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ルシアン様を訪ねる理由
1
わたくしは本日の学課が終了すると、ルシアン様のいらっしゃる上級学年の学舎へ向かった。
ルシアン様は騎士科で学ぶ傍ら、帝王学も並行して学んでいるので、他の生徒が課業を終えた時間もまだ教室で勉強していることが多い。
案の定、ルシアン様は教室でノートとテキストを広げていた。
引き締まった顔貌は精悍で、柔らかな白銀の髪が動きに合わせて揺れている。
こうして日々、自身と国家の将来のために勤勉に励んでいらっしゃるお姿に、わたくしの心は浮き立った。
成り行きとはいえ、このようにお立場のある方の妻に選んで頂いたわたくしは、大変な果報者だ。
邪魔をしたくなくて、扉の前で立ち止まると、黙って数歩、退いた。
様子を窺って、ひと段落ついたらお声がけしよう。
だが、わたくしの気遣いは無駄に終わった。
ルシアン様は不意に、何かを察したように顔を上げ、廊下とは反対側の窓に目を向けた。
開け放った窓の向こうには中庭があって、背の高い噴水が設えられている。
窓際の席に座るルシアン様はそちらに目を凝らして、誰かを探しているようだった。
その、目当てを探し当てたように目元を綻ばせると、サッと席を立つ。
わたくしは気になって、音を立てないようにそっと扉まで近づく。
はしたないと分かってはいても、つい、聞き耳を立ててしまった。
ルシアン様の眼差しは柔らかく、見てはいけないものを見た気持ちになったからだ。
ルシアン様が窓を開けると、廊下側にも呼びかける声が漏れ聞こえた。
何と言っているのか、言葉の詳細まではわからないが、ルシアン様の声で誰がそこにいるのかを知った。
「マリアナ。そんな格好で、何をしているんだ? 一瞬、誰だかわからなかった」
「ルシアン様、今、そちらに行ってもいいですか?」
「いや、いいよ。私が降りよう」
ルシアン様は軽く手を上げてマリアナ嬢を制した。
わたくしの胸はどきりと跳ねた。
このままだとわたくしは教室から出てきたルシアン様と鉢合わせしてしまう。
けれど気になって教室の中を覗き見していたのは事実だし、逃げるのは卑怯だ。
何より美しくない気がして、わたくしは決意する。
廊下の壁に背を添わすように、半身をくるりとさせ、ルシアン様が扉を開くのを潔く待つことにした。
「っ、オデット! どうして、ここに?」
予想通り、というよりも当然ながら、わたくしの存在に気づいていなかったルシアン様は、教室から出るなりビクリ、と肩を震わせた。
「ごきげんよう、ルシアン様。お久しぶりです。ルシアン様のお顔を拝見したくて、お訪ねしましたの」
こっそり様子を窺っていた後ろめたさを少しでも払拭できるよう、わたくしは努めて華麗に礼を取る。
ルシアン様は気まずそうに頬を赤らめているけれど、それはわたくしの不躾な態度のせいだろうか。
ルシアン様は騎士科で学ぶ傍ら、帝王学も並行して学んでいるので、他の生徒が課業を終えた時間もまだ教室で勉強していることが多い。
案の定、ルシアン様は教室でノートとテキストを広げていた。
引き締まった顔貌は精悍で、柔らかな白銀の髪が動きに合わせて揺れている。
こうして日々、自身と国家の将来のために勤勉に励んでいらっしゃるお姿に、わたくしの心は浮き立った。
成り行きとはいえ、このようにお立場のある方の妻に選んで頂いたわたくしは、大変な果報者だ。
邪魔をしたくなくて、扉の前で立ち止まると、黙って数歩、退いた。
様子を窺って、ひと段落ついたらお声がけしよう。
だが、わたくしの気遣いは無駄に終わった。
ルシアン様は不意に、何かを察したように顔を上げ、廊下とは反対側の窓に目を向けた。
開け放った窓の向こうには中庭があって、背の高い噴水が設えられている。
窓際の席に座るルシアン様はそちらに目を凝らして、誰かを探しているようだった。
その、目当てを探し当てたように目元を綻ばせると、サッと席を立つ。
わたくしは気になって、音を立てないようにそっと扉まで近づく。
はしたないと分かってはいても、つい、聞き耳を立ててしまった。
ルシアン様の眼差しは柔らかく、見てはいけないものを見た気持ちになったからだ。
ルシアン様が窓を開けると、廊下側にも呼びかける声が漏れ聞こえた。
何と言っているのか、言葉の詳細まではわからないが、ルシアン様の声で誰がそこにいるのかを知った。
「マリアナ。そんな格好で、何をしているんだ? 一瞬、誰だかわからなかった」
「ルシアン様、今、そちらに行ってもいいですか?」
「いや、いいよ。私が降りよう」
ルシアン様は軽く手を上げてマリアナ嬢を制した。
わたくしの胸はどきりと跳ねた。
このままだとわたくしは教室から出てきたルシアン様と鉢合わせしてしまう。
けれど気になって教室の中を覗き見していたのは事実だし、逃げるのは卑怯だ。
何より美しくない気がして、わたくしは決意する。
廊下の壁に背を添わすように、半身をくるりとさせ、ルシアン様が扉を開くのを潔く待つことにした。
「っ、オデット! どうして、ここに?」
予想通り、というよりも当然ながら、わたくしの存在に気づいていなかったルシアン様は、教室から出るなりビクリ、と肩を震わせた。
「ごきげんよう、ルシアン様。お久しぶりです。ルシアン様のお顔を拝見したくて、お訪ねしましたの」
こっそり様子を窺っていた後ろめたさを少しでも払拭できるよう、わたくしは努めて華麗に礼を取る。
ルシアン様は気まずそうに頬を赤らめているけれど、それはわたくしの不躾な態度のせいだろうか。
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