上 下
17 / 21

第17話 怪しい訪問者

しおりを挟む
「なんで泣くのよ」
「俺は……俺は……ふぐっ……ズビイイイッ!」

 言葉を詰まらせたトールズはハンカチで思い切り鼻をかんだ。

「どれほど俺が怖がっても……ドワーフなんだからなんとかしろとか言われて……」
「あー……。一般的にドワーフって言えば強い奴代表みたいなもんだもんね」
「そりゃ種族的にはそうかもしれんが、戦いが苦手な者だって中にはいるのに……くうううっ」

 要するにトールズは戦いが苦手な上に幽霊とかが苦手なようだった。

「墓守してるのに、幽霊も苦手なの?」
「ちゃんと手入れをして聖別した墓に幽霊なぞ出んわ! 厳かに眠っていただく。それが死者に対する礼儀ってものだろう⁉︎」
「あー……まぁ、そうだね」
「そもそも、俺が崇拝するハムダラーナ教では死者に対して礼儀を払っている!」
「あー……そうだね。うん」

 宗教を信じている人間が己の信仰について語りはじめたら止まらない。それは多神教文化であるこの世界でも常識的なことだった。マーナは師匠に説教をされていた時と同様に、話を聞くフリをしながら頭では別のことを考えることにした。
 話を聞く限りだとこの墓地に現れる幽霊はこの墓地の住人ではなく、マーナが狩ってもなんら問題はなさそうだった。
 問題はどうやって幽霊を狩るか? それに尽きる。
 当初は聖別された水や聖水でもぶっかければいいかと考えていたが、話を聞く限り一応、この墓地は聖別されているとのことだった。どんな神官がいつ聖別したのかは分からないが、少なくともここ最近までは幽霊が現れる原因はなかったことになる。
 墓地は共同墓地なので埋葬されている死者が崇拝している宗派は様々だ。だからと言って特定宗教の聖別しか効果がないというわけではない。
 また、それぞれの宗派で定期的にやってきては聖別をしているために、聖別の効果が切れているということはないらしい。聖別の効果が消失すると、その墓地と契約した墓守には分かるのだという。

「他になにか幽霊が出る理由に思い当たるものはない?」
「思い当たるものだと……? うーむ……」

 本当に思い当たる理由がないのだろう。トールズは腕組みして唸りながら考え込んだ。

 ——思い当たる理由がなさそうなら、外的因子によって引き起こされた可能性もあるわね……。

 外伝因子——つまり、外部から何らかの力が加わったということだ。

「思い当たらんなぁ……」
「じゃあ、この2週間以内で、トールズさんに会いにきた人はいますか?」

 またトールズは考え込んだ。実際、死者を出した家でもない限りわざわざ墓守に会いにくるような物好きはそうそういないだろう。
 マーナはそんなトールズの様子を窺いつつ、同時に彼の部屋を見回した。
 簡素な椅子とテーブルは彼の手作りかもしれない。埋葬にくる家族とのやり取りに使うのか、1人暮らしにしては6人以上で使えそうな大きめのテーブルだった。
 おそらく個人の居室は別に設けてあるのだろう。部屋は殺風景と言っていいほどなにもない。

「そう言えば1人訪ねてきた男がいたな……。ここに埋葬されている錬金術師の墓はないか……と」
「錬金術師の墓?」
「そうだ。もちろん、こんな公共墓地に錬金術師なんか埋葬するはずもない。立派な霊廟があっても、この町の小金持ちの墓所程度のもんだ」
「それで、その人は?」
「背が高くてひょろっとしていて……まるでエルフみたいな奴だったな。足音もほとんど立てない。俺の知る限り、そんな錬金術師なんかいないと言ったんだが、一応確認させてくれと、しばらく墓地を見回っていた」

 錬金術師が錬金術師であることを隠して亡くなり、ここに埋葬されたということなのだろうか? 協会組織が嫌になり、野に降った錬金術師がいてここに埋葬された可能性は確かにありそうだった。

「ただ、男が出て行く時に妙なことを言ってたんだ。確か……『錬金術師はいなかったが、別の人を見つけた』とかな。それで、墓守の心付として、2000ゼラも支払って行ったよ」
「心付でそんなに?」

 墓守に対する心付とは、墓を整備してくれている感謝の意味を込めて支払うもので、通常は多くても100ゼラ程度だ。町から固定収入を得ている墓守にとって、お小遣いのようなものなので、これといって金額の規定はない。
 そんな心付で、2000ゼラも出すなど常軌を逸している。明らかにナニかあると言っているようなものだ。

「その人の特徴は?」
「うーん……。フードを目深に被っていたのは憶えているが、どんな顔をしていたのかまったく憶えていないんだよ」
「まったく?」
「ああ、すまんな……」

 まったく記憶にないということはあり得ない。つまり、なんらかの力で顔を認識させないように撹乱していたとみるべきだろう。

「エルフの錬金術師か魔術師……か……」

 そんな怪しい訪問者が共同墓地にきていた。それだけでも十分な収穫だった。
しおりを挟む

処理中です...