霊感頼みの貴族家末男、追放先で出会った大悪霊と領地運営で成り上がる

裂けゆく世界

空に開いた巨大な裂け目は、刻一刻と広がり続けていた。 
紫がかった霧が渦を巻き、その中心からは底知れぬ漆黒の闇が溢れ出している。
 裂け目は、あたかも世界そのものが裂けるかのような恐怖を伴っていた。

「一体何が起きているんだ...」  

僕は呆然とその光景を見つめ、立ち尽くしていた。
せっかく取り戻したはずの均衡が、またしても崩れ去ろうとしているのだ。

「アリストン様！」  

エリザベスが慌てた様子で部屋に駆け込んできた。

「観測装置が異常な数値を示しています！光と闇のエネルギーバランスが急激に崩れ始めています」  

彼女の声には緊張と焦りが滲んでいた。

「くっ...」  

僕は歯を食いしばった。このままでは、せっかく築き上げた新しい世界が崩壊してしまうだろう。

「レイモンド、シャドウクリフとの連絡は？」  

そう問うと、彼は険しい顔で答えた。

「ああ、今しがた入った。向こうでも同様の現象が起きているらしい。アレクサンダー叔父が緊急会議の開催を要請してきた」  

レイモンドの表情には、深い不安が漂っていた。

叔父だったのか...⁉
レイモンドとアレクサンダーが血縁であることを初めて知り、僕は複雑な思いに囚われた。

だが、今はそれに気を取られている場合ではない。

「分かった。すぐに準備を...」  

その瞬間、突然の激しい衝撃が城全体を揺るがした。

「なっ...！？」  

僕は咄嗟に窓の外を見た。巨大な裂け目から、まるで地獄の底から這い出してくるかのように、異形の影が次々と姿を現している。それらは人の形をしているが、明らかに人間ではない。輪郭が曖昧で、常に揺らいでいるように見える。

「まさか...闇の霧の化身か！？」  

エリザベスの声が震えていた。

「でも、どうして...あの化身は封印したはずでは？」  

彼女の言葉に僕は首を振った。

「いや、完全には封印できていなかったんだ。光と闇の均衡を取り戻そうとしたことで、逆に封印が緩んでしまったのかもしれない」  

僕はレイモンドの方を見た。

「どうする、アリストン？このまま放置すれば、ヴェイルミストだけでなく、世界全体が危機に晒されるぞ」  
レイモンドの声は硬いが、その目には決意が宿っている。

僕は深呼吸し、覚悟を決めた。

「行くしかない。あの存在と向き合うんだ」  
決意は固まっていたが、内心では恐怖が渦巻いていた。

「危険すぎるわ！」 
 
エリザベスが僕を制止しようとする。

「でも、他に方法がないんだ」
  
僕は静かに、しかし力強く答えた。

「僕にはこの力がある。きっと...何かできるはずだ」  

レイモンドはしばらく僕を見つめていたが、やがて深いため息をつきながら頷いた。  

「分かった。だが、お前一人では行かせない。私も共に行こう」
「私も行くわ！」 

エリザベスも前に出る。彼女の決意も、揺るぎないものだった。

三人で外に出ると、光景は想像を絶するほど異様だった。  
空には無数の裂け目が開き、そこからは次々と闇の存在が這い出してくる。
大地には亀裂が走り、紫の霧が異様な音を立てて噴き出していた。

「なんて光景だ...」  

レイモンドが呟く。その声には、恐怖と驚きが隠しきれていなかった。

僕たちは、中心にある最大の裂け目へ向かって進んだ。
道中、何度も闇の存在たちに襲われたが、僕の力とレイモンドの剣技、エリザベスの魔法で何とか切り抜けることができた。

ついに、最大の裂け目の前に立ったとき、その中から巨大な闇の存在が姿を現した。

「よくぞここまで来たな、若き守護者よ」  

その声は、地の底から響くかのように低く、冷たく、全身に重くのしかかった。

「お前が...闇の霧の本体なのか」  

僕は震える声で問いかけた。
存在はゆっくりと僕たちを見下ろし、冷笑を浮かべたように見えた。  

「我々は、この世界の真の姿を取り戻そうとしているだけだ」

「真の姿？」
  
僕は眉をひそめた。

「そうだ。光と闇が完全に分離した世界。それこそが、この世界の本来あるべき姿なのだ」
「違う！」  

僕は強く首を振った。

「光と闇は、分離するものじゃない。互いに影響し合い、バランスを保つことで、この世界は成り立っているんだ」

存在の冷笑が消え、声は冷たい鋼のように響いた。  

「愚か者が...ならば、力ずくで教えてやろう！光と闇は決して共存できないのだ！」  

突然、巨大な存在から無数の触手が伸び、僕たちに襲いかかってきた。  

「くっ...！」  

僕は瞬時に霧を操り、光の壁を作って防御する。しかし、その触手の力は凄まじく、僕の結界を押し破ろうとする勢いだ。

レイモンドは剣を抜き、瞬時に斬りかかる。
彼の剣の閃きは見事だったが、触手は次々と再生し、攻撃をかわしては再び僕たちを狙ってきた。

「エリザベス！」  

僕が叫ぶと、彼女はすぐに魔法を詠唱し始めた。
紫の光が彼女の指先から放たれ、次々と触手を焼き尽くしていく。
しかし、それでも触手の数は減らない。

「このままじゃ...」  

僕は焦りを感じ始めていた。存在の力はあまりに強大で、僕たちの力では到底敵わないように思えた。

その時、胸の奥に何かが目覚める感覚があった。体の奥底、いや魂の最深部に眠っていた何かが呼び覚まされようとしていた。

「そうか...」
  
僕は目を閉じ、全身をその感覚に委ねた。古の守護者たちの力が、今、僕の中で目覚めつつある。

「アリストン！何をする気だ！」  

レイモンドの声が聞こえたが、僕はそれに応えず、両手を広げた。全身全霊の力を解放する瞬間が来たのだ。

僕の体を中心に、光と闇が渦巻き始めた。

「なんて美しい...」  

エリザベスが息を呑む。彼女の目に映るのは、混ざり合う光と闇が生み出す、かつてないほどの壮大な光景だった。しかし、その美しさの裏には、破壊の力が秘められている。

「何を企んでいる！」
  
存在が叫ぶ。その声は、恐怖と苛立ちが混じっていた。

「光と闇を...一つにするんだ！」
  
僕の力が頂点に達した瞬間、光と闇が一体となって爆発的に広がり、存在を包み込んでいった。闇の触手は次々に霧の中へと消え、存在そのものが悲鳴を上げながら消滅していく。

「まさか...こんな力が...」  

存在の最後の言葉が、虚無の中へと吸い込まれ、静寂が戻った。

裂け目も、次々と消え去り、空は元の姿を取り戻していた。  
しかし、世界は大きく変わっていた。空に漂う光と闇が完全に融合し、新たな輝きを放っている。これまで見たことのないほど神秘的な景色だった。

「アリストン...これが...新しい世界の姿なのか？」  

レイモンドとエリザベスが、驚きと戸惑いを浮かべながら僕を見つめている。

だが、次の瞬間、僕の体に激しい痛みが走った。

「うっ...！」  

意識が遠のき、全身が崩れ落ちるような感覚に襲われた。最後に目に映ったのは、慌てて駆け寄ってくるレイモンドとエリザベスの姿だった。

気が付くと、僕は白い霧に包まれた見知らぬ場所に立っていた。辺りは静寂に満ち、ただ冷たい霧が漂っている。そして、その中に一つの人影が見えた。

「よく戻ってきたな、若き守護者よ」  

その声に、僕は息を呑んだ。

「あなたは...誰だ...？」

人影はゆっくりと近づき、姿を現した。その姿には、かつての記憶が重なり、懐かしさと同時に、どこか不安な感情が胸に湧き上がった。