162 / 195
1章【暗黒討伐編】
第161話・運命
しおりを挟む
「──おーい、そっちの作業は順調かー?」
「あと少しッス! 明日の祭りには間に合うッスね!」
木の脚立の上から、仕事着の男達の会話が聞こえる。
俺が立ち寄った街は、どうやら収穫祭を控えているらしく、当日に向けた作業が進められていた。
『ようこそファンダルの街へ!!』と書かれた横断幕が、街の至る所に張られている。
それを考えると、この祭りには街の外からも人が来る様だ。
成程。俺が入口で特に声を掛けられなかったのは、遊びに来た子どもとでも思われたからか。
人の往来も随分と多いし、運良くどさくさに紛れられた感じだろう。
「⋯⋯ん、」
ふわりと、甘い香りが鼻を抜ける。
この芳醇で心地の良い香りには心当たりがある。恐らく葡萄か、それに似た異世界の果物だろう。
今が12月であるを考えると、この地域の気候は日本と近いのかもしれないな。
「はい、坊や! 名産の葡萄を使ったジュースだよ!」
「⋯⋯いや、スイマセン。今はお金が──」
「いいのいいの! 美味しかったら、明日の祭りの時にまた来ておくれよ!」
「あぁ、じゃあ、ありがとうございます⋯⋯」
気前の良いおばさんから、葡萄ジュースを受け取る。
そのまま立ち去ろうとした俺だったが、おばさんに「容器は返してね」と笑われてしまった。
⋯⋯あぁ、そうか。勝手に使い捨て容器だと考えていたな。
ついつい、前世の“当たり前”のままで行動してしまったぜ。
というか、このシチュエーションの俺は“味の感想も言わずに容器をパクろうとしたガキ”なんじゃないか⋯⋯?
「ところで、坊やは1人かい? お父さんやお母さんは⋯⋯」
唐突に、鋭い質問が飛んでくる。
俺がしどろもどろになっていると、おばさんは大きく眉を顰(ひそ)めて口を開けたままにした。
そして、開けた口を隠す様に両手を添えると、おばさんは慌てた様子で俺を覗き込んだ。
「も、もしや、坊や⋯⋯!! あぁ、何か食べてくかい!?
いや、ウチで良ければ暫く泊まっておいでな!! ね!?
兄弟は居るかい!? 居るならすぐに案内しとくれ!!」
俺の肩を揺らし、おばさんは迫真の表情で詰め寄る。
何事かと困惑していたが、おばさんの台詞の数々で大体を察する事が出来た。
恐らくだが、彼女は俺を孤児だと勘違いしているのだろう。
そして対応を見るに、俺が初めてという訳でもなさそうだ。
⋯⋯成程、全体像が掴めたぞ。
オーガよる黒異種襲撃は世界各地で発生し、人々に途轍も無い被害をもたらした。
その被害の中には、家族を失った者達も無数にいる筈だ。
妻や夫を失った者も。兄や姉・弟や妹を失った者も。そして母や父を失った子も──。
前に幼女から聞いたな。被害を受けた人々は、一時的に近隣の大きな街に避難している、と 。
一人で歩いていて、金を持っておらず、物を盗もうとして、両親は居るかという質問に中々答えない。
そんな俺の今の姿は、傍から見れば“避難して来た行き場の無い孤児”の様だ。
⋯⋯ひどい勘違いをさせてしまったな。謝罪しなくては。
「ありがとう、ごめんなさい。ジュース美味しかったです。
──両親が待っているので、もう行きますね」
「あら、そう⋯⋯! 良かったわ、気をつけて行くのよ!!」
その場から走り去る俺に、おばさんは手を振る。
やはり、立ち寄って正解だった。民間への被害は勿論だが、それに屈せずに戦ってくれる人がいる事を知れた。
こんな最悪の世の中だ。誰かの役に立ちたいと心から思える人がいるなら、俺はその人の役に立ちたい。
俺は、俺にしか出来ない事を。⋯⋯そう、
「──俺が護る⋯⋯!!」
拳を握り締め、空を見上げる。
この綺麗な青空を、誰もが見上げられる様にしたい。
絶望が蔓延する世界に「希望は無い」と人々が嘆くのなら、俺が希望になってみせる。
⋯⋯別に目立ちたいとか、若しくは名誉が欲しいとか、そういう話ではない。
だけど、人々にとっては、指を差して希望を取り戻せる存在が必要なのは事実だろう。
英雄とか、勇者、救世主とか──敢えて言うなら、
「ヒーローだぁ!!」
「⋯⋯ん??」
突然の声に、思わず振り向く。
広場の中心。祭りの催し用であろう、簡易的な木製ステージが設置された場所。
そこには、一人の少年がステージ上の人物を指差しながら目を輝かせている光景があった。
いや、その少年だけでは無い。彼の周囲にいる老若男女が、例の人物を見ながら希望的な顔をしている。
「ハーッハッハ!! 皆、よく来てくれたぁ!!」
「サイン下さーーい!!」
「僕と握手してーー!!」
ヒーローと呼ばれた男に、少年少女が飛び付く。
腰に両手を当てながら高笑いするのは、まぁ確かにヒーローっぽいが⋯⋯
異世界でも、そういう概念というか存在が居るとは少し意外だったな。
しかも、ご丁寧に目元を隠す青い仮面まで付けている。
ヒーローといえば正体を隠してるものではあるが、別世界なのに そこまで似てる事があるのか?
アイツ、もしかして転生者だったりして⋯⋯
「うーん、うーん、」
ぐぬぬ、人集りのせいで近付けない。
この身体じゃ背も低いし、上手くあの男の姿が見えないな。
うーむ。まぁ仮にアイツが転生者だとして、オーガ側である可能性もあるワケだしなぁ。
万が一を考えるなら、わざわざ見に行く必要も無いが⋯⋯
「──今日集まってもらったのは、他でも無い君達と共に“特別任務”をこなしたいと思たからだ!!」
「えーーっ!! 特別任務ーー!?」
「なになにーー!! 秘密のお仕事ーーっ!?」
例の男──取り敢えずヒーローと呼ぶか──の台詞を聞き、ちびっコ達が盛り上がる。
特別任務、ね。そんな言葉、少年少女にはそりゃあ響くだろうな。
しっかし、人が多い。祭りを控えているのもあるだろうが、ヒーローの集客効果は絶大な様だ。
アイツが登場してから、子ども達を筆頭にどんどんと人が集まってきたぞ。
「任務の内容は、ずばり“パトロール”だ!! この街を1周して、困っている人達に声を掛けよう!!
任務を達成した人には、ヒーローの証であるこのバッチをプレゼントだ!!」
「「「ワァーーーーーーッッ!!!」」」
お、おうう⋯⋯。ちびっコ大喜びだな。
ヒーローの証とは、これまた子どもの心を鷲掴みにするアイテムだなコリャ。
デフォルメされた自分の顔が描かれたバッチとか、あのヒーローはどうやって作ったんだよ。
「任務開始は明日!! 貰ったバッチをお店の人に見せれば、タダで商品が食べれるぞ!!
ただし、使えるのは2回まで!! 欲張り過ぎちゃうと、立派なヒーローにはなれないぞ!!」
「「「はーーーーーーいっ!!!!」」」
⋯⋯平和だなぁ。
だが、無知が故の平和にも見えない。寧ろ、世の中の状況を理解した上で、こうして元気を与えようとしてるのだろう。
“パトロールで困っている人を探す”というのも、あての無い避難民を見つけ出す事が目的なのかもな。
あのヒーローや先程のおばさんの様に、それぞれの場所で頑張っている人々がいるのは嬉しい。
⋯⋯俺が希望になるというのは、出過ぎた真似だった様だ。
そういうのは、ああいう人や冒険者達に任せよう。
だから俺は、彼らをただ護る事に全神経を使えばいいんだ。
オーガを撃破し、フィリップを奪還し、魂の流れを修復し、犠牲者を生き返らせる。
⋯⋯いや。細かい点も幼女やゼル達に任せて、俺はオーガを倒す事だけに集中だ。
その為に──。⋯⋯まぁ今は、幼女に言われた通りにバケーションを頼むとしよう。
犬も歩けば棒に当たる、猿も木から落ちる、急いては事を仕損じる、急がば回れってやつだぜ。
⋯⋯猿も木から落ちるは少し違うか。千里の道も一歩から、にしておこう。
兎に角、今は焦らずゆったりと過ごすべきだな。
「──では諸君、明日の祭りでまた会おう!! さらばっ!!
ハーッハッハッ!!」
さらばっ! か、高笑いかのどっかで立ち去ればいいのに。
まぁ子ども達が喜んでいるから、ヒーローとしては別にいいのかね。
⋯⋯さぁてと。俺も適当に街ブラしてから、クローネに向かうとするか。
ティガに何かお土産持っていこうかな? お金は無いから、試食品を配ってる店とかあったらいいんだが⋯⋯
あーあ、魔王城に来る時に財布も持ってくるんだったぜ。
この後に及んで、金を使いたいタイミングが来るとはなぁ。
道に落ちたりしてないかな⋯⋯っていうのは、乞食みたいになるからヤだな。
とはいえ、金を生み出す手段も無いワケだし、適当に歩いて風景を堪能したら街を出る流れに──。
⋯⋯いや、待てよ? “金を生み出す手段”なら、少なからずあるじゃないか。
流石に大金は稼げないだろうが、“この方法”なら食べ歩き分とティガへと土産分くらいなら捻出できそうだぞ。
「⋯⋯⋯⋯ふひっ」
よしっ、善は急げだ。
まずは、人目につかずに、尚且つ擬人化を一旦解除できる場所を探さなくては。
元の俺は、頭から尻尾までの長さが5m程度あるからな。
そこそこのスペースが欲しいトコたが──
「おっ、」
都合の良さそうな裏路地、発☆見。
かなり奥まで続いてそうだし、暗さもあって丁度良い。
どれ、早速入ってみよう。
「ふーむ⋯⋯」
まずまず、といったトコだな。
裏路地といえば、ラグガキやらゴミのポイ捨てやらで不潔なイメージだが、ここはそうでも無いな。
ガラの悪い連中がたむろしてる、なんてのも珍しく無い展開だが⋯⋯
異世界だからか、それとも文化の違いからか、人目につかない場所の治安も良さそうだ。
まぁそれはいいとして。通り道になっている訳でも無さそうだし、擬人化状態を解除──
「うっ、ぐすっ、ううっ⋯⋯」
「⋯⋯?」
不意に、少女の啜り泣く声が聞こえてくる。
暗い道端をよく見てみると、そこにはエプロン姿で蹲る金髪の女の子がいた。
ううむ。竜の姿に戻って身体の一部をへし折り、それを買い取ってもらおうと考えていたんだが⋯⋯
目撃者がいるのでは、コッチも擬人化の解除は出来ないな。
このまま見過ごすのもアレだし、取り敢えず声掛けとくか。
上手くいけば、どこかに行ってくれるかもしれないし。
「──ねぇ、君? どうしたの? 何かあった?」
「えっ!? い、いや、別になんでも⋯⋯ぐすっ、ないです」
年の程8歳といった少女は、目元を袖で拭いながら答えた。
見事な金髪と同じく、透き通る様な金の瞳を潤わせている。
俺がこの子と同じ年頃だったら、まず間違いなく惚れてるであろう可憐さだ。
まぁそれは置いとくとして。いやしかし、涙が止んでいないにも関わらず、何事も無かったフリとはな。
幼いながらに、大人が軽んじれない事情がありそうだ。
「⋯⋯えと、君は誰? 私に何か用でも?」
「ん? 僕? まぁ通りすがりって感じかな? ただの。
泣いてる子どもを見て見ぬふりも出来ないし、気になって声を掛けたんだ」
「君だって子どもじゃん⋯⋯」
あっ、そうだった。いかんいかん。
つい、俺が子どもである設定を忘れて話してしまったぜ。
けど、ツッコミを入れてくれる辺り、話し合いは出来そうで良かったな。
「どうして、君はこんな所で泣いていたの?」
「⋯⋯実は、大切な物が壊れちゃって──⋯」
⋯──少女の話は、想像を遥かに絶する内容であった。
聞けば、この子は以前の黒異種襲撃の被害者で、故郷の村を失ってしまったらしい。⋯⋯それと同時に、両親も。
生き残った彼女だが、他の生存者を探す余裕も無く、彷徨い行き倒れた頃にこの街の人に保護されたんだとか。
当面の衣食住は提供されている様で、学校にも通えているというのは聞けて安心した。
⋯⋯ただ、とある事情があり、学校には通いつつも無理を言って仕事をさせてもらっているのだと言う。
そしてその事情とは、彼女が保護された際に唯一所持していた“オルゴール”を直したいといった内容らしい。
襲撃時に破損してしまった様だが、たった一つの形見だという事で、どうしてもお金を貯めて直したい様だ。
しかし、壊れた部品というのが、交換にかなりの金額が必要になるのだという。
この街に来て以降、ずっと懸命に働いていた様だが、日々の辛さに思わず涙していたらしい──⋯
「⋯──うっ、ぐう⋯⋯! よく、これまで頑張った⋯⋯!!
お金なら俺が出すから、君がこれまで一生懸命貯めた分は、自分のこれからの為に使いなさい⋯⋯!!」
「え!? なんで!? なんでお金を⋯⋯って、なんで君が泣いてるの?!」
「いいから、いくら必要なんだ? 全額出すし、他にも金銭で困っているなら助けになる。いや、助けにならせてくれ!!」
「え、えぇ?? でもでも、かなりの大金だし、そんな──。
⋯⋯本当にいい、んですか?」
恐縮気味に、少女が尋ねてくる。
俺は、“大声を出さない事”と“絶対に秘密にする事”を条件に、この場で擬人化を解除する事にした。
“実は貴族の息子である”という適当な設定を追加し、彼女に目を瞑らせてその間に⋯⋯という手もあったが、それでは気が引けるだろう。
貴族の子どもに借りがあるなんて思い出、後の日常生活では随分なプレッシャーになってしまいそうだ。
⋯⋯ただ、肝心なのは俺の魔物としての素材がどれだけの金額で取引されるかなよなぁ。
腕の1~2本くらい、この子の為なら全然斬り捨てられるが、それでも端金だったら普通に落ち込むぜ。
「──じゃあ、声を出しちゃダメだからな?」
「は、はい!!」
優しく忠告すると、少女は元気よく頷く。
そんな少女の様子に微笑み、俺は擬人化を解除した。
「あと少しッス! 明日の祭りには間に合うッスね!」
木の脚立の上から、仕事着の男達の会話が聞こえる。
俺が立ち寄った街は、どうやら収穫祭を控えているらしく、当日に向けた作業が進められていた。
『ようこそファンダルの街へ!!』と書かれた横断幕が、街の至る所に張られている。
それを考えると、この祭りには街の外からも人が来る様だ。
成程。俺が入口で特に声を掛けられなかったのは、遊びに来た子どもとでも思われたからか。
人の往来も随分と多いし、運良くどさくさに紛れられた感じだろう。
「⋯⋯ん、」
ふわりと、甘い香りが鼻を抜ける。
この芳醇で心地の良い香りには心当たりがある。恐らく葡萄か、それに似た異世界の果物だろう。
今が12月であるを考えると、この地域の気候は日本と近いのかもしれないな。
「はい、坊や! 名産の葡萄を使ったジュースだよ!」
「⋯⋯いや、スイマセン。今はお金が──」
「いいのいいの! 美味しかったら、明日の祭りの時にまた来ておくれよ!」
「あぁ、じゃあ、ありがとうございます⋯⋯」
気前の良いおばさんから、葡萄ジュースを受け取る。
そのまま立ち去ろうとした俺だったが、おばさんに「容器は返してね」と笑われてしまった。
⋯⋯あぁ、そうか。勝手に使い捨て容器だと考えていたな。
ついつい、前世の“当たり前”のままで行動してしまったぜ。
というか、このシチュエーションの俺は“味の感想も言わずに容器をパクろうとしたガキ”なんじゃないか⋯⋯?
「ところで、坊やは1人かい? お父さんやお母さんは⋯⋯」
唐突に、鋭い質問が飛んでくる。
俺がしどろもどろになっていると、おばさんは大きく眉を顰(ひそ)めて口を開けたままにした。
そして、開けた口を隠す様に両手を添えると、おばさんは慌てた様子で俺を覗き込んだ。
「も、もしや、坊や⋯⋯!! あぁ、何か食べてくかい!?
いや、ウチで良ければ暫く泊まっておいでな!! ね!?
兄弟は居るかい!? 居るならすぐに案内しとくれ!!」
俺の肩を揺らし、おばさんは迫真の表情で詰め寄る。
何事かと困惑していたが、おばさんの台詞の数々で大体を察する事が出来た。
恐らくだが、彼女は俺を孤児だと勘違いしているのだろう。
そして対応を見るに、俺が初めてという訳でもなさそうだ。
⋯⋯成程、全体像が掴めたぞ。
オーガよる黒異種襲撃は世界各地で発生し、人々に途轍も無い被害をもたらした。
その被害の中には、家族を失った者達も無数にいる筈だ。
妻や夫を失った者も。兄や姉・弟や妹を失った者も。そして母や父を失った子も──。
前に幼女から聞いたな。被害を受けた人々は、一時的に近隣の大きな街に避難している、と 。
一人で歩いていて、金を持っておらず、物を盗もうとして、両親は居るかという質問に中々答えない。
そんな俺の今の姿は、傍から見れば“避難して来た行き場の無い孤児”の様だ。
⋯⋯ひどい勘違いをさせてしまったな。謝罪しなくては。
「ありがとう、ごめんなさい。ジュース美味しかったです。
──両親が待っているので、もう行きますね」
「あら、そう⋯⋯! 良かったわ、気をつけて行くのよ!!」
その場から走り去る俺に、おばさんは手を振る。
やはり、立ち寄って正解だった。民間への被害は勿論だが、それに屈せずに戦ってくれる人がいる事を知れた。
こんな最悪の世の中だ。誰かの役に立ちたいと心から思える人がいるなら、俺はその人の役に立ちたい。
俺は、俺にしか出来ない事を。⋯⋯そう、
「──俺が護る⋯⋯!!」
拳を握り締め、空を見上げる。
この綺麗な青空を、誰もが見上げられる様にしたい。
絶望が蔓延する世界に「希望は無い」と人々が嘆くのなら、俺が希望になってみせる。
⋯⋯別に目立ちたいとか、若しくは名誉が欲しいとか、そういう話ではない。
だけど、人々にとっては、指を差して希望を取り戻せる存在が必要なのは事実だろう。
英雄とか、勇者、救世主とか──敢えて言うなら、
「ヒーローだぁ!!」
「⋯⋯ん??」
突然の声に、思わず振り向く。
広場の中心。祭りの催し用であろう、簡易的な木製ステージが設置された場所。
そこには、一人の少年がステージ上の人物を指差しながら目を輝かせている光景があった。
いや、その少年だけでは無い。彼の周囲にいる老若男女が、例の人物を見ながら希望的な顔をしている。
「ハーッハッハ!! 皆、よく来てくれたぁ!!」
「サイン下さーーい!!」
「僕と握手してーー!!」
ヒーローと呼ばれた男に、少年少女が飛び付く。
腰に両手を当てながら高笑いするのは、まぁ確かにヒーローっぽいが⋯⋯
異世界でも、そういう概念というか存在が居るとは少し意外だったな。
しかも、ご丁寧に目元を隠す青い仮面まで付けている。
ヒーローといえば正体を隠してるものではあるが、別世界なのに そこまで似てる事があるのか?
アイツ、もしかして転生者だったりして⋯⋯
「うーん、うーん、」
ぐぬぬ、人集りのせいで近付けない。
この身体じゃ背も低いし、上手くあの男の姿が見えないな。
うーむ。まぁ仮にアイツが転生者だとして、オーガ側である可能性もあるワケだしなぁ。
万が一を考えるなら、わざわざ見に行く必要も無いが⋯⋯
「──今日集まってもらったのは、他でも無い君達と共に“特別任務”をこなしたいと思たからだ!!」
「えーーっ!! 特別任務ーー!?」
「なになにーー!! 秘密のお仕事ーーっ!?」
例の男──取り敢えずヒーローと呼ぶか──の台詞を聞き、ちびっコ達が盛り上がる。
特別任務、ね。そんな言葉、少年少女にはそりゃあ響くだろうな。
しっかし、人が多い。祭りを控えているのもあるだろうが、ヒーローの集客効果は絶大な様だ。
アイツが登場してから、子ども達を筆頭にどんどんと人が集まってきたぞ。
「任務の内容は、ずばり“パトロール”だ!! この街を1周して、困っている人達に声を掛けよう!!
任務を達成した人には、ヒーローの証であるこのバッチをプレゼントだ!!」
「「「ワァーーーーーーッッ!!!」」」
お、おうう⋯⋯。ちびっコ大喜びだな。
ヒーローの証とは、これまた子どもの心を鷲掴みにするアイテムだなコリャ。
デフォルメされた自分の顔が描かれたバッチとか、あのヒーローはどうやって作ったんだよ。
「任務開始は明日!! 貰ったバッチをお店の人に見せれば、タダで商品が食べれるぞ!!
ただし、使えるのは2回まで!! 欲張り過ぎちゃうと、立派なヒーローにはなれないぞ!!」
「「「はーーーーーーいっ!!!!」」」
⋯⋯平和だなぁ。
だが、無知が故の平和にも見えない。寧ろ、世の中の状況を理解した上で、こうして元気を与えようとしてるのだろう。
“パトロールで困っている人を探す”というのも、あての無い避難民を見つけ出す事が目的なのかもな。
あのヒーローや先程のおばさんの様に、それぞれの場所で頑張っている人々がいるのは嬉しい。
⋯⋯俺が希望になるというのは、出過ぎた真似だった様だ。
そういうのは、ああいう人や冒険者達に任せよう。
だから俺は、彼らをただ護る事に全神経を使えばいいんだ。
オーガを撃破し、フィリップを奪還し、魂の流れを修復し、犠牲者を生き返らせる。
⋯⋯いや。細かい点も幼女やゼル達に任せて、俺はオーガを倒す事だけに集中だ。
その為に──。⋯⋯まぁ今は、幼女に言われた通りにバケーションを頼むとしよう。
犬も歩けば棒に当たる、猿も木から落ちる、急いては事を仕損じる、急がば回れってやつだぜ。
⋯⋯猿も木から落ちるは少し違うか。千里の道も一歩から、にしておこう。
兎に角、今は焦らずゆったりと過ごすべきだな。
「──では諸君、明日の祭りでまた会おう!! さらばっ!!
ハーッハッハッ!!」
さらばっ! か、高笑いかのどっかで立ち去ればいいのに。
まぁ子ども達が喜んでいるから、ヒーローとしては別にいいのかね。
⋯⋯さぁてと。俺も適当に街ブラしてから、クローネに向かうとするか。
ティガに何かお土産持っていこうかな? お金は無いから、試食品を配ってる店とかあったらいいんだが⋯⋯
あーあ、魔王城に来る時に財布も持ってくるんだったぜ。
この後に及んで、金を使いたいタイミングが来るとはなぁ。
道に落ちたりしてないかな⋯⋯っていうのは、乞食みたいになるからヤだな。
とはいえ、金を生み出す手段も無いワケだし、適当に歩いて風景を堪能したら街を出る流れに──。
⋯⋯いや、待てよ? “金を生み出す手段”なら、少なからずあるじゃないか。
流石に大金は稼げないだろうが、“この方法”なら食べ歩き分とティガへと土産分くらいなら捻出できそうだぞ。
「⋯⋯⋯⋯ふひっ」
よしっ、善は急げだ。
まずは、人目につかずに、尚且つ擬人化を一旦解除できる場所を探さなくては。
元の俺は、頭から尻尾までの長さが5m程度あるからな。
そこそこのスペースが欲しいトコたが──
「おっ、」
都合の良さそうな裏路地、発☆見。
かなり奥まで続いてそうだし、暗さもあって丁度良い。
どれ、早速入ってみよう。
「ふーむ⋯⋯」
まずまず、といったトコだな。
裏路地といえば、ラグガキやらゴミのポイ捨てやらで不潔なイメージだが、ここはそうでも無いな。
ガラの悪い連中がたむろしてる、なんてのも珍しく無い展開だが⋯⋯
異世界だからか、それとも文化の違いからか、人目につかない場所の治安も良さそうだ。
まぁそれはいいとして。通り道になっている訳でも無さそうだし、擬人化状態を解除──
「うっ、ぐすっ、ううっ⋯⋯」
「⋯⋯?」
不意に、少女の啜り泣く声が聞こえてくる。
暗い道端をよく見てみると、そこにはエプロン姿で蹲る金髪の女の子がいた。
ううむ。竜の姿に戻って身体の一部をへし折り、それを買い取ってもらおうと考えていたんだが⋯⋯
目撃者がいるのでは、コッチも擬人化の解除は出来ないな。
このまま見過ごすのもアレだし、取り敢えず声掛けとくか。
上手くいけば、どこかに行ってくれるかもしれないし。
「──ねぇ、君? どうしたの? 何かあった?」
「えっ!? い、いや、別になんでも⋯⋯ぐすっ、ないです」
年の程8歳といった少女は、目元を袖で拭いながら答えた。
見事な金髪と同じく、透き通る様な金の瞳を潤わせている。
俺がこの子と同じ年頃だったら、まず間違いなく惚れてるであろう可憐さだ。
まぁそれは置いとくとして。いやしかし、涙が止んでいないにも関わらず、何事も無かったフリとはな。
幼いながらに、大人が軽んじれない事情がありそうだ。
「⋯⋯えと、君は誰? 私に何か用でも?」
「ん? 僕? まぁ通りすがりって感じかな? ただの。
泣いてる子どもを見て見ぬふりも出来ないし、気になって声を掛けたんだ」
「君だって子どもじゃん⋯⋯」
あっ、そうだった。いかんいかん。
つい、俺が子どもである設定を忘れて話してしまったぜ。
けど、ツッコミを入れてくれる辺り、話し合いは出来そうで良かったな。
「どうして、君はこんな所で泣いていたの?」
「⋯⋯実は、大切な物が壊れちゃって──⋯」
⋯──少女の話は、想像を遥かに絶する内容であった。
聞けば、この子は以前の黒異種襲撃の被害者で、故郷の村を失ってしまったらしい。⋯⋯それと同時に、両親も。
生き残った彼女だが、他の生存者を探す余裕も無く、彷徨い行き倒れた頃にこの街の人に保護されたんだとか。
当面の衣食住は提供されている様で、学校にも通えているというのは聞けて安心した。
⋯⋯ただ、とある事情があり、学校には通いつつも無理を言って仕事をさせてもらっているのだと言う。
そしてその事情とは、彼女が保護された際に唯一所持していた“オルゴール”を直したいといった内容らしい。
襲撃時に破損してしまった様だが、たった一つの形見だという事で、どうしてもお金を貯めて直したい様だ。
しかし、壊れた部品というのが、交換にかなりの金額が必要になるのだという。
この街に来て以降、ずっと懸命に働いていた様だが、日々の辛さに思わず涙していたらしい──⋯
「⋯──うっ、ぐう⋯⋯! よく、これまで頑張った⋯⋯!!
お金なら俺が出すから、君がこれまで一生懸命貯めた分は、自分のこれからの為に使いなさい⋯⋯!!」
「え!? なんで!? なんでお金を⋯⋯って、なんで君が泣いてるの?!」
「いいから、いくら必要なんだ? 全額出すし、他にも金銭で困っているなら助けになる。いや、助けにならせてくれ!!」
「え、えぇ?? でもでも、かなりの大金だし、そんな──。
⋯⋯本当にいい、んですか?」
恐縮気味に、少女が尋ねてくる。
俺は、“大声を出さない事”と“絶対に秘密にする事”を条件に、この場で擬人化を解除する事にした。
“実は貴族の息子である”という適当な設定を追加し、彼女に目を瞑らせてその間に⋯⋯という手もあったが、それでは気が引けるだろう。
貴族の子どもに借りがあるなんて思い出、後の日常生活では随分なプレッシャーになってしまいそうだ。
⋯⋯ただ、肝心なのは俺の魔物としての素材がどれだけの金額で取引されるかなよなぁ。
腕の1~2本くらい、この子の為なら全然斬り捨てられるが、それでも端金だったら普通に落ち込むぜ。
「──じゃあ、声を出しちゃダメだからな?」
「は、はい!!」
優しく忠告すると、少女は元気よく頷く。
そんな少女の様子に微笑み、俺は擬人化を解除した。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる