忘れさせ屋

水璃 奏

文字の大きさ
1 / 2

謎編

しおりを挟む
「し、死刑?」 

スマホを隔てた先にいる弁護士の言葉を僕は簡単に信じる事ができなかった。 

「どうしてですか!小百合は何も知らないって、」 

「ですが無視できない証拠があり、精神疾患の可能性から執行猶予をつけようと私なりに奮闘したのですが、十七人も、それも残酷な方法で殺しているとそれすら難しく…お力になれず申し訳ございません。」 

「なん、でだよ…もう、良いです。お疲れ、様でした。」 

「はい、失礼します。」 

意識とは関係なく、僕はスマホを落としていた。すぐに硬いフローリングから鈍い音が鳴った。 

「小百合が、死刑…」 

僕の大学生活は、たった一人の女性によって照らされていた。 

その女性が七瀬小百合、僕の恋人だ。 

小百合は遠い所からやってきたせいか人に全く相手にされない僕に対して唯一積極的に話しかけてくれた人だった。 

そして二年生になってすぐに告白され、僕はもちろん了承した。恋人になってからも小百合は頻繁に家に来ては家事をしながら僕のわがままを聞いてくれ、独占欲の強い人だったが僕は友人をもたず、長い時間を小百合に割くことができたから喧嘩になることも全くなかった。 

それから半年が経ち、このまま結婚するかもしれないと考えていたころに、小百合が捕まった。しかも大量殺人の疑いで。 

少しだけ小百合に聞いてみたけど、彼女は全く身に覚えがないようだった。潔白を主張しながら涙を流していたし、それが無くとも二年以上関わりがあった僕からすれば小百合が嘘をついていないことは明らかだった。 

でも彼女は逮捕され、数か月後死刑が決まってしまった。 

もう、僕はどうやって生きればいいんだ。 

時刻を確認すると日付が変わろうとしていたが、どこかへ逃げたい衝動を抑えられない僕は家を出て散歩にでかけた。 

  

  

辺りの静けさに反して、頭の中でやるせなさや悲しみ、怒りなど様々な感情が渦巻きながら足の感覚が無くなるまで歩いていると、気づくと知らない道を歩いていた。いや、深夜の風景が見慣れないだけかもしれない 

僕はいつの間にか剥がれ落ちていた野心を久々に取り付けて冒険してみることにした。 

怪しい物を見つけるのにそう時間はかからなかった。十分も経ってない気がする。 

それは『忘れさせ屋』と入り口付近の看板に書いてある店だ。建物からは実家の近くにあった駄菓子屋を思い出させるような造りと材質。 

小百合の件で心が半壊している僕は全く怪しさに慄くことはなく、木製の引き戸を開けた。 

中も外からの印象を裏切ることはなくレトロを感じたが、カウンターの奥に座る僕より一回り年上で燕尾服を着た男性がその雰囲気を壊していた。 

「あらら、いらっしゃい。」 

「あ、こんばんは。」 

店のはずなのにあちらから話しかけてきたことになぜか驚いてしまった。 

「今日は誰にしますか?」 

「え?」 

「ん、あーさては君どんな店か分からずに入ってきた人か。」 

「すみませんそうです、入り口に『忘れさせ屋』とあったとは見ましたけど…」 

「その通り。ここは忘れさせ屋。誰かとの思い出を消すことができる店。ただし死期が近いと思われる人に関する記憶に限られるけど。」 

「すみませんちょっと意味が。」 

「例えば飼っているペットが平均寿命を超えて明らかに身体が弱っているのを見たとき、そのペットとたくさんの思い出をもちながら別れるの悲しいでしょ?だからそういう人のペットに関する記憶を私がもらって、ペットが死んでも大して悲しまずに済む、という店。」 

ペットが生きていたときどんなに楽しくても、死んだときの悲しみがその思い出を存分に塗りつぶすからねと、彼は付け足した。 

「では『死期が近い』人ということは、死んでしまった人の記憶は消せないのですか?」 

「そうですね、少なくとも意識はないと不可能です。」 

「なるほど…」 

「ただし私が記憶をもらうと、忘れられた人もこの店を利用した人に関する記憶を忘れることは注意した方が良いですよ。」 

「僕がある人との記憶を消してもらうと、そのある人も僕との記憶を忘れるということですか?」 

「そういうことです。」 

思い出したかのように急に始めた敬語にわざわざツッコまず、僕はこの店の理解に全力を注いだ。 

「でも死期が近い人との記憶しか消せないのだから、あまり注意する必要は無い気がしますけど。」 

「正確には死期が近いとこの店に来た人が思っていれば良いんです。」 

「なんか違いありますか?」 

「…まあいいです。それでお客さんは誰か忘れたい人はいるんですか?」 

「いますけど、忘れてしまって良いのか、っていう葛藤が残っていて、決心がつきません。彼女は家族を除けば僕の唯一の親しい人なので。」 

「彼女、というのは恋人ですか?」 

「そうですね。」 

「なるほど、であれば少々お値段は張るでしょうね。」 

「あ、そういえば値段、どのくらいですか?」 

「基本的に千から五万円くらいですかね。その人との親しさと思い出の量で変動して、ペットだと寿命によってかなり変動するので目安は言えませんが、友人であれば一万円ほど、恋人であれば三万、仲の良かった家族であれば五万を超えることもありますね。」 

「ということは僕の場合は三万円くらいですか?」 

「私が査定しないと詳しい価格は分かりませんが、大体そのくらいでしょうね。」 

「あの、カードって使えますか?」 

「こんな建物ですけど、その辺は乗り遅れていませんよ。」 

「…じゃあ、お願いします。」 

小百合との思い出を失うことよりも、小百合がこの世からいなくなることの方が怖く感じてしまった。 

「ありがとうございます、ではこれに自分と忘れたい人の名前、年齢を書いてください。」 

そう言いながら彼は引き出しから取った縦長の白い紙と赤のボールペンを僕に手渡した。一見よくある紙だが持ってみると少し重い気がしたこと違和感を持ちつつ、言われた通り僕と小百合の名前、年齢を縦に並べて書いた。 

「荻野優介さんと、峯川小百合…って、あの?」 

「すいません、小百合は僕の彼女です。でも彼女は無実なんです!でも死刑になってしまって。」 

連日ニュースで彼女の名前が報道されているのだから蔑みの目を向けられる可能性に書いてから気づき、僕は慌てて取り繕ったが、彼は特に気にしない様子だった。 

ただ小さい声で「捕まったのか」と発したのが聞こえた。 

「ではその紙を両手で持って、小百合さんとの思い出をなるべく頭の中で呼び起こしてください。」 

僕は指示通り紙を強く持ち、目を閉じて小百合との思い出を振り返った。それだけで瞳が潤んでいるのを感じた。 

「荻野さん、もう十分ですよ。」 

言われてようやく目を開けると、持っていた紙に異変が生じている。僕が書いた二つの名前の間が黒に近い紫色で五センチほどの幅の線によって結ばれていた。 

「あの、これ…」 

「この線の色と太さで忘れたい人との親密度を測っているんです。線の太さが単なる思い出の量、色は赤から黄、緑、青、紫といくにつれて思い出の質、どれだけ幸せであったかが分かります。つまりお客さんと小百合さんの間にはかなり強い絆があったことが分かります。紫色なんて、家族でないと見ないんですよね。太さは見たことありますが。」 

「ということは値段は…」 

「そうですね、この線だと…おお、七万四千円ですね。」 

男は引き出しから取り出したマニュアル本のようなものを見ながら言った。 

「ななまん?!か、カードで…」 

「先に払いますか?ではこちらに差し込んでください。」 

カード決済の流れはコンビニなどと似たようなものだった。 

「支払い完了ですね。では今から記憶を頂きますが、なにか心残りはありますか?」 

「…特にないです。お願いします。」 

「では失礼します。」 

そう言うと男は引き出しから取り出した真っ黒の紙を僕が書いた白い紙の上に置き、確実に日本語ではない呪文のようなものを唱え始めた。 

その瞬間小百合との記憶が吸われていく。誰かが僕の頭から生えている糸を綱引きのように引っ張っているようだ。 

呪文が終わった。男が僕と誰かの名前が書かれた黒い紙を背後にあるタンスに入れながら言った。 

「では終了です。おかえりください。」 

「え?俺はここで何を…」 

「あなたはここである人との記憶を消したんですよ。それが完了したので目的は達成されました。なのでおかえりください。」 

「は、はあ。」 

俺は確かに頭から何かが抜けた感覚を持ちながら『忘れさせ屋』を出た。俺は誰を忘れたんだ… 

「また忘れたい人ができたらいつでもお越しください。」 

と言った後に発した、 

「…可哀そうに。」 

という言葉だけが家に帰っても頭から離れなかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...