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傘と伝染
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ある日の朝、目覚めると外には微妙な雨が降っていた。ザーザー雨ではない。土砂降りなんかではない。それは弱く、か細い雨だった。だが、霧雨よりは遥かに確かな存在感を持って降っていた。その雨に濡れると嫌だったので、僕は傘をさして家を出た。しばらく歩いていると、道行く人がみな、傘をささないで歩いていることに僕は気が付いた。スーツ姿のお姉さんも、急ぎ足のお兄さんも。なんで傘をささないのだろう。雨に濡れてしまうのに。僕はそう思ったが、誰一人傘をさしていない中で僕だけが雨を避けようと必死になって傘を持っているこの状況に、なんだか居心地が悪いような妙な気分になってきた。僕はしばらくどうすればよいのか分からなかったが、やがて解決策は見つかった。みな傘を閉じているから、僕も傘を閉じた。僕はハズレたものではなく、みなと同じになった。僕はそうした。
学校からの帰り道、僕は幾人かの友達と歩いていた。僕は友達と一緒に、通学路から少し外れたところにある駄菓子屋さんに入った。小さな頃からよく来ていたので、店の品物に関することなら大抵の知識は身についた。昔は、その日にお母さんにもらった小銭を握りしめて通ったものだ。釣り銭を半ズボンのポケットに入れていたら、家に帰る頃には銭一つ残っていたためしはない。僕は久しぶりに入った駄菓子屋で、以前との品ぞろえの変化のなさに驚き、半ば呆れながら、友達と何個か駄菓子を買った。そして店を出て、道を歩きながらそれらを食べようと袋を開けた。すると、友達の一人が躊躇なくお菓子の包み紙を道に捨てた。他の友達もそれに倣った。僕は今まで道端にごみを捨てたことはなかったから、それに続くことができなかった。でも友達はお菓子の袋を開けるたびに同じことを繰り返した。誰も咎めようとする者はいなかったので、僕もこっそりと手に持っていたごみを道に捨てた。罪悪感は、表情を見透かせないその目で一瞬僕の心を見つめると、すぐにどこかへいなくなってしまった。僕は一掴みの安堵を得た。みなごみを捨てるから、僕もごみを捨てた。僕はそうした。
僕は海が一望できると評判の崖の上で、大勢の見物客の中にいた。海から吹き上げる風はとても心地の良いものであった。その日はどこを探してみても雲の見当たらないような天気であったので、はるか遠く太陽から届けられる日差しは、全く平等に大地へと降り注いでいた。恐る恐る体を伸ばして見てみると、崖下には小さな砂浜が海と陸の境界を形作っているのが分かった。さらに、崖下に何人かの人がいるのに気が付いた。彼らはまるで潮だまりに閉じ込められた魚のように、なぜそこにいるのかも分からずに右往左往しているように見えた。そこへ唐突に、石が投げられた。崖の上にいる人たちが、下にいる人たちを標的にして石を投げ始めた。あまりに急な出来事であったので理解が追い付かなかったのだが、それは逃げ場のない砂浜にいた不幸な人たちも同じであっただろう。慌てて逃げ惑う人影に向かって、情け容赦ない攻撃がなされていた。僕は一連の事情を呑み込めなかったものの、一人でそこに何もせずに突っ立っているのがなぜだか恥ずかしくなってきた。僕がとった行動は一つだった。他の人がするように足元を見て手ごろな石を探し、それを拾って崖の下めがけて放り投げた。僕が投げた石は、僕と砂浜の人々との間にきれいな軌道を描きながら、重力に従って落ちていった。みなが人に石を投げるから、僕も投げた。僕はそうした。
ある日、いつものように街を歩いていると、目の前で殺人事件があった。男が一人、手に持った包丁で女を刺していた。男は道に広がる血の海を、唇一つ動かさずにただ無表情で眺めていた。するとその場に別の女がやってきて、その男を鉄製の棒で思い切り殴った。男はその場に倒れて、動かなくなった。怖くなって周りを見ると、同じような光景が町の至る所で繰り返されていた。僕は混乱した。無意識のうちに人殺しはいけないことだと思っていたが、そのことを誰かに言われたことは今までに一度でもあっただろうか。人殺しは本当にいけないことなのだろうか。今ここで繰り広げられている光景を前にして、僕は自分の考えに自信が持てなくなった。そこで僕は、そのことについて深く考えるのをやめることにした。そして鞄の中に入っていた工作用のハサミを静かに取り出し、力を込めて利き手に握りしめた。視界の中に存在する人間に、神経を集中させた。心臓は荒く波打ち、血液は濁流のように体内を駆け巡っていた。ハサミの刃は街の色と同じ色をしていた。
みな人を殺すから、僕は……
学校からの帰り道、僕は幾人かの友達と歩いていた。僕は友達と一緒に、通学路から少し外れたところにある駄菓子屋さんに入った。小さな頃からよく来ていたので、店の品物に関することなら大抵の知識は身についた。昔は、その日にお母さんにもらった小銭を握りしめて通ったものだ。釣り銭を半ズボンのポケットに入れていたら、家に帰る頃には銭一つ残っていたためしはない。僕は久しぶりに入った駄菓子屋で、以前との品ぞろえの変化のなさに驚き、半ば呆れながら、友達と何個か駄菓子を買った。そして店を出て、道を歩きながらそれらを食べようと袋を開けた。すると、友達の一人が躊躇なくお菓子の包み紙を道に捨てた。他の友達もそれに倣った。僕は今まで道端にごみを捨てたことはなかったから、それに続くことができなかった。でも友達はお菓子の袋を開けるたびに同じことを繰り返した。誰も咎めようとする者はいなかったので、僕もこっそりと手に持っていたごみを道に捨てた。罪悪感は、表情を見透かせないその目で一瞬僕の心を見つめると、すぐにどこかへいなくなってしまった。僕は一掴みの安堵を得た。みなごみを捨てるから、僕もごみを捨てた。僕はそうした。
僕は海が一望できると評判の崖の上で、大勢の見物客の中にいた。海から吹き上げる風はとても心地の良いものであった。その日はどこを探してみても雲の見当たらないような天気であったので、はるか遠く太陽から届けられる日差しは、全く平等に大地へと降り注いでいた。恐る恐る体を伸ばして見てみると、崖下には小さな砂浜が海と陸の境界を形作っているのが分かった。さらに、崖下に何人かの人がいるのに気が付いた。彼らはまるで潮だまりに閉じ込められた魚のように、なぜそこにいるのかも分からずに右往左往しているように見えた。そこへ唐突に、石が投げられた。崖の上にいる人たちが、下にいる人たちを標的にして石を投げ始めた。あまりに急な出来事であったので理解が追い付かなかったのだが、それは逃げ場のない砂浜にいた不幸な人たちも同じであっただろう。慌てて逃げ惑う人影に向かって、情け容赦ない攻撃がなされていた。僕は一連の事情を呑み込めなかったものの、一人でそこに何もせずに突っ立っているのがなぜだか恥ずかしくなってきた。僕がとった行動は一つだった。他の人がするように足元を見て手ごろな石を探し、それを拾って崖の下めがけて放り投げた。僕が投げた石は、僕と砂浜の人々との間にきれいな軌道を描きながら、重力に従って落ちていった。みなが人に石を投げるから、僕も投げた。僕はそうした。
ある日、いつものように街を歩いていると、目の前で殺人事件があった。男が一人、手に持った包丁で女を刺していた。男は道に広がる血の海を、唇一つ動かさずにただ無表情で眺めていた。するとその場に別の女がやってきて、その男を鉄製の棒で思い切り殴った。男はその場に倒れて、動かなくなった。怖くなって周りを見ると、同じような光景が町の至る所で繰り返されていた。僕は混乱した。無意識のうちに人殺しはいけないことだと思っていたが、そのことを誰かに言われたことは今までに一度でもあっただろうか。人殺しは本当にいけないことなのだろうか。今ここで繰り広げられている光景を前にして、僕は自分の考えに自信が持てなくなった。そこで僕は、そのことについて深く考えるのをやめることにした。そして鞄の中に入っていた工作用のハサミを静かに取り出し、力を込めて利き手に握りしめた。視界の中に存在する人間に、神経を集中させた。心臓は荒く波打ち、血液は濁流のように体内を駆け巡っていた。ハサミの刃は街の色と同じ色をしていた。
みな人を殺すから、僕は……
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