【ホラー短編集】心霊系からコメディーまで

黒星★チーコ

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【R15・あやかしファンタジー】化け、粧(めか)し、隠す

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【まえがき】
R15として、下ネタを匂わす表現が幾つかあります。
お嫌いな方はご注意下さい。


ーーーーーーーーーーー


「もういいーよぉー!」

 寂れ、所々朽ちかけた廃校の中で響く幼い声。

「……ぐすん。……もぉいいーよーってば!」

 涙混じりでそう言う声の主は、まだ10歳にも満たない男の子のように見える。

「だれかー?いないのー?!」

 心細そうに、でも精一杯大きな声で呼び掛けるが、その声は男の子が隠れている元保健室らしき部屋にこだまし、廊下に逃げていった。

「うっ……ぐすっ……ひっく」

 彼がうつむき、溢した涙がリノリウムの床に丸い染みを作る。
 その染みがとおにもなろうかという頃。

 パキリ……コツコツコツコツ、パキ、コツ、コツ、コツ……。

 足音が廊下から聴こえた。時折聞こえる足音とは異なる音はゴミか何かを踏んでいるのであろうか。
 男の子は涙と声を引っ込め、隠れていたベッドの脇で身を更に小さくした。

 コツ、コツ、コツ……。
 足音が保健室の前で止まり、数瞬の間を取ってから、再び動き出した。それは廊下の石床とは異なり、リノリウムの上で弾けるような軽い音を鳴らす。

「見ーつけた……って、ん?」

「!!」

「あらぁ、可愛らしいボウヤ。キミが今日の?」

 男の子が思わず見上げると、そこにはとても美しい女性がこちらを見下ろしていた。
 長い黒髪はまっすぐでキラキラと光るようだし、その肌は病的かと思うほど白い。大きな黒い瞳を黒いアイラインとマスカラをたっぷり塗った睫毛が取り囲む。
 かなり濃いめの化粧ではあるが、真っ赤な口紅がよく似合っている。
 ただ、その身に付けている物は余り似合っているとは言えなかった。

 半袖の白いブラウスを少し着崩し、襟元には臙脂色をしたサテン地のリボン。
 ボトムスは膝上10センチの、濃紺に青とグレーの細い線が十字に入ったタータンチェックのプリーツスカート。
 黒いハイソックスに、皮のローファー。肩には四角いスクールバッグ。
 どう見ても女子高生のコスプレだ。

「お姉さん……誰?」

「はじめまして。お姉さんは粧子しょうこっていうの。キミは?」

 男の子の問いに粧子と名乗った女はニコリと微笑む。

「僕、光太こうた

「光太くん、よろしくね。こんなところにどうして居たの?」

「……僕、友達とここでかくれんぼしてたんだ」

「えっ、ここ、こわ~いオバケが出るって噂なのに?」

 粧子は「こわ~い」のところを情感たっぷりに言った。

「友達が……僕は勇気が無いから、ここでかくれんぼなんて無理だろうって笑って……くやしいから一緒に来たんだ。でも、もういいよって言っても、いつまでたっても友達が来てくれないの……」

「へえ~、そりゃひどいねえ。ね、外に出る?」

「え?」

「多分、外には大人の人が待ってるから保護してくれると思うよ」

「えっ、でも……友達がもしかしたら来てくれるかもしれないし……」

 光太は少し迷うような顔を見せた。粧子はそれを大した興味も無さそうな顔で見たあと、肩にかけたスクールバッグの持ち手をずらしファスナーを開ける。

「ふうん。じゃあ少し様子を見よっか。でもあんまり遅くなると粧子お姉さんは困っちゃうんだけどなぁ」

 全く困っていなさそうな口調で言いながら、保健室のベッドに腰掛け、ミントグリーンの可愛らしいポーチをバッグから取り出した。

「困る?」

「うん。お姉さんね、お仕事なんだ。あんまり時間がたつと、お仕事相手のオジサンがここに来ちゃうの」

「お仕事?ここで?」

「そうなの~。60分三万五千円。ちょっと大変なお仕事だからさ、ボウヤには刺激が強いかもね~」

 粧子は悪戯っぽくウインクをする。
 ポーチの中にあるパウチされたゴムを光太に見せないように注意しつつ、そこから洒落たデザインのアトマイザーを取り出した。
 蓋を開けて頭を押し、プシュプシュとスプレーを全身にかけると、辺りには甘い薔薇のようなフレグランスが漂う。
 続いてポーチから小さな口紅の筒を摘まみ出した。蓋を開け、真っ赤な口紅を繰り出す。

「じっとしててくれる?」

 光太を立ち上がらせ、口紅でその周りの床にぐるりと紅い八角形を書いた。

「お姉さん、これ、何?」

「ん?"お守り"」

 それだけしか言わない。光太は尚も問い質そうとしたが、粧子はそれに答えず何かをぶつぶつと呟きながら、図形の周りに線や文字のようなものを書き足していく。

「よし。こんなもんか!」

 満足そうに言うと次にポーチと口紅だけを持って、保健室の出口へ向かう粧子。
 引き戸を閉め、そこに先ほど書いたのと同じような複雑な図形と文字を書いていった。
 それを見ながら、光太は足を動かしモジモジする、

「お姉さん……」

「ん?もうちょい待っててね…………出来た。光太くん、なに?」

「……僕、トイレ行きたい」

「えー?せっかくオバケが出入りできないように、扉に結界を張ったのに~」

「けっ……かい?……でも、我慢できないよう~」

 光太はさらにモジモジした。
 粧子はデスクの横にある棚をガタガタとあさり始める。

「あ、いいもんみーっけ」

 棚から取り出したのは消毒用アルコールのボトルと、太い筒の口が付いたガラスの容器。所謂尿瓶しびんという奴だ。
 光太に近づき、アルコールの蓋を開ける。
 ポーチの中から化粧用コットンを入れたビニールの小袋を取り出し、コットンにアルコールを染み込ませた。
 コットンでガラスの口周りを拭き始める。

「はい、これにして」

「え!?無、無理だよ……」

「そんな事言っても他にないし。モジモジし過ぎて、足元の陣もちょっと消えてるじゃん。さっさとやっちゃいなよ」

「じゃあお姉さん、恥ずかしいから後ろを向いててくれる?」

「そんなの見慣れてるから良いのに。……まぁいいか」

 粧子はくるりと後ろを向く。
 後ろからゴソゴソと言う音がし、やがて液体が流れる音が聞こえてきた。
 チョロチョロチョロ…………チャプン。

「もういーかい?」

「まだだよ、待ってよ~」

 粧子は退屈そうにスカートのポケットに右手を突っ込みもう一度繰り返す。

「もういーかい?」

「……もういいよ」

 足を軸にして回れ右をした粧子は途端にバシャリと液体を浴びせかけられた。
 液体が粧子の頭から身体から滴り落ち、アルコールの匂いが充満する。
 光太は用を足したのではなかった。尿瓶に消毒用アルコールを注ぎ、粧子に勢いよくかけたのだ。

「なん……」

 最後まで言わない内に粧子の横のカーテンが風もないのにぶわっと膨れ、纏わりつく。そのまま彼女の両手首を絡め取った。

「さっきの、妖除あやかしよけの香水かな?臭かったからコレで消させて貰ったよ」

 光太の目がつり上がり、金色に光っている。真っ赤な口は頬の中程まで割け、明らかに人外を思わせる容貌だ。

「……うふふ。正体を表したわね。光太くん?真の名本名は何かしら」

「随分と余裕だね。たかが結界式をちょっと習った人間のくせに」

 粧子が手首を拘束されたまま、左手の指先をくい、と動かす。
 すると、床の図形が浮き上がり、立体的に形を成して紅い網の様に光太の足を拘束する。

「……ふんっ、この程度かぁ」

 光太はある一ヶ所を摘まんだ。先程足で少し消しておいたところだ。
 そこだけ拘束力が弱まっていたのか、光太が手の力を込めるとバキリと壊れた。そのまま紅い網を引き剥がす。

「そんな」

 ポッ

 呟く粧子の青白い顔が更に青い光を照り返す。
 光太の掌の上に、青い炎の球がフワフワと浮いている。

「さっきかけたのは酒精アルコールって奴だよね。よく燃えるんじゃない?」

 言い終わるが早いか、光太は火球を粧子めがけて投げつける。炎が完全に触れる前に、粧子の身体に浸った液体は引火した。
 ゴオッという音と共に一瞬の間その火は青く膨れ上がり、すぐにオレンジ色の揺れる花びらを纏ったかのように変わった。全身が炎に包まれまさに火だるまだ。

「あははははっ。熱いよね?苦しいよね?降参したら止めてあげるよ?」

 プシュッ

「はははっ……は?」

 光太の狂ったような笑いは突如疑問符と共に遮られた。
 目の前の炎は一瞬でかき消え、粧子の両手を捉えていた筈のカーテンも無い。
 粧子はびしょ濡れのまま、右手に隠し持っていたアトマイザーを持ち微笑んで立っていた。

「これね。幻覚を消すスプレーなの」

 素早く歩み寄り、光太の全身にスプレーを吹きかける。

「妖除けだったら私も使えないから」

「やめ…………クエエエエエエ」

 光太が甲高い、断末魔のような叫び声をあげる。
 つるりとした肌にみるみる内に黄色い毛が生え、髪の毛は二つの三角形に盛り上がり耳を象る。鼻と口がニュッと突き出し、身に付けていた服は消え失せてふさふさとした尻尾が現れた。

「ふぅん。本名は野干やかんちゃん?それとも地狐ちこちゃん?」

「おのれ……お前の肝を食ってやる」

 光太だったもの……狐の姿をした妖は、恐ろしい声で呪詛を紡ぐが前足しか動かせない。
 先程紅の網を壊したのも幻覚だったのだろう。後ろ足にしっかりと絡み付いて動きを封じている。

「あらぁ、やっぱり可愛いボウヤだったわね。そんな事言うなんて」

 パキリ

 粧子の身体から、何かが割れるような小さな音がした。

「いやん。ボウヤがぶっかけるから、化粧がぐしゃぐしゃじゃない。あのね」

 パキリ……パキ……

「知ってたぁ?アルコールって、油にも水にも溶けるのよ。お化粧なんて全部取れて流れちゃうわよねぇ」

 小さかった音が徐々に大きくなる。

 パキ、パキ、パキ、パキ……

「せっかくおめかしして、よそおのに台無しだわ」

 バキリ

 その瞬間、粧子の口の端が耳の下まで裂け、頭の上半分がガクンと後ろに倒れた。
 同時に腕も足もが二つに割れ、中から毛がびっしりと生えテラテラと黒光りする尖った外骨格が見える。

「―――――!!お前は」

 妖狐はそれ以上言えなかった。
 もう次の瞬間には粧子に飲み込まれていたからだ。





 廊下にバタバタと足音が響く。それは徐々に大きくなってきた。こちらに向かっているのだろう。
 粧子は気にも止めず、手鏡の中を熱心に覗いてファンデーションを塗りたくっている。

「……おい!!何やってんだ!もう終わってんだろ!!」

 保健室の引き戸を乱暴に開けながら、粧子の仕事相手、山脇と言う中年の男が怒鳴り込んでくる。

「もうちょい待ってよ。この口の部分、ファンデで隠さないと口裂け女に間違われちゃう」

「もう一時間経ったぞ!いい加減にしろ!」

「はいはい。早い男は嫌われるわよぅ」

 粧子はポーチからゴムを取り出し、パウチの封を切る。
 丸いそれをポイと口にいれ、暫くクチャクチャと噛んだあと、ぷうと膨らました。
 薄い膜の中には小さな狐が眠っているように見える。
 これは特殊な道具、"封船ふうせんゴム"である。粧子が丸飲みした妖を小さく封じて出すことが出来るのだ。

「はあ、狐か」

「そ、廃校から聞こえるかくれんぼの声の正体はこのボウヤ。怖いもの見たさで入ってきた人間を化かして喰ってたってワケ」

「幻覚と狐火くらいしか使えないやつか?……時間がかかると思ってたら、お前わざと手を抜いた舐めプしただろ」

「……ナンノコト? 人間ノ言葉ムズカシクてワカラナイね!」

「~~~!! お前、半人半妖の癖に、都合良い時だけそういうこと言いやがって……!!」

「何よぅ。その半人半妖に頼らないと仕事が成り立たないくせに。ちゃんと時給三万五千円と成功報酬五万円払ってよね!」

 山脇は苦い薬を飲んだような顔になった。

「……わかったよ。じゃあ俺は依頼主にこれを渡してくるから」

「うふふふ。ヨロシクね~」

「……粧子」

「なに?」

「次回から女子高生その格好はやめろ。その口調やケバい化粧と全く合ってない」

 パキリ、パキ、パキ、パキパキパキ……

「ごめん!!!」

 粧子の身体の中から手足が分かれる音が聞こえたので、山脇は大声で謝りながらダッシュで保健室を飛び出した。



ーーーーーーーーーーー
【あとがき捕捉】
粧子がやたら下ネタを言ったりそれっぽい格好をする理由。

えっちなサービスをする人=昔の言葉で女郎じょろうといいます。

つまり粧子の正体は女郎蜘蛛という妖怪と人間のハーフなのです。


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