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【第一部】マクミラン王国

第一話 聖女オーカの一年半

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 その昔、世には魔がはびこり、人間は魔物に虐げられるばかりだった。
 そこに現れた原初(創造)の聖女は全能の力を持って魔物を退け、倒し、瘴気しょうきを祓い、時には清浄な生き物に生まれ変わらせる奇跡を起こした。
 やがて聖女と、彼女と結ばれた男は人々が安心して暮らせる地を作り、そこを治めた。
 人々は聖女が亡くなるまで幸せに暮らした。

 しかし原初の聖女が亡くなる時にその力は幾つもに分かたれ、異世界を含む各地に飛び散ったのだという。
 以降、人間は魔物と闘いながら、魔物対抗の切り札として聖女を探す旅や占い、果ては召喚術までも研究するようになった。

 これはそんな原初の聖女の力を得た、一人の聖女……いや悪女かもしれない女の物語である。


 普段は漆黒の闇の様な夜空も、月に一度はその色が浅く、藍色に近くなる。
 それは満月の日の事だ。特に今宵の満月は大きく、赤い。
 ここ数か月の間、満月の夜には強力な魔物が王都を狙う確率が非常に高くなっていた――――――。


 ◆◇◆◇◆


「おいオーカ!! まだ呑むなよ! 絶対に呑むなよ!?」
「えっ、王子、それって『吞んでいいよ』ってフリだよね!」
「フリって何だ!? とにかく呑んだらダメだからな!!」

 そう言いながら婚約者のクライヴ・ギャリー・マクミラン……クライヴ王子は私から未開封のワインの瓶をひったくった。ちっ。魔物との戦いの前にかけつけ一杯で飲もうと思っていたのに。

「えー、最近私、アルコールが無いと調子が出ないんだよね~」
「そう言って一杯を許したら、もう一杯もう一杯となって収拾がつかなくなったことがあっただろう!」
「流石に魔物と戦うのにそんな事しないわよ。ねえ、来月には貴方の妻よ? もっと優しくしてよ~」

 ふざけ半分で彼の綺麗な金髪に指を通して梳くと、クライヴ王子はとても嫌そうな顔をしてそっぽを向き、私の手から逃れた。
 あららら。馬車の中で二人きりで他の目が無いとはいえ、遂にそこまであからさまにする様になったのね。
 そんなに嫌ならちゃんと段階を踏めば良いのに。……あぁ、もうヤケ酒でもしたいわ~。
 私は王子の手元にあるワイン瓶を恨めしそうに見ていたと思う。

 今、私たちは王城を出発して城下の半分を取り囲む城壁の正門に向かって馬車を走らせている。街並みを抜け、窓の外は田園風景が広がっているからもう間もなく着くはずだ。そしてそこには多分、一足先に向かった【守りの聖女】が居る。

 私はワイン瓶から窓の外に視線を動かし、この1年半の出来事を思い出していた。

 ◆

 私は以前は全くのフツーの中小企業に勤めて晩酌を楽しみに働く26歳の独身OLだった。
 ……フツーの、は今にして思うとちょっと違うかも。若干ブラック気味というか、中小企業らしく社長一族が幅を利かせていて、それ以外の人間は社長一族にゴマをするのが上手い順に出世している感じの会社だった。私は色々あって辞めたくなっていたところだったわ。

 それが1年半前のある日、突然私の足元に変な魔方陣が現れて、気づけばこの剣と魔法の世界にあるマクミラン王国に召喚されていたの。

「やった、成功した!!」
「聖女様が召喚されたぞ!」
「おお、聖女様、この国をお救い下さい!」

 口々にそんなことを言われ、もうこっちはパニックよ。状況を飲み込むまで時間がかかったわ。混乱して怯えている私に優しく手を差し伸べてくれたのがクライヴ王子だった。

 で、王子や召喚に携わった魔術師からの説明を聞いてびっくり。私は聖女として異世界に飛ばされたわけだけど、元の日本に帰れる方法はわからないのだそう。なんつー無責任な。もし聖女じゃない人を召喚しちゃったらどうすんのよ!? って思ったけど、今まで聖女以外は喚びだされた事もないし、元の世界に帰った聖女は居ないんだって(この時点でなぜ帰らないのか疑ってかかるべきだった)。

 そんなことを王宮で酒と肴で目一杯もてなされながら説明されて、まあ、私にできる範囲なら協力しようかなとか、軽く思っちゃった訳。なぜかって……まあ、元の世界に辟易していたのもあるけど。一番の理由はおもてなしに乗っかってしまったのよ。

 この世界、何故か酒とメシが異常に、いっじょ~~~~に旨いのよね。お肉はジューシーだし、野菜は甘くて新鮮。砂糖並みの甘さの蜜を持つ花も栽培しているからスイーツまである。
 そんで横にぴたりと寄り添ってお酒を注いでくるクライヴ王子も金髪碧眼でなかなかのイケメンだし。美味しいお酒と美味しいご飯、イケメンの甘い言葉と優しい態度で近づかれたら悪い気はしないじゃない? しないよね? ね!?

 もてなしの宴の後、私は何か黒い靄(今考えるとアレ瘴気だわ)が閉じ込められた水晶玉みたいなのを触らされて、水晶が透明になったから【浄化の聖女】だ! って事で皆が大喜びしたのよ。
 数百年前の伝説によると、原初の聖女サマの力がバラバラになって散ったせいで、聖女サマとやらはこの世界だけでなく異世界も含めた色んな所に居るんだって。

 力の種類も強さも様々なんだけど、その力の系統は大きく分けて四つになるそう。


【浄化の聖女】……魔の瘴気を祓い、清め、無垢なる者に還す力
【守りの聖女】……魔の攻撃を結界で阻み、すべての禍から守る力
【力の聖女】 ……魔を倒すための力を持ち、またそれを他人に付与できる力
【癒しの聖女】……魔により傷ついた体と心を治療する力


 この四種類の中で【浄化の聖女】は一番レアらしい。その次が【守りの聖女】なんだって。その後、力試しみたいなのをちょっとさせられたところ、周りの人は輪をかけて大喜びした。どうも私は聖女の中でも力が相当強かったらしい。浄化の力を使える事もあってレア中のレアだったみたい。

 その日の内に王様に報告が上がって祝賀パーティになって、その週の内にはクライヴ王子のプロポーズがあって、何が何やらの内に私は王子の婚約者になってた。

 ……うん。自分は迂闊だった。いくら知らないところに飛ばされて心細く、クライヴ王子が優しくて、周りがお祭り騒ぎだからって流されなければよかった。そこは反省してる。だけど意図的に流してきたのは王子とこの国の人達なのよ。あとで王制の真実を知った私は騙されていたような気持ちになったもの。

 でも自分で言うのもなんだけど、私って元々は真面目な性格なのよ。
 周りの皆の期待がそれはもう大きかった。それだけ聖女の力は絶大だったのね。『王子の婚約者として……ゆくゆくはこの国の王妃となってこの国の皆を守ってほしい』と大勢に強くお願いされたら、なんとかしようかなって思っちゃって。この1年半近く、結構頑張ったつもり。

 この街に襲いかかる魔物の数々を倒して瘴気を浄化するだけじゃなく、王宮の書記官の人に協力してもらって過去の魔物や聖女についての文献を紐解いてみたり、魔術師団や騎士団に協力してもらって特訓したりもしたのよ。
 おかげで聖女の力は鍛えればある程度は強くなったりコントロールしやすくなることがわかったの。だからこの世界の聖女達を集めて、鍛えたり指導までしてあげたわ。

(まぁ、それでも元々持っている力の強さが大きくモノを言うけどね。実はこの世界でも年に一人か二人は聖女の力を持つ者が現れるけど、大抵は異世界から召喚した聖女よりはかなり弱いみたい)

 そうやって色んな面で努力してきた私を「頑張り屋なところが好きだ」とか言ってた王子の態度がガラリと変わったのが2か月ちょっと前。
 私に内緒で再度召喚の秘術が行われ、成功して新たな聖女が日本からやって来たのが原因だ。彼女は【守りの聖女】のヒナ――――染野狩 妃奈ソメノカリ ヒナ。18歳の女の子だった。
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