美味しい契約

熊井けなこ

文字の大きさ
上 下
16 / 28
二章

7 ハクマイ

しおりを挟む





『彼はあんな感じだと……ツラくない?』


僕がジョンと暮らし、恋愛関係だと知っているホンミさんの言葉。


ホンミさんがジョンからの依頼を僕に繋いでくれたから契約が始まった。
ホンミさんが初めに言っていた、『彼は誰とでも恋愛関係に…』って言葉…嘘では無いと思うけど、気にならないくらいに僕達なりの関係を築いてきたつもりだったのに。


ジョンが楽屋から男の人を連れて出て行ってしまったから……

仕事中、沢山ミスをしてしまったから……

落ち込んでいた僕は、僕の楽屋でジョンが当たり前のように待っていてくれたのに"お待たせ"…も言えない。

「お疲れー。
もう帰れる?ジンお腹空いてる?
…たまには外に食べ行く?」

少し寝てた?
…本番のヘアセットなんかを洗い流す為にシャワーに入った?
…ただそれだけのシャワー?
ノーメイクで髪の毛も洗い晒し。
家にいる普段のジョンなのに凄く胸がモヤモヤする。

「……さっきの…ミュージシャンの彼は?」

「…帰ったよ。会いたいの?」

「…別に。……何してたの?」

「別に?」

男らしいのに綺麗な指はケータイ電話を弄り、視線も手元に向いたまま…適当な返事が返ってくる。

「………あのさ、なんで僕だったの?
料理得意な人なら沢山いるし
日本に知り合いだっているだろうし…」

「……?何の話?
ジンに依頼した時の話??
ジン…だったから?
会いたくて会いたくて…」

…やっとこっちを向いた…

「……ジョンだったら
別の誰かに頼んでも上手くいっただろうし…
僕みたいに…簡単に落ちると思うよ。」

「……落ちる?」

「毎日料理作ったり朝起こしたり…
ジョンと一緒に住みたい人は沢山いるだろうし
僕じゃなくても…
また契約とか、始めれば…」

「……何言ってんの?」

僕達の出会い…
ジョンが食べたいご飯を僕が作れそうで…
会ったら会ったで…
身近に都合のいい僕がいたから……

ジョンからの視線が強くなった。
目も大きく見開き、口は微かに開いてる。

「………早く言ってね。
次の人と契約したい時は…」

「ジン。本気で言ってんの?」


本気……?
軽い気持ちで言ってない。
いつも未来を不安に思うのは出会い方とか…契約とか…考えれば考える程、自分の自信がなくなる。

どうしようもない程の本気。


「………だから…僕じゃなくても契約して、
一緒に住んで、ジョンが迫ったら…
僕みたいに……」

「…それ以上言ったらキレるけど?」

低い声。
ドスが利いてる。
僕の脚に力が入らなくなって来た。
怖い。ジョンが怖いんじゃない。

……未来を…自分を信じられない、ジョンを信じられない自分が怖い。


「……食欲無いし、作れないから…
何処かで適当に食べてくれる?」




特に行く場所なんて無いけど、ジョンと顔を合わせていたらもっと酷い事が口から出そうで…楽屋を出てテレビ局の通路を駆け抜けた。

凄く…怒ってた…
…怒られて僕は…少しホッとしてるのかな。
けど…こんなに面倒な男…一緒にいても楽しくない恋人なんて愛想尽かされたかもな。


わざわざ現実を自分の不安に近づける事ないのに…






「それで?こんな所まで1人で来たの?
……来てくれたから
決まりそうな仕事の確認するけど…」

仕事でミスを沢山した事、あれからジョンと言い合いになった事、ホンミさんに聞いて貰った。

「…いつもはこんなに悩む前に
嫌な事があっても気持ちが冷めるから…
恋愛でムキになって、
自分もジョンも傷つけてバカみたい…」

「…ムキにねぇ…
まぁ、僕が余計な事言ってるのかな…
ただジンさんが心配でさ…」

「……普通に…
あのミュージシャンの人の事
聞けば良かったんだ…
随分仲良さそうだったね?って
ヤキモチ焼けば可愛い喧嘩で済んだはず…」

「うーん…何で聞かなかったの?」

「……なんだっけ……
あ、彼は?って聞いたんだ…
で、逆に『会いたいの?』って聞かれて
それで…何してたの?って聞いても
『別に』って。」

「……ごめん。
僕が連れてったミュージシャン、遊び人。」

「へー…じゃあ…ジョンと進展する可能性は高…」

「…けどさ『会いたいの?』って聞かれて
何て答えたの?」

「……覚えてない…
別に…って言ったかな…」

「もしかして-…
ミュージシャンとジンさんが
仲良くならないようにしたとか!
おっ!あり得る!
しかもそんな事、彼言わなそう!
ごめん!無責任な僕!
僕のアドバイスより本人に聞いて!」

「………はぁ…
僕とミュージシャン…?そんな心配…」

「わからないよ?
本人に聞かないと!ってか、
どうせ仲直りするんでしょ?
言い過ぎたと思ってるんでしょ?
早く家帰りな!
スケジュールと台本渡しとくから
確認したら連絡して?
仲直り済んだ時もね?!気になるから!」





昼過ぎに終わった僕の仕事。
寄り道…ホンミさんの事務所に寄ったから夕暮れに染まる空の下、帰り道を1人で歩く羽目になった。

ジョンはもう家にいるかな。
何処かでご飯食べてる…?
誰かと会ってる…?

1人では家でも外でも食事しないだろうし…

ジョンからはLINEも着信も無い。


……怒ってるかな…
…電話出るかな………凄く緊張しながら…1人で寂しい気持ちが勝ってジョンへの通話ボタンを押した。


『…ん。』

「…ごめん。今帰ってる…」

『……うん。わかった。』

普段の優しい声が聞けただけで、安堵して泣きそうになる。

「…今…家?
ご飯食べた?食材買っていくけど…」

『家。食べて無い。
ジンのご飯が食べ…んー何でもない。』

「……何?作るから…何食べたい?」

『んー……肉…とか…?
お米は炊けたら炊いとく…』

「え?出来る?」

『見てた時もあるから…
3合?で、水も3の所まで入れて
スイッチ押せばいいんでしょ?』

「そう…」

『……ジン。
俺は、ジンとじゃなかったら
契約しなかったよ。
ご飯なんて適当に買ったりすれば
食べていけるし。
朝だって…大事な日に起きれなかったら
ナムとかソンギが起こしてくれるし…
………だから…
他の誰かと契約すればとか言われると……』

「……ごめん。もう言わない……」

『わかった?…わかって無いよなホント…
俺がどれだけジンを好きで
ジンだけかって…』

溜息混じり、独り言のように何処かへ吐き出した言葉はちゃんと僕の耳に届いて…自信が少しだけ大きくなる。

「そう…かな…直接言ってくれたら
もっとわかる…」

『ん。早く帰って来て。
わからせてあげる…』





急いで買い物を済ませ、駆け足でキッチンに進むと、ご飯の匂いの中でグクが待っていた。

「お待たせっ…」

真っ先に心配だったお米の炊け具合を見る。
しゃもじで軽く混ぜた感じは丁度良い。

「ジョン…完璧…」

隣で様子を覗きに来たジョンへ、少しよそって何も味付けずに口へ運ぶ。
僕の口にも。

「…1人で出来たね…」

「まぁね。」

…こういう繰り返しで…作れる物が増えていくんだろうけど…

「おかず、急ぐからチョット待ってて…」

食材を入れようと冷蔵庫の前に立つと後ろから抱きつかれ…顔を振り向かせられ…
…僕の唇はそんなに甘くないのに貪られ、甘噛みされ、吸い付かれ…
口の奥…舌の奥まで味わわれる。

「……っ…ご飯はっ?」

「後。言ったじゃん、
わからせてあげるって……ん…」

「…んんっ……」

ジョンの方を向くと、冷蔵庫に背中と後頭部が勢いよく当たり、そのまま唇で押さえ付けられる。

「…ちょっ…直接…言ってくれたらって…」

唇を唇で閉ざされながらもどうにか話すと…

「…どれだけジンを好きで
どれだけジンだけか。
……そのどれだけってのを
わかってもらわないと…」

近すぎて視点が合わないくらいだけど、瞳の強さは伝わる。

この目で見つめられたら、わかるどころか…頭が働かなくなる……

「……ジョンが…そんな目で、
ミュージシャンの彼を見てたからッ」

「そんな目?俺?」

「そうだよ…しかもッ…肩を触ったり
腰に手を回したり…」

「……あぁ…まぁね。
ジンにちょっかい出されるくらいなら、
俺が相手した方がいいし。
まぁ実際相手にしないけど…」

「…イヤ…とっても楽しそうだった…」

僕にちょっかい?
そんな事、全く無かった。
……けど、ホンミさんが言っていた事…

「あぁ…?楽しそ…?
……ジンから離したくて…
いいじゃん。念には念をで…」

「だからって
自分がちょっかいかけられたら
どうするんだよ?!」

「俺にちょっかい?
そんなん逃げるから大丈夫…」

「……僕だって…
距離作れるから大丈夫だよ!」

「……俺におされて
大丈夫じゃなかったけど?」

「…それは……ジョンだったから…」

「え?何?もう一回…」

僕が寄りかかっている冷蔵庫、僕の頭の上くらいにジョンは手を付き、笑った吐息が顔にかかる。
強い目力でも笑うとクシャっと下がる目尻…
可愛く開く唇…

「…なんでもう一回…」

「ふっ…俺も繰り返し言ってるじゃん…
もう一回教えてよ…俺の好意におされて、
大丈夫じゃなかったのはー、
俺だから?って事だよね?
他の奴がー
こうやってジンにキスしようとしたり…」

チュッ…

音を鳴らして、ゆっくり唇を重ねてはまた目がギリギリ合うか合わないかの位置に顔を動かす。
冷蔵庫に付いていない方の左手が僕のシャツを捲りながら脇腹…胸…と這って来る。

「こうやって触って来たら、どうするの?」

「……蹴り飛ばす…」

…満足気に微笑むジョンの顔を両手で包み、引き寄せて深くキスを味わう。

少し背中が冷蔵庫から離れたけど、僕のお尻に手が伸びて来てその手にジョンの腰へ押さえ付けられた。


…そういえば…今朝もしたのに、もっとしたくて堪らない。
体が疼きだす。

…今朝、眠ったように意識が飛んだ。
そして暫く、寝起きのようにフワフワしたままだった。

ジョンのモノは容易く僕を気持ち良く出来る上に、手加減をしなくなった。
僕が感じれば感じる程、おかしくなればおかしくなる程…


いつの間にかオイルを手にしていて、チュクッ……と…
音を立て2本くらいジョンの指が…出し入れしてはまた奥へ。
もっと…もっと強い刺激が欲しくて身体が悶えて熱くなる。

「……っ…なかっ……変っ……」

「……すっごいヒクヒクしてる……
何だろ…朝もしたからかな…?」

しがみついている僕を支えながら上から囁いてくる。

「……ジョン……」

ジョンを見上げると少し緩んだ瞳と目が合い、それが一瞬で野生的になった。
抜かれるジョンの指。
身体を抱き上げられ、体が浮いたら反射的にまたしがみ付く。

そのままキッチンから数歩進み、リビングのソファーに辿り着くとゆっくり降ろされ、僕の服を次々に脱がしていく…

こうしてる時間も僕はジョンで満たされたくてウズウズしてるけど、身を任せて裸になり…ジョンの服も脱ぐ手伝いをする。

ソファーに沈みながら上から覆い被さってくるジョンは、僕を満たす以上に硬くなってるのが見えた。


ジョンを受け入れるのに、何の抵抗も無い。
けどその質量はいつもより息を呑む量。
ゆっくり…2人、ただ…気持ち良い感覚に浸る。
ジョンは気持ち良いのが楽しくてしょうがないってのが伝わる…
僕が感じて跳ねる度に強い視線、緩む目元口元…

こんなに感じてる上に、肩、腕、鎖骨、喉…ジョンの指でなぞられたら息が漏れる。

「……っ…はぁっ……ぁっ……」

「……んっ…やっぱり……
ジン……ヒクヒクしててヤバイ…」

「……ぁっ…ジョンこそっ……
キツっ……んっ……ああっ……
イッ…っていうかっ……意識…飛びそっ……」


ジョンは分かってるんだろうか……
自分は気持ち良い事を楽しんでるだけでも、どんどん僕をジョン無しでは生きられなくしてる事……


星がチカチカ光るような…
目の前に強い光が押し寄せてきた。

止まらない夢の中のようなキラキラな世界。


意識が薄れる僕に気付いて、ジョンは更に強く動き出す……



身体の奥…

ジョンを感じ過ぎて…


チカチカ キラキラ……止まらない……





しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:36,515pt お気に入り:394

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:79,961pt お気に入り:6,932

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,446pt お気に入り:3,446

悪徳令嬢はヤンデレ騎士と復讐する

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:257

私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,244pt お気に入り:93

間違い探し

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:54

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:37

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:102,902pt お気に入り:2,643

処理中です...