意地っ張りな俺とヘタレなあいつ

ちとせ。

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過去編② 再会

第八話 挨拶するあいつ

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「初めまして、啓といいます」
「え? え? も、もしかして、……モデルのK、くん?」
「モデルって言っても、仕事はあの広告一本だけなんですけどね」
「嘘っ! Kくんが幸也のお友達? えええっ!?」

なんで啓が俺んちの玄関先でうちの母親に挨拶する事態に陥ってるかというと……


*   *   *


啓はあれから焼きそば作りどころか最後の片づけまで手伝ってくれて、最終的には同好会のみんなと打ち解けていた。あ、朔にぃは別。最後まで啓のこと睨んでた。

急遽啓も一緒に参加することになった打上げも終わり、「じゃあ俺、電車だから」と帰ろうとしたとき、啓に耳打ちされたのだ。

「俺と一緒に来ねえと、俺とのこと、みんなにバラすぞ?」

って。そんな風に脅されたら、俺は従うしかない。啓と俺がヤったなんて誰も信じないと思うけど、用心に越したことはないんだから。そんなわけで、俺は大人しく啓の車で連行された。きっとまた、啓の部屋に連れて行かれるんだと思った。

そこでまたセックスして、そんで、そのあとは?
啓が俺のこと探してたのって、やっぱセフレにしたかったから?

助手席で外の景色を見るともなく見ながら思いを巡らせるうち、ふと閃いたあまりに的を射た考えが胸をえぐる。

「幸」
「えっ? な、なに?」

不意に声を掛けられ、動揺を隠せず声がひっくり返ってしまう。

「なに考えてんの?」
「べ、別になんも……」

啓はそれ以上なにも言わず、俺もなにも言わなかった。

セフレ、……か。
今夜もう一晩だけ?
それとも啓の気が向いたら、とか?
どっちにしてもやだな。

あれ? 
車がどんどん都心から離れて行ってるような……

「啓?」

車に乗ってから啓の方へ顔を向けたのは初めてかもしれない。

「ん?」

ちらりと俺に視線を投げてよこした啓にどきりとした自分に舌打ちする。ほんの一秒の目が合っただけでときめくとか、ない。しっかりしろ、俺。

「どした、幸」
「えっ、あ、……どこ、行くのかなって」
「幸んちだけど?」
「は?」
「住所は?」

「教えない」「教えろ」「絶対やだ」と押し問答をしていると、啓の携帯が鳴った。啓が車を路肩に止めてポケットから携帯を取り出す啓の隣で、俺は大人しくしていた。

「はい。……あ、いえ、友達です。……はい、そうです」

畏まった口調で話し始めた啓に嫌な予感が募り、自分の携帯を探る。

ない。携帯がない。
啓に携帯を取り上げられたまま忘れてた。
もしかして啓が今話してる携帯って俺のじゃね?!

「ちょ、それって……」
「いえ、寝ちゃっただけなんで心配しないで下さい。それでお宅まで送っていく途中なんですけど、住所教えて貰えますか? ……はい、……はい、わかります」

予感的中。啓は俺の携帯で、たぶん俺の母親と話してる。携帯を取り返そうと伸ばした手はあっさりと振り払われ、俺は最後の手段に大声を出した。

「返せよっ!」
「では後ほど」

時すでに遅し。啓はさっさと電話を切って、用なしになった俺の携帯を投げて寄こした。

「俺の番号入れといたから」
「は? いつの間に」
「幸が『朔にぃ』といちゃついてる間に」
「はあ? いちゃついてなんか、」
「いましたー」

啓が急発進したせいで体ががくんと前のめりになる。

危ねえだろっ!
畜生なにが『友達』だ。
いつ友達になったんだよ。
セフレにしようと思ってるくせに。

心の中で悪態をついているうちに家に到着してしまった。啓はさっさと車を降りて呼び鈴を押している。

おいおい、家まで押しかけるつもりかよ。
そういやさっき『では後ほど』とか言ってたな。
 
「夜分遅くすみません」

ここで冒頭の、啓がうちの母親に挨拶する件《くだり》に繋がるわけだけど……

「幸也。ケイくんとお友達だなんて、ひとことも言ってなかったじゃない」

母親の恨みがましい視線を浴びながら、俺は答えに窮した。啓は友達でも何でもない。一回ヤっただけのセフレ候補だ。なんて言えるわけがない。

「や、それは……、偶然会ったっていうか……、ほんと偶々で……」
「実は今日、七夕祭で知り合ったんです。俺も同じ大学なんで。それで意気投合して、俺はこれからもっと親しくなりたいって思ってるんですけど……」

啓がちらりと俺に視線を寄こしたのは、絶対に計算尽くだと断言できる。

「あらやだ。なるに決まってるじゃないの。ね? 幸也」

二人して期待を込めた目で俺を見るのはやめてくれ。
てか、啓が何考えてんのかさっぱりわかんねえ。
母親公認のセフレにでもするつもりかよ。

「玄関先で立ち話もなんだし。上がっていって?」
「いえ、もう遅いですし。ご迷惑はかけられません」

ちっ、好青年ぶりやがって。

「なにが迷惑なもんですか。途中で寝ちゃって迷惑かけたのは幸也のほうでしょう?」
「いえ、そんなことは……」
「ほら、幸也からもケイくんに言ってちょうだい」

母親からの圧力ほど重くて怖いものはない。

「……上がってけば?」
「いいの?」

というわけで、啓は今、俺の部屋にいる。

「へえ、ふーん、そっかー」

たいして広くも綺麗でもない部屋を見回して、なぜか啓はにこにこと嬉しそうだ。

「なにがそんな面白いわけ?」
「これが幸の部屋なんだなあって思って」
「啓の部屋のクローゼットより狭いけど?」
「うん。なんか、いいな。生活感あって」

それ、褒めてねえし。

「兄貴がいたころは、この部屋二人で使ってたんだぜ?」

どうだ。驚くだろ?
庶民の家の狭さに驚くがいい。
金持ちの坊ちゃんめ。

ところが啓が食いついたのは俺の自虐を込めた嫌味ではなかった。

「へえ、幸って兄貴いんの?」
「え? あー、……うん。兄貴は二人。あと弟が一人」
「すげえ、四人兄弟か。俺は弟が一人」
「へえ」

ひとりっ子かと思ってた。
なんか意外。

「もしかして俺のことひとりっ子だと思った?」
「え、なんでわかんの?」
「よく言われる」
「やっぱり」
「やっぱりってなんだよ。なんでか俺にはわかんねえし」
「俺様で我儘なとこがひとりっ子気質だからじゃね?」

俺は普段思ったことをストレートに口にするタイプじゃない。極力揉め事を起こさないように周りのことを考えて、自分の気持ちを抑えてしまう。我慢してるつもりじゃなく、ただそのほうが楽だから。四人兄弟の三男として身についた性質なのかもしれない。それが啓に対しては、随分とストレートな物言いをしていることに気づいて自分でも驚く。

「俺って俺様?」
「自覚ねえの?」
「ある」

思わず笑ってしまった俺を見て、啓も笑った。





「へえ、じゃあ幸、部屋探してんだ」
「うん、まあね」

二番目の兄貴の嫁さんが、里帰り出産で近々うちに来ることになった。兄貴の嫁さんは小さいころに母親を亡くしていて父親は今も独身でひとり暮らし。うちの母親は兄貴の嫁さんを実の娘みたいに可愛いがっていて関係も良好だし、「だったらうちで」ってことになった。けど困ったことに余ってる部屋がない。うちの実家は一階にリビングとキッチンと両親の部屋があり、二階に俺と弟の部屋がある。今さら弟と同じ部屋なんて嫌だし、まだ高校生の弟が出て行くわけにもいかない。そこで俺が部屋を空けるって話になったのだ。どこか友達のところに世話になるか、ウイークリーマンションを探すか、それともこれを期にひとり暮らしを始めるのもいいかもしれない。

啓に兄弟の話を聞かれるまま答えていたら、いつの間にやらそんなことまで話していた。

「当てはあんの?」
「今んとこない」

千秋んとこはうちより大家族で俺が転がり込む余地はないし、ウイークリーマンションだって安かない。ましてや部屋を借りるまとまった金なんてない。コンビニのバイト代なんて高が知れてる。

「じゃあ、俺んち来いよ」

あの夏の日とまったく同じ啓のことばが、楽しかった時間に水を差す。

「……行かない」

啓が来てからもう一時間以上経っていた。啓と話をするのは楽しいし、気も合うと思う。だからすっかり忘れてた。啓と俺とは違うってこと。

「遠慮すんなよ。俺んち部屋余ってっし」
「別に遠慮なんかしてねえし」

貧乏人への慈善事業のつもりなのか、それともセフレにして部屋で飼うつもりなのか。どっちにしたって冗談じゃない。対等じゃない関係なんて真っ平ごめんだ。

「なんで?」
「なんでって……、嫌だからに決まってんじゃん。啓と一緒に住むなんて、ムリ」

はっきり言いすぎたのかもしれない。押し黙った啓を見て、ほんのちょっとだけ後悔した。

「あらあら、いいお話なのに勿体ないわ」

思いもよらぬ横槍が入って振り向くと、タオルを手にした母親がドアのところに立っていた。

「ごめんなさいね、突然。ドアが開けっ放しだったから聞こえちゃって。あ、そうだ。ケイくん、これ、タオルね」
「え? あ、はい……、どうも」

母親にタオルを手渡され、啓は訳がわからないって顔をしながらも素直にそれを受け取っている。

「タオルなんかいらねえし。こいつもう帰っから」
「でも、もう遅いし。ケイくんさえよければ、今夜はここに泊まっていって?」

啓がこんなとこに泊まるわけねえじゃん。家は古臭いし、部屋は狭い。
タオルだって薄っぺらくて、啓んとこのふかふか高級タオルとは全然違う。
あんなゴージャスなとこに住んでる啓が、こんな庶民の部屋なんかに……

「じゃあ、お言葉に甘えて、ぜひ」
「げっ。まじで?」

予想外の返事に思わずでかい声が出してしまい、二人に白い目を向けられた。

「じゃあさっさと二人で一緒にお風呂済ませちゃいなさい。その間にここにお布団敷いとくから」
「は? やだよ、一緒なんて」
「あら、どうして? 千秋くんとはこの間一緒に入ってたじゃないの」
「へえ、千秋と……」
「え、ち、ちがっ」

啓に冷ややかな視線を向けられて、俺は焦った。

「そ、それは野球した後だったから汗びっしょりで。別に、千秋とはそんな関、」
「幸」

啓の冷静な声に、我に返った。バカみたいに焦りまくって、母親の前で俺は何を言おうとしてたんだろう。大体、千秋との関係を啓に誤解されたとして、それがどうだっていうんだ。

「幸がいいなら、俺は一緒でいいけど?」

この話の流れで、しかも母親の前で、俺がこれ以上ごねて突っぱねられるわけがない。かくして俺は啓は一緒に風呂に入ることになった。
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