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【第一部】マクミラン王国

第十六話 【守りの聖女】の本当の姿

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 ヒナの破れた服の中から色白のお肉がぽよんとはみ出した。彼女の身体は1.5倍ほど膨らんで横に大きくなっている。結界が徐々に小さくなっていったのもあって、ヒナは結界の中でかなり窮屈になった状態だ。

「ああ、聖女様も瘴気に憑かれてしまった!!」

 後ろから誰かが……多分大臣ね……絶望の声をあげた。つい先程クライヴ王子が瘴気に憑かれて魔物へ変わり、巨大化したのを目の当たりにしたんだから、そっくりなこの光景で勘違いするのも無理はない。私はまたった。

「これも心配ないわ! あの子のは贅肉よ」
「ぜ、贅肉……!?」
「ふふっ。結界って便利よね。身体にきつく巻き付けて細く見せることも出来るんだから。見えないコルセットみたいなものよ。まあ、ヒナは特別結界のコントロールが上手かったから出来たのもあるけど」
「えっ、じゃあ太っ……」

 そう。この世界は酒とメシが異常に、いっじょ~~~~に旨いのよね。そして勿論スイーツも。バターと蜜がたっぷりのケーキやクッキー等を欲望のままに食べ続ければ太るのは必至。だけど私は毎日騎士や魔術師達と激しい訓練をし、身体を動かしてカロリーを消費していた。

 私はヒナも訓練に誘ったけれど、彼女は訓練を嫌がり遊んでいた。しかも豪快に呑んで~食べて~をしている私が太らないので、自分も大丈夫だろうと油断して食べまくったのだと思う。ヒナが召喚されて1ヶ月後には、もう既に彼女は結界で自分の贅肉をぎちぎちに抑え込み、実際よりもかなり細く見せていた。それを私だけは密かに知っていたってワケ。

 ……せめて、細く見せてる間に節制して元の体型に戻せば良かったんだけど。結界で誤魔化せるからダイエットもせずにスイーツを食べ続けたのよね、あの子……。

「何くっちゃべってんだよ、早くしろ!!」

 頬につけまつげがよじれて貼り付き、プリン状態の髪の毛は乱れ、服が破れるほど太った身体で口汚く叫ぶヒナ。今まで皆に見せていたお人形のように可憐な【守りの聖女】サマの姿はそこにはない。

「あ、忘れてた。ヒナごめんね? 一旦結界を解除するわ。後からもう一度結界張って貰うから」

 そう言って私は自分の周りの結界に手を当て、結界を解除する。【守りの聖女】は他人が張った結界も解除できるのだ。まあ、私はヒナより力が弱いから一瞬でかっこよく解除とかはできないんだけど。パリパリ……と小さな音がして球体の結界は崩れていった。

「!! お前ええええ!! 何やってんだよ!! ふざけんなよおおお!?」

 ヒナは顔を真っ赤にして叫ぶ。私はそれをさらっと流した。

「だって浄化はプランBでやるしか無いじゃない。私、クライヴ王子にあんな酷い事を言われたのよ? 彼とキスする気にはとてもなれないもの」
「プランB!?」

 結界の中のヒナと、私の周りの人達が同時に声をあげる。プランBは魔物の皮膚を切り裂き、中に手を突っ込んで浄化するからだ。

「正確には折衷案かな。剣で斬って深く傷つけて、そこにキスするなら簡単に瘴気を吸えるでしょ」
「しかし、いくら魔物になったからとはいえクライヴ王子を斬るなど……」

 躊躇うグリーンさん達。その答えは勿論想定内。

「私が斬るつもりよ。それに【癒しの聖女】のエメリン姫がいるならすぐに治療もできるでしょ」
「ええっ」
「さ、誰か剣を頂戴。そのために結界を解除したの」

 ヒナの結界は一度張られたら外から何かを手渡すのは難しい。常時なら、ヒナは結界をコントロールしてそれくらいやってのけるかもしれないけど、今は命の危険があるから自分を守る結界にかなり集中してる状態だもの。私が手を出すと渋々騎士の一人が私に剣を渡してくれた。

「早く!!」

 キィン!

 再度ヒナが球体の結界で私とエメリン姫を二重に包み込んだ後、私は自身で張った四角い結界の中に入ろうとしてふと足を止めた。チャッピーが私の足元にしつこくくっつこうとしてヒナの結界に阻まれている。私はかがみこみチャッピーに小声で話しかけた。

「ごめんね。チャッピーは今のうちに逃げて」
「ヴルルル!」
「大丈夫。私は絶対死んだり、捕まったりはしないから」
「ガウ! ワワワン!!」

 チャッピーは激しく抗議をしていたみたいだけど、結界ナシで彼を魔物との対決に連れて行くなんてとてもできなかった。私は吠える声を無視してエメリン姫を連れ、自身で張った結界に入る。魔物はこちらに一度は意識を向けたけれど、手元の結界を潰すほうが優先順位が上と思ったのかすぐにまた抱え込んだヒナに視線を戻した。

「いやあああ!! 早くしろよ桜花あああ!!」

 ヒナの怒号をBGMに、結界の向こう側でハラハラとこちらを見守る大臣や騎士達を眺め、私はすうと息を吸った。
 うん、これで暫くは誰にも邪魔されないわね。

「……オーカお姉様?」

 可愛らしいアクアマリンの瞳で見上げてくるエメリンの肩を、私は左腕でそっと抱き寄せる。

「ごめんね、エメリン姫。流石にあなたの口にキスするわけにはいかないから許してね」
「え」
「勿論ちゃんと治すわ」

 私は右手の剣を振り上げ、エメリン姫に斬りつける。
 エメリン姫の肩口から腕にかけて鮮血が吹き出し、球体の結界の中を赤く染め上げた。

「姫様!!」
「オーカ様がご乱心を……いや、違う! やはりあの女は聖女ではなかったのだ!!」
「かかれ! 姫様を救え!!」

 騎士達が一斉に私の結界に剣を向けた。だがそんなに簡単には壊せないはずだ。私の全力でつくったうえにまでした結界だからね。

「……待て! 心配は無用よ!」

 彼らを震える声と手で制したのはエメリン姫。

「オーカお姉様……何かお考えが、あってのことでしょう……?」

 私の腕に抱かれた彼女の、美しい空色の透明な瞳には疑いの色など微塵も見えない。血が点々と飛び散った頬を柔らかく緩ませ、辛さをこらえて微笑む姫に私の胸がひどく痛んだ。
 ああ、やっぱりキスにしておけばよかった。でも嫁入り前の彼女の唇を、恋愛以外の目的で奪うなんてやってはいけないと思ったの。

「ごめん! エメリン。すぐ終わらせる」

 私は彼女を抱きしめ、その肩に、その傷口に、その奥の柔らかい肉に舌を這わせた。
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