婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも

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 公爵家本館で世話になり三月が経過した。

 その間、カスパーとは極々普通の……多分普通の、貴族令息・令嬢がお付き合いをするときのように、色々と贈物がされたり、食事を一緒にしたり、観劇に誘われたりした。 私が怖がるといけないからとケヴィンとリリーが付き添うあたりデート?なのかな?? と、疑問に思う事はあるけれど、私にとっては嬉しい心遣いだから厚意に甘えさせてもらっている。

 それでも、未だ私は社交界デビューを果たしては居ない。

 ケヴィンが言うには、出た事もない社交界で私の悪い噂が広まっていると言う事だった。

 例えば、

 実家の破産は、私が浪費家だから。
 社交界にも出ないのは見目が醜悪だから。
 人助けと称し好みの男の弱みを握り弄んでいる。
 赤ん坊の居る愛人を殺そうとした。

 社交界の噂は一旦小さな火をつけさえすれば、後は勝手に燃え広がって行くのだ……それも、地位も権力も金も武力もある公爵家ならなおの事、嫉妬が燃料となる。

「とても、楽しそうよね……」

 うんざりした様子で私が言えばリリーが言葉を返す。

「呑気ですねお嬢様」

「そのうち飽きるわよ」

「私がおかしいと思うのは、お嬢様の醜聞ばかりで……公爵と公子、その苛立ちや嫉妬、執着を向ける相手の噂がないと言う事なんですよね。 もし、公子の妻の立場が妬ましいとするなら……」

「するなら?」

「いっそ、公子様にアピールをすれば良かったのに……」

 公爵が居ないからと仕事をしながら話をしていたのだけど、不意に現れた公爵様は笑いながら言うのだ。

「「済みません公爵様!!」」

 私とリリーは謝れば、尚更大きく公爵様は笑った。

「エーファのように優秀な人がいい。 私がそう思ったのですよ」

「それは……常に公子様の周囲にいる女性を値踏みしていたとか言う事ですか?」

「えぇ、理性よりも性に走りそうな若い頃だけだがね」

 私は、その意味が良く理解出来ずに、苦笑いですませた。



 社交界デビューしたばかりの人間にとっては、そのような噂には耐えきれないだろうと言う公爵様の気遣いだ。

 何より公爵様は怒っていたから。

『結婚披露の時までには噂の元を探り、公爵家の醜聞を広めた者に制裁を与えてやる!!』

 と意気込みながらも、カスパーにこう命じたのだ。

『公爵家としての仕事をしないのなら、その程度の仕事はするのだろうな? 自分の妻すら守れない男が……いや……いい。 とにかく、犯人を捜せ!!』

 そう、カスパーは言いつけられていた。



 カスパーとの関係は、そんな感じ。





 私の生活はと言えば、公爵様から直々公爵領のこと、日常業務、公爵家が国に対して請け負っている責務、貴族社会においての立ち位置。 もっとも難解なのは、公爵家のものとして他の貴族達の模範となり、規律を正し、問題を罰する立場にあると言う事。

「しばらくは私が御側に付き添いますから」

 そう告げるのは公爵の従兄弟の子にあたる子。 公爵様との関わりをどういうのかは記憶にないから横に置き、名前をライザと言う。

「むしろ……ライザが、公子様の正妻となれば良かったのでは?」

「遠慮しますわ。 苦労しそうですもの」

 コロコロと鈴のように爽やかに笑われれば、どうにもやるせない気分になると言うものだ。

「ライザも一時は、騎士を目指した時期があってねぇ~」

 懐かしそうに公爵様は目を細めて笑う。

「そんな昔の事を引っ張り出さないでくださいませ!! 私には無理だと理解し諦めたのですから」

「まぁ、私としてはカスパーにも諦めてもらい、公爵としての仕事を学んでほしかったんだがねぇ~」

 奇妙な……違和があった。

 公爵家当主の全てはライザに受け継がれており、三か月間の公爵家での見習いの間、カスパーは私を付き合いたての恋人のように扱ってはいたけれど……彼が公爵様と会っているのを見たのは数回、片手で数えられる回数しか無かったのでした。

「公子様は、その……公爵の地位を継ぐ気はないのでしょうか?」

 そう言えば、公爵とライザは一瞬で凍り付いたようになり、そして顔を引きつらせた。

「どう、だろうな……」

 公爵様の言葉が濁れば、ライザがフォローする。

「彼が今行っている騎士としての仕事も、公爵としての仕事の一つなのよ。 公爵は何でもできる訳でも、何でもしなければいけない訳でもないの。 公爵家に関わり、支える者全てが公爵家の者なの、完璧でなくてもいい……ただ、一つだけでも自分の役目をしっかりと担い、それを世間が認めてくれていれば」

 幼い子に言い聞かせるように優しく穏やかで、だけどこうどこか押しつけがましい声色で……どちらかと言うか、そうあるべきだ、そうあって欲しいと願っているように思えた。

「少し息抜きに出かけません? 先日宝石に似合うドレスを作ってもらったでしょう。 それを受け取りに行くついでに、色々と町を見て回りましょう」

「宝石は……苦手、です」

 既に私のものとしてイヤリング、髪飾り、ネックレスが幾つも作られており、この話をされるたびに、私は困惑と共に溜息をつくのだ。

 人に施しために貧乏を強いられてきた。 両親の偽善は正しくない!! とは、思う私ではあるけれど……身についた修正まではどうにもならないのですよね。

「それも公爵家としての業務よ。 装飾品につけられた宝石は公爵領で採掘されるものなの。 それと共に彫金の技術も発達していったのよ。 それを身に着けると言う事は贅沢ではなくて仕事なのよ。 だから、諦めなさい」

 その言葉と共に私達は玄関先へと向かった。

 玄関扉の向こう。

 そこには、馬車を寄越した御者を相手にケヴィンが言い合いを……するだけではすまず、組み敷き、拘束し、そして使用人達が多く集まっていた。 暴れる男は、自分は関係ない馬車を運んできただけだと叫んでおり、ケヴィンはその拘束を人に任せる、周囲に視線を向けている。

「どうかしましたの?!」

 慌てたように言うにライザが聞けば、ケヴィンは周囲へと向ける視線をライザに向ける事無く告げた。

「いえ……。 この男が持ってきた馬車の車輪の音がおかしかったため、チェックを行うよう言ったところ逃げ出そうとしたんですよ」

「ケヴィン様!! 車軸に裂け目が入っております!!」

「あの、男を捕まえろ!!」

 三か月の間、エーファが働いていたようにケヴィンもまた働いていた。 それは最も勢いのいい年ごろの見目良い青年が堂々とした様子で、人に指示を出す様に使用人達の多くが従うようになっていた。

 数人の男達が、ケヴィンの指示に従い動き出す。

 そして……まるで長い付き合いであったかのように、背中を合わせあうように、重なりあうように、異変に対して指示を出すケヴィンとライザの姿に……私は嫉妬した。

 似合っている……気がする。

 もし、ライザがケヴィンを夫として女公爵の地位についたなら……。

「お似合いよね」

 そんな声がどこからともなく聞こえ……私は、胸にチクりとしたものを覚えた。



「これで、何度目でしょうか?」

 ケヴィンが溜息をついていた。

 貴族社会で、エーファの汚名が広がりだした頃から……エーファの周囲には数々の小さな不幸がもたらされた。

 エーファが通る階段が水に濡れていた。
 美しいカットグラスの中に、鋭利なガラスが入っていた。
 幻覚作用のある香が部屋に焚かれていた。
 寝床に毒蛇が仕込まれていた。
 風呂の温度が火傷をするような温度だった。

 数え出したらきりがない不幸が続いていたのだ。

「どういう……ことなのよ!! いったい!!」

 ライザが苛立ちと共に声を上げた。

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