魔法なきこの世界で……。

怠惰な雪

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青年期

その後

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 私はその吊られている悪魔に近づいた。

 10年前に見た時よりも頬がこけ、腕も細くなっている。

 私は腰に差している剣の柄を握り、死体の首を切り取った。その頭を掴む。

「10年ぶりだな。」

 そして、後ろを振り向き、部下たちに命令した。

「これより、捜査を開始する。全て、持ち出し、本部まで運べ。」





「メアリー班長。」

「どうした?何か見つけたか?」

「いえ、見つけたわけではないんですが、少しいらしてください。」

 イオに呼ばれ、私は階段の近くにある部屋の中に入っていった。玄関付近は片付いていたが、その部屋の中は様々な本で散らかっており異質な空気を出していた。背の高い本棚が大量にある辺り書斎だろうか。

「で、何がおかしいんだ?」

「はい。こちらです。」

 そして、一番奥にある棚を指差した。観音開きの木製の棚で質素な見た目になっている。他の扉と比べると少し小さい。

「これか?」

 そう言ってイオは扉を開けた。その中には……。何も入っていなかった。

「おかしくないですか?」

 確かにおかしい。周りには本棚に入らなかった本が大量に散らかっているのに、この棚は空っぽだ。普通、整理するためこの中にも本を入れるだろう。ましてや、崩れたレンガを直したり、草を刈ったりするような几帳面な性格では……。

「それに、この棚だけこのような扉がついているのも気になります。」

 周りに立っている本棚には扉らしいものはついていない。だからこそこの棚にはなにか違和感を覚える。

「なぁ、もし家にこんな感じの扉つきの棚が一つしかない時どんな物を入れる?」

 私は近くに立つイオに尋ねる。

「そうですね、私だったら……。あ、そうだ、貯金箱でも入れますかね。扉がついていると鍵をかける事ができるし、大切なものをその辺においておくだけでは少し心配ですし……。」

 なるほど、一理ある。確かに私もそうするだろう。現にこの棚はこの部屋の一番奥にある。大切なものを守るためだとしたら理にかなっている。

「だとしたら、この中身はどこに行ったんだ?大切なものならなくすとは思えないんだが。」

 その時、私を呼ぶ声が聞こえた。二階からだ。私は書斎から出て階段を登る。二階には部屋は3つしかなかった。声が聞こえたのは一番大きい部屋だった。後から調べてわかった事だがこの屋敷は元々は猟師の宿直拠点だったそうだ。その為、この屋敷はある意味猟師のために作られている。広い玄関は捕まえた獲物を奥まで運ばずとも作業ができるように配慮されているからで、玄関のすぐ近くに書斎があるのは種類を調べたりするのに便利だから、書斎の階段を挟んだ反対側にあるのは台所でそこで取れた肉をすぐに調理するためらしい。そして、この二階にある一番大きい部屋は会議室で、ここで様々な話し合いをしていたそうだ。

 そして、その会議室に入るとまず目についたのは、部屋の殆どを埋め尽くす大きな塊だった。何やら不思議な装置で、あちこちにコイルが刺さっている。私を呼んだであろう部下のエウロパはこの大きな装置に参っていた。

 その時、もう一人の別の部下、カリストがその部屋に入ってきた。

「大変です。メアリーさん。これを見てください。」

 そう言って、歯ブラシを見せてきた。なんてことはない歯ブラシだった。

 が、私の顔がこわばった。

 その歯ブラシは3本あった。そう、あの悪魔以外にもこの屋敷に住んでいたのだ。





「はぁ、はぁ、はぁ、」

 私は急斜面を駆け下りていく。

 あの人との娘を連れて……。

 急斜面を下り終わると私は横にある岩に座り込む。

 そして、カバンに入れてある物を確認した。よし、落としたりしていない。

「ルイスさん、貴方の為にこの命を使います。」

 このカバンにはルイスさんがこの10年間で設計した様々な道具の設計図や原案が入っていた。そう、あの屋敷で過ごした年月の結晶である。私が特別剣兵隊が来るとルイスさんに言われたときにあの人から渡されたものだった。

「ママ、」

 隣りにいる娘が抱きついてきた。そして、そのまま寝てしまった。幸い今は春でもう暖かい。このまま寝てても風邪は引かなそうだ。

 私、エラは寝ている娘をおんぶしてまた歩いていった。

 青年期編ー完ー
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