捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら

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ヴァルデリア

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 エドワードは御者に合図をすると、自ら荷物を持って地上へ降り立った。

 カーテンを肩で払いながら、エミリアへ手を差し伸べる。

(もう……!)

 正直、揶揄われた不満はまだ収まらないが、腹を立て続ける気にもなれない。

「ありがとうございます」

 差し伸べられた手を取って、結局は大人しく馬車を降りた。




***




 目の前に広がる光景に、エミリアは息を呑んだ。

 どこまでも続く緑の絨毯に、大小様々な背の高い木々が立っている。

 緑の合間に見えるのは、広大な牧草地で放牧されている家畜たちの姿。

 そして遥か遠くには、青々とした山々が連なっている。

「素晴らしい景色ですね……」

「そうだね。ヴァルデリアは美しい国だろう?」

「ええ……」

 これまで目にしてきたどの風景とも違う。

 見渡す限り広がる自然は、ヴァルデリアという国の豊かさを物語っている。

「さあ、座ろう」

 エドワードは馬車から少し離れた草むらに絨毯を敷いて、腰を下ろした。

 エミリアは周囲を見回しながら、おずおずとエドワードの隣に腰かける。

「いただきます」

 バスケットからサンドウィッチを取り出し、二人で朝食をとった。

 エミリアはサンドウィッチを摘まむ合間に、紅茶を口に含む。

 エドワードはヴァルデリアの現在と、自分が統治するであろう未来とを交えて雄弁に語った。

 エドワードは自国の情勢や国民の感情を良く把握していた。

 王として即位した暁には、全てを把握した上で適切に対処しなければならないので当然とも言える。

 エミリアは改めて、この若き王子の聡明さと賢明さを感じた。

 彼が国王となれば、この国は更に栄えるだろう。

 エミリアがサンドウィッチを食べ終える頃、エドワードも最後の一切れを平らげた。

 空になったバスケットを閉じる。

 すると、頭上から小鳥のさえずる声が聞こえてきた。

 見上げると、鮮やかな青色をした二羽の小鳥が飛び去っていくところだった。

「あれは野鳥かしら? 見たことがない種類ね」

「あれは、イカリスかな。パンの匂いに釣られて来たんだね」

「残念。もう少し早く来てくれれば良かったのに。綺麗な青い色をしている……」

 青空の下に広がる豊かな大自然に、エミリアはすっかり魅了された。ヴァルデリアに来てからというもの、感動してばかりだ。

 地続きの国なのに、何もかもが違う……。

 聖典にある、楽園のようだ。

「エミリアの瞳の色に似ているよ」

「え?」

「初めて会った時から思っていた。貴女の澄んだ湖面のような碧い目を見て、なんて美しい人なんだろうと」

「また、お上手ね……」

 エミリアはエドワードの美辞に、他人事のように耳を傾けた。

 限りのない平原に、自分が溶けているようだった。

「エミリアの美しさを表現するなら、どんな詩的な表現を使っても足りないな。私は詩人ではないから、気の利いた台詞も出てこないけれど。どうしたら、的確に言い表せるか……」

「もう十分伝わっているわ。それにしても、貴方が寡黙だなんてやっぱり信じられないわね。それも全部、私のためなのかしら……?」

 ゆったりとした時間の流れ、まろやかな空気。

 草の香りに癒されて、エミリアの緊張は解かれていた。

 立てた膝の上に上半身を預けて、エドワードを見上げる。

 風にそよぐ黒髪は、陽に透けて柔らかそうに見えた。

 エミリアの問いかけに、エドワードは一瞬目を丸くしてから、ふっと笑みを零す。

 それは自嘲めいた笑みのようでもあり、同時に感嘆しているようにも感じられた。

 エドワードはじっと見つめるエミリアの顔の前に手をかざすと、そのまま指先で頬を撫でる。

 その動きはどこか艶めかしい。

 エミリアは夢見心地でいながらも、心臓が跳ねる音を聞いた気がした。

 どく、ん……。

 エドワードに触れられた部分が、ほんのりと熱を持つ。

 彼の視線と自分のそれが絡み合う。

 いけない、と予感する一方で、エミリアは身動きが取れなかった。

「……お腹が満たされたら、眠くなった? 次の目的地まで、馬車で眠るといい」

 エドワードはくすりと笑って、おもむろに身体を起こす。

 エミリアは不意に、自分がどれほど無防備な姿を晒していたかに、気が付いた。

 エドワードは、御者に向かって呼び掛ける。

 エミリアは途端に恥ずかしくなって、顔を赤らめながら俯いた。
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