしてある1枚の写真を差し出した。
 「もうすぐ、孫の誕生日なんです、もう20歳は超えていて…あぁ、あなたと同じくらいかしら、20、5,6歳ってところでしょう?もう大人だからねぇ、アクセサリーの1つや2つ与えてやりたくて。それでこの子、小さい時の写真なんだけど、このワンピースが大のお気に入りでねぇ、ほらこの青緑色、今だとエメラルドグリーンって言うのかしら?その色なんだけど、このワンピースのイメージで作っていただけないでしょうか」
 なんだか見覚えのあるような写真の女の子に目をとられていて生半可な返事になってしまったけれども、彼女は嬉しがって帰って行った。
 後日デザインの案をいくつか見ますか?と聞いたが、あなたが決めたのならそれでいいわ、と言って帰って行ってしまった。
 結局、写真の女の子が気になっていたのだか名前すら聞くことが出来ず今に至る。
 「青緑、エメラルドグリーンといえば…Gemsilicaジェムシリカか?宝石ではないが、希少な石なんだったっけな」
 僕は鉱石の画像と一緒にデザイン案を見てみる。
 今のところの案はネックレスだ、あまり派手にならずシンプルな感じにするつもりだ。
 「それにしてもこの写真、見覚えがあるような…」
 キラキラ光る太陽の下、お気に入りだというワンピースを着ているその子は、夢の中の子と重なって見えた。
 「…そんなまさかな、あるわけない…」
 名前もわからない、覚えていたところでその子とは限らない。
 「あー、最近疲れてんのかな…お、毎日綺麗だよな…」
 ベランダを向くと掛かっていた白い薄めのカーテンが綺麗に色づいていた。
 時計を見るといつの間にかもう6時、少し早いけれど朝食を作ろう。
 一人暮らしにはもう慣れたけれど毎回朝食がマンネリ化してきているような気がする。今日はベーコンエッグトースト、昨日と同じだ。ちなみに、1週間ごま塩ご飯だった時もある。
 いい加減料理本の1冊や2冊の購入を検討しよう。
 「…音楽でもかけるか」
 最近の自己ブームのきている曲をかけながら、朝食の片付けや掃除、洗濯などの一連の家事をこなす。
 「今日は隣の部屋が騒がしいな、引越しか?」
 僕の部屋の両隣は空室でしかもなかなか誰も越して来ないから油断していた。
 引越しといえばご近所にご挨拶、そして菓子折り。
 高級なお菓子だったらいいなと考えを巡らせながら歯磨きをして顔を洗う。
 お店では高級感のある黒でまとめることになっている。お陰でファッションセンスは良くなった。
 〈ピンポーン〉
 こんな朝っぱらに誰が来たんだ、もしかして越してきた人だろうか、だとしたら通勤中にお菓子が食べられる。
 通勤中は眠くなるので糖分が必要なのだ。
 「すみませーん隣に越してきたものですけどー」
 声からしたら女性だろう。僕は、はーいと返事をして玄関に向かった。
 「早朝に失礼します、隣に越して来た涼風すずかぜです。これつまらないものですがどうぞ、これからよろしくお願いします」
 出迎えた女性はとても小柄で、半袖に長ズボンのジャージという出で立ちだ。
 彼女の腕の中には白包装紙で包まれた箱がある。
 「どうも、おはようございます。朝早くからお疲れ様です、ありがたく受け取らせてもらいますね、ありがとうございます」
 そう笑顔で答えた僕は彼女の顔をみて写真の女の子を思い出した。
 (いやいやまさか、そんな偶然あるはず無い)
 心の中で呟きながら白い包装紙の箱を受け取る。
 「すごいクマですね、お仕事お疲れ様です、それでは」
 小さく笑いながら部屋に戻る彼女を見ていた僕は思わず口を開いていた。
 「あのっ、荷物運びとか大変でしょうから仕事終わり手伝いますよ、今日仕事終わるの早いですし」
 そう口に出してはっとした、ありがた迷惑なんじゃと思い少しにごらせようとした時。
 「本当ですか?じゃあお言葉に甘えてもいいですかね、実は仕事道具が重くて重くて、これじゃいつ仕事できるかわからないですから」
 そう言ってはにかむ彼女はやっぱり夢の中の子と重なった。
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