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第1章:バウント

第7話:いつものお仕事

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 ガン・オルタ遺跡を通り抜けるまでにアルフィンたち一行が目撃した賞金稼ぎたちの残骸は、四パーティ分。いずれも使える部品は残されておらず、遺体もスラッグたちに始末された後なのか、綺麗さっぱりとなくなっていた。
 すべてのパーティがバジュラムと思しき存在に襲撃されたのかというと、どうもそうではないらしく、半分にはガンランスなどが突き刺さった弾痕が見受けられた。つまり〝人間〟の襲撃を受けたことが予測できる。なによりも、そうした残骸の周辺にはあの地面に残されていたうねるような痕跡が残っていなかった。
 アルフィンたちもバレンシアのパーティに襲われているわけで、決して人間同士が争うことは珍しいわけじゃない。
 結局、ユクシーは膝立ちするエスパダの肩に座り、荷車に揺られながら周囲を見張り続けることとなった。

「ユクシー! 異常はねえか?」

 やや退屈している様子のネビルのこの台詞は何度目だろうか?

「なにもないよ」

 ユクシーの返事も定型しかない。
 エスパダの肩の上だとクレーンの上よりは低いが、それでも高所であることにかわりない。それなりに安定した肩で辺りを窺っているが、フォートレスらしき機影も見えず、輸送する荷車やキャリアーの姿もない。まして、襲ってくるような生物の姿もなかった。

「平和そのものだよ……」

 思わずユクシーはそうこぼした。
 スラッグの襲撃以降に目立った襲撃はないし、あの地面にうねった痕跡を残したなにからしき巨体も見えない。おかしなことと言えば、あのうねりの痕跡が唐突に途絶えたことだった。
 あの巨体を運ぶキャリアーが存在するようには思えない。

「左にまた着地痕があるわ。アイツ……跳んでるってこと?」

 アルフィンの声にユクシーが振り返ると、遺跡の残骸の陰に地面を抉る渦状のうねりが残されていた。
 おそらくあの巨体がジャンプして着地し、また跳んだ痕跡なのだろう。
 跳躍距離は五〇メートル弱。
 ガン・オルタ遺跡の縁にまで侵蝕してきている森に向かって跳んでいた。
 平均樹高が一〇〇メートルを超える巨木の森。
 古代超帝国が崩壊してから人間が大陸西部に追われ、大陸の外縁部にしがみつくように細々と生きている中で、大陸を支配したのはこの急成長を遂げた植物たちだった。
 森は怪物たちを隠し、日光を遮り、薄暗く視界の悪い世界を作り出している。
 古代超帝国は大量のフォートレスを投入して怪物たちを駆逐し、版図を広げていったらしき記録が残されていたが、今や人間はそれだけの数のフォートレスを操ることもできずにわずかに残された場所で生きるしかない。

「大森林に逃げ込まれた以上は、後を追うことは無理だな……」
「あらあら……残念そう……」
「そりゃそうだ。あのデカブツの正体をつかむチャンスを失ったんだからな。だが、その気持ちに煽られて森に入って、バケモノの巣を突くような真似をするのはごめんだ。予定通りにベルゼ寺院遺跡の方に向かおう」
「ああ……待て!」

 ユクシーの制止の言葉に全員の顔に緊張の色が浮かんだ。
 目をつぶって耳を澄ましていたユクシーはゆっくりと腕を動かし、朽ち果てた小さな石造家屋を指さした。

「《虫》がいる」
「アルフィン、網を用意しろ。行きがけの駄賃稼ぎをしていくぞ」

 頷いたアルフィンは、すぐに荷台に固定された箱の中から生糸で編み上げた目の細かい投網を取り出してネビルに渡した。

「ユクシーは見張りを続けてくれ。ベルは別方向に飛びだした時に足止めをしてくれ。いくぞ、アルフィン」

 投網を肩に担ぎあげたネビルを横目で見ながら、アルフィンは鞭を片手に飛びだした。
 朽ち果てた小さな石造家屋。小さなといっても他の遺跡に比べればというだけで、五〇平米の戸建ての家ほどの大きさだ。すでに屋根は落ちているために室内には自然光が入り放題だった。

 足音を殺して近づいたアルフィンがそっと屋敷の壁に背中をつけて辺りの様子を窺う。すると――

 チキキッ……チキキッ……。

 ユクシーが気づいた《虫》の声が微かに聞こえてきた。
 間違いなくこの家の中にいる。
 アルフィンは距離を置いて身構えているネビルに、《いる》とハンドサインを送った。
 石造家屋の窓には奇跡的に壊れかけた木製の鎧戸が半分だけ残っていたが、玄関ドアは朽ち果てている。どちらからも見える範囲の中に《虫》の姿はない。
 音を立てないように細心の注意を払いながらアルフィンは玄関ドアを潜り、家の中に入り込んだ。
 ちょうど窓から死角になる壁に、胴体の大きさが五〇センチはありそうな、球体にゴツイ手足がついた蜘蛛のような生き物《虫》がへばりついていた。
 アルフィンを見かけると《虫》は単眼を怪しく紫色に煌めかせ、耳障りな金属音に似た威嚇音を発した。
 だがアルフィンは怯むことなく手にした鞭を放った。
 バシッ! という鞭が壁を叩く音が響き、跳んだ虫がやや離れた床の上に音もなく着地する。
 《虫》はカッと口を開いて赤茶色の粘液を放った。だがアルフィンは軽いステップでそれをかわして再び鞭を放つ。だがまた鞭は虚しく床を叩く音を響かせるだけだった。
 壁に跳んで鞭を避けた《虫》は、軽く跳んで半分だけ開いている窓に飛びつき、一気にそこから外に跳びだした。
 その瞬間、《虫》の周りを白い霞が包み込んだ。
 ジャララ! と錘代わりのチェーンが音を立てて地面に当たり、広がった網の中に《虫》が囚われていた。
 駆け寄ったネビルが手際良く胴体と胸部の隙間にナイフを突き立てると、《虫は》一気に身を縮こまらせゆっくりとその目から紫色の光を消していった。

「お疲れ様」
「よくやった。かなりの大物だな」
「ちょっとは赤字補填になるかな……」

 アルフィンは投網の中で息絶えた《虫》を調べはじめた。
 外見は甲殻類と蜘蛛が混ざった不可解な姿をしている。蜘蛛にしては無骨な脚は、すでに折りたたまれて胴体にピタリとくっついていた。身体は金属のような甲殻に覆われ、所々に配線が走っている。
 この《虫》は機械生命体とでもいうべきか、身体中に配線が走った異形の姿をしている。この《虫》の頭部に《マスク》と呼ばれる仮面を取り付けてモジュール化することにより、どういう理屈かは不明だが、フォートレスなどのコントロール・モジュールとなる。
 エスパダの頭部も、この《マスク》と《虫》で構成されたモジュールでできていた。
 この《虫》の捕獲も賞金稼ぎたちの重要な収入源のひとつだ。

「バジュラムが見つからなかったとしても、こまかく色々と見つけていけばそれなりの収入が期待できるかもね」
「それだけじゃつまらん。俺の娘ならもっとデカイ夢を持たんか」
「はいはい」
「はいはいじゃない! おい、なにさっさと戻る準備をしてる?」
「はいはい。さっさと行くよ。日暮前にもう少し進んでおきたいしね」
「おい、ちょっと待て!」
「はいはい。さっさと行く行く」
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