美味しい契約

熊井けなこ

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一章

8 トースト

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朝食はルームサービス。
丁寧にテーブルセットされた料理が真っ白な花と共に並ぶ。
クロスや食器も全てが白い中、卵の黄色やレタスの緑や赤いベーコンの色彩が目に飛び込んでくる。

晩ご飯を抜き、体力も普段より微妙な朝、凄く食欲をそそるはずなのに…

「…早く帰ってジンのご飯が食べたい…」

ジョンがジュースを飲みながら呟いた。

お世辞でも嬉しい。
僕の仕事、趣味が食で良かった。
これからもジョンに美味しいご飯を作ってあげたい。
…こんな風にたまには花も並べたりして。


「食べたら帰ろう。
僕、今日仕事がある。」

トーストの上にベーコンや卵を乗せてジョンに手渡す。
手を伸ばし受け取るジョンからは満面の笑みが返される。

この笑顔は僕のもの…?
可愛い過ぎて…
手渡し、空いた手をそのまま頬に伸ばしトーストを食べようと少し開いた口に身を乗り出してキスをした。

すぐ椅子に座り直し、少し驚くジョンを横目にトーストを頬張り恥ずかしさを紛らわした。





ジョンの屋敷に帰ってから、昼食に急いで2人のご飯…ではなく、新作のレシピ本に載せる料理を何品も作らないといけなかった。そのことでジョンには何日か前にキッチンを使わせて貰う、了解を得ていた。


「…何作んの?終わったら俺食べれる?」

仕事モードな僕の邪魔するつもりは無いらしく…いつもなら後ろにくっついてくるのに、お利口さんでテーブルの所から聞いてきた。


……さっきまで僕も離れがたかった。
新幹線、隣に座った時は手を繋いでいたし、歩く時も、何となくシャツを掴んだりしていた。


「今回は韓国料理なんだ。
終わったら好きなの食べて?
すごい量だから、今日来るカメラマンと
出版社の人にも食べて貰うけど。」


ピンポーン。

インターホンが鳴るとすぐ立ち上がり、

「あ、いいよ俺いく。ジナほ料理してて。」

インターホンで軽く挨拶をして、ジョンが玄関へと出迎えに行ってくれた。
 

契約して18日目かな?
…この契約は、食事の面倒を見るって事。

もう契約とか関係無いからお金…全て返そうかな。




「ジン。」

ジョンを先頭に、雑誌編集のハミンさんと
カメラマンのテヨンさんがやって来た。

「おー!キッチンも広いしオシャレですね!
いい写真になりそう!」

「ハミンさんお疲れ様ですー!
すみません出迎えしないで…
ここ、友達の家で…ジョンです。」

「あ、はーい。ジンの友達ジョンです。」

「こちらこそお邪魔してすみません。
==社で編集をしております、
ハミンと申します。」

「あ、名刺、ありがとうございます。」

「僕も名刺…
今日はよろしくお願いします。
撮影担当するテヨンです。」

「はい。よろしくお願いします。」

ジョンは2人から貰った名刺を興味深そうに見つめていた。

「…ジン氏!お久しぶりです!」

「テヨン君、久しぶり!
今日もよろしくねー。」



料理はまだ完成してないけど、作ってる途中も載せるらしく沢山フラッシュがなる。

テヨン君の後ろでもう1人、カメラを向けてくる人の方が気になる。
…ダメだ…ここは料理を見るか、もしくはカメラ目線じゃないと…

「……ハッ!フッフッ…
すみません、笑い堪えられなかった!
グク!写真?動画?
気になるからやめて?!」

「えーー…
あ、==社の方、変な事には使わないので。
個人的に楽しむだけなんで!」

「いいですよー、リラックスした笑顔ー
ジン氏の笑顔いいですねー
あ、彼女さん元気ですかー?
彼女さんこの料理食べた事あるのかな?
彼女さん思い出したりしたら
もっといい笑顔になるかなー?」


彼女…
そういえば、テヨン君にもハミン君にも嘘ついたまま…


ジョンに伝えたかった。
直接だと恥ずかしい気がするから…

「彼女、いないんだ。
…前いるって言ってたのは嘘で。
実際はもう1年以上いません。へへ…」

「えー?あ、そーなんですねー?
まぁ、嘘が必要な時ありそうですよねー
ジン氏みたいな人気者な人だとー」

テヨン君が笑った。
ハミン君もジンさんはモテるからーって笑ってる。



…喜んで貰えると思ったのに。
さっきまで、ニコニコしてたのに。

ジョンは何も言わずにキッチンから出て行ってしまった。

こっちを見ないから目も合わなかったけど、真顔で…あんなに冷めた表情…

初めて見た。



すぐにでも追いかけたかったけど、仕事中だから我慢した。

沢山の料理を大きなテーブルに並べて、ハミン君テヨン君に座って貰う。

「ゆっくり食べてて下さいね!
ちょっとジョンのところへ行かないと…」




ジョンの部屋にいなかった。
アトリエにもいない。
家中探して…今日は庭にいた。
手入れされたばかりの様々な木と、時期的に咲き誇る花に囲まれてる。
虫が嫌いな僕にはなかなか踏み込めない場所で隠れるように。

虫に襲われてもいい…必死に近づく僕ではなく、目線は少し先の花や蝶。
小さくなってしゃがみこんでる。

「…ごめん…嘘ついてて。」

「………」

「今日言ったのは、
別にテヨン君に言いたかったわけじゃなくて、
ジョンに…遅くなったけど、伝えたくて…」

「……けど…その前にも…
いつでも言う時あった……ッ、あー…
…俺がそういう話するなって言ったか…」

「うん…けど…ごめん…」

「……俺……ジンに彼女がいると思って…
ジンの心配して…
してるようには見えなかっただろうけど…
ずっと気にして…」

「うん…ホントごめん…」

「別に…嘘ついてても…
途中で言ってくれたら良かったのに…
…昨日とか、今朝とか…
なんであのカメラマンとの会話で…
ジンの事知らなきゃいけないんだよ…」

丸めた大きな身体を、後ろから包む。

「ごめん。
僕、ジョンを信じられないっていうより
自分を信じられなくて…嘘ついたままで…」

「……」

「もう変な嘘はつかないから…」

腕に力を込めて、ジョンを抱きしめる。
体制的に、上に乗ってるようだけど、後ろから顔を首にすり寄せる。

相当落ち込ませてしまった。

頬に頬を擦り寄せた。
そして頬にキスをした。
…無言で後ろを振り返って来たジョンが、唇に、と言いたげな視線で…思わず唇にもキスをしたけど…


とりあえず、後は2人きりになってから…

「撮影終わって、
今2人に食べて貰ってるんだけど…
一緒に食べよう?」

「…ん。」

先に立った僕は、ジョンの手を引いて立ち上がるのを手伝った。
その時、ジョンのケイタイが鳴った。


僕が落ち込ませてしまったジョンに、更に訃報が襲った。







・・・・🦋


ホントにここは楽園のようだった。
好きな事をして、好きな人といて。

愛されて、愛して。
そのままの僕で良いんだって思えた。

彼を愛してる。
けど、結局取り繕っていた自分のせいで自分の事がまた嫌いになった。

何を不安に思っていたんだろ。

噂とか、振る舞いとか、勝手に自分で悪い方に思い込んで…


ホントに彼は僕に対して、最初から最後までありのままのジョンだったのに。

このまま会えなかったらどうしよう…。


ジョン。早く会いたい。






・・・・・🦋


俺でもあんなに気分が上がったり下がったり…
ジンという1人の存在であんなに気持ちが落ち込むなんて。

ついてた嘘は、俺との壁を作る為?

今は少し分かる。
1人の人にこんなに夢中になったら自分の心がどうなるかっていう怖さ。



愛する人に愛されてる。

すごく幸せ。

あの落ちた気分で幸せを喜べなかったのは、虫の知らせだったのかな。


尊敬するお父さん。
お父さんは自由な人で、殆ど俺と母と暮らす事は無かったのに、近年は母と仲良く過ごしていた。
だから離れていても安心してた。

病気なら言ってくれれば良かったのに。



これからも日本で暮らすのは身勝手かな。


会えないから…会いたくてしょうがない。

愛する人と暮らしたら
この罪悪感は大きくなるのかな…


ジン。早く会いたい。




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