やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら

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初めての喧嘩

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 このような形勢だというのに、わたくしのために怒ってくれるドリス嬢は何てお優しいのかしら。

 それに引き換えマリアナ嬢は、わたくしがお伝えした貴族階級の規律を全く覚えていない。

(どうしてこのような女性を傍に置いておくのかしら……)

 蔑ろにされているようで、ずっと苦しい気持ちが付き纏っていたけれど、こうしてマリアナ嬢と言葉を交わせばふつふつと疑問が沸く。

 ルシアン様は多忙のせいでおかしくなってしまったのだろうか。

 マリアナ嬢は転校当初こそ溌剌として魅力的な気もしたけれど、今は嫌がらせを受けていた時の反動か、笑みが歪んで見える。

「結構ですわ。もう間もなく王妃殿下の誕生パーティでお会いする予定ですから。では、わたくしたちは失礼しますわね。コニー様も、お役目お疲れ様です。ご機嫌よう」

「あ、はい……。ごきげんよう、オデット様、ドリス嬢」

 コニー様はマリアナ嬢に付き従っているけれど、わたくしと目が合う度に気まずそうな顔をする。

 マリアナ嬢は立ち位置が逆転したとでも言いたげな得意顔で、わたくしとドリス嬢を交互に嘲笑うように去って行った。

「マリアナ・グランドは一体どういうつもりなのかしら……! オデット様がお伝えし辛いなら、私が父や兄に相談しますわ。このような振る舞い、許してはなりません」 

 ドリス嬢は怒りが収まらない様子で、わたくしの身を案じてくれる。

「なりませんわ。学院内の騒動は学院内で収めるべきもの。騒ぎを大きくすればルシアン様の評価にも傷がつきかねません。貴女にまで不愉快な思いをさせて申し訳なく思うけれど、そのお気持ちだけありがたく頂戴しますわ」

「オデット様、こんな時にまでルシアン殿下のことを案じてらっしゃるのですね……!」

 ドリス嬢は感極まったように涙ぐみ、わたくしの手をぎゅっと握る。

「何と深い愛情でしょう。心から尊敬いたします。私にできることなら、何でも仰ってください!」

 わたくしはそっと彼女の手を握り返すと、微笑んで感謝の辞を述べた。

 そう。誰が何処で騒ぎ立てようと、わたくしはルシアン様の婚約者で未来の王太子妃となる身の上だ。

 今回の混乱で、わたくしの自尊心は多少傷つけられたけれど、わたくしには何の落ち度もないし、積み上げた自信は揺るがない。

 ルシアン様は王位継承権を持つ、特別なお立場にある男性だ。

 貴族の結婚にも、もちろん制約がつきものだが、ルシアン様の婚約・結婚はその比ではない。

 王家と国家の存続に直結する問題だ。

 国王陛下を筆頭に有力な臣下たちの賛否を問うて、候補から選ばれた女性がわたくしだ。 

 だから簡単に破棄はできないし、させるつもりはない。

 今は状況が変わって混乱しているだけだとわたくしは確信している。

「さぁドリス嬢、そろそろわたくしたちも帰りましょう」

 今日もルシアン様はマリアナ嬢のために忙しいのだからと自分に言い訳をして、わたくしは帰途に着くことにした。

 しかし、騒動の結末は意外なほど早く訪れた。
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