意地っ張りな俺とヘタレなあいつ

ちとせ。

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過去編④ 予兆

第十三話 心配するあいつ

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二人の関係を隠す隠さないでちょっとぎくしゃくしちゃったけど、啓たちに連れられてクラブへ行ったのはその日の夜だった。俺の気が変わらないうちに、ってことらしい。

啓たちがよく行くというクラブは、海外のセレブや芸能人もお忍びでやって来るらしい。エレベーター前はそのクラブ目当ての客が列を作ってたけど、啓たちは顔パスでしかも別のエレベーターで待たずに最上階まであがった。案内されたのはDJブースの真裏にあるVIP席でとにかく音が煩いし、ダンスフロアからは色とりどりの照明が漏れてきて目も痛い。

「なんか目がチカチカするし音もヤバい」

初クラブの感想を聞かれて正直に答えると、煌があはは……と笑う。

「その初々しい感想、いいなー。幸ちゃん、やっぱ可愛いなー」
「おい、煌!幸の名前呼んでいいとは言ったけどベタベタ触っていいとは言ってねえぞ」
「だって、これくらい近くじゃないと聞こえないもーん。ね、幸ちゃん?」

俺が幸ちゃんと呼ばれてるのは、外では姫と呼ばれたくないって俺が主張したからだ。いくらなんでも人前で姫と呼ばれるのは恥ずかしすぎる。そう言えば、啓も渋々折れてくれた。てかもう何処でも幸ちゃんでいいじゃんとも言ったけど、それは即却下された。

「幸ちゃん、酒は飲むんか?」
「え、飲んだことない」
「せやろな、幸ちゃんは真面目ちゃんやもんな」
「真面目ちゃん言うな」
「おい、瑠偉、お前も近すぎ! てかなんで幸の隣に煌と瑠偉が座ってんだよ。そこは俺の場所だろ?」
「なんや啓、おまえ心狭すぎや。幸ちゃんもそう思うやろ?」
「あーもう。お前ら幸から離れろって!」

煌や瑠偉が必要以上に幸ちゃん連発したり密着したりするのは、啓を揶揄って遊んでるだけだって俺でさえわかるのに。

「えー、幸ちゃんそっち行っちゃうのー」
「幸ちゃん戻ってきてー。啓弄って遊ぼ思てたのにー」
「啓は飲むの?」

不機嫌な顔をして座っている啓の隣にくっついて座ると、啓の顔が少し綻ぶ。

「……たまに?」
「たまにちゃうやろ。いっつもやん」
「そういう瑠偉だって」
「お前もな、煌」
「じゃあ俺も飲んじゃおっかなー」

本気で野球やってたあの頃とは違うし、煙草は一生やらないと思うけど、酒はちょっとくらいならいいかなって思ったんだけど……

「え?」
「えー?」
「まじか?」

三人全員に驚かれて、逆にこっちが驚く。

「なんで? ダメなの?」
「ダメじゃないよー。ちょっと意外だっただけ」
「ええやん。初クラブに初飲み。幸ちゃん、今夜は初体験だらけやな」
「瑠偉おまえキモい」
「いいよ、瑠偉は無視で」
「じゃあ最初はシャンパンで乾杯すっか。グラスは三人分で」
「なんでやねん。俺も数に入れろや。グラスは四人分や」

初めて飲んだシャンパンはすごく美味しくて、その後も何杯かお代わりした。そしたらなんかふわふわした気分になって、洪水みたいに溢れる音や光が心地よくなって、周りの熱狂や馬鹿騒ぎに煽られて、なんか超ハイになってはしゃいでた。

一番奥の隅っこにある席だったから、居心地がよかったってのもある。こっちからはダンスフロアを一望できるけど、向こうからは見えにくい構造になってて。俺はダンスなんてできないからずっとそこにいたんだけど、クラブの雰囲気は満喫できた。啓も、煌と瑠偉の二人もずっと一緒にいてくれて、すごく楽しかった。

それからは誘われるまま何回かクラブに通った。

その夜はちょうど隣の席が啓たちの顔見知りだったようで、隣から何人かこっちの席になだれ込んできた。なんかテレビや雑誌で見かけたような顔もあって、やっぱセレブの知り合いはセレブなんだなって感心してたら、啓たちがインターナショナルスクールへ行ってた頃のダチらしい。みんな英語で喋ってて何言ってんのか俺には全然わかんないし、もともと会話に割り込むつもりもないから俺はひとり隅っこで大人しくしてた。

啓が金髪の外国人の女の子とハグして頬にキスし合ってるのをぼんやりと眺める。外国人にとったらハグやキスは挨拶みたいなもんっていうけど、見てて気分のいいもんじゃない。俺はトイレにでも行ってこようと思ってひとり席を立った。啓にはひとりで行動するなって言われてたけど、すぐそこのトイレくらいならひとりで行ったって大丈夫だろう。

トイレから席に戻ろうとして、まだ啓たちのダチがいるのに気付く。唐突に俺はひどく場違いなところにいる気がして、啓たちのところへ戻るのをためらった。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけフロアに降りて時間を潰そう。そう思ったのがすべての間違いの始まりだった。

VIP席のエリアからDJブースの横にある短い階段を使い、ダンスフロアへ下りる。頭にがんがん響く大音量と忙しなく点滅する照明、熱気と香水でむせ返る匂いの渦の中をふらふら歩いていると、突然、何かに顔面から激突して、その反動で床に尻もちをついた。

「ぃってぇ……」

顔も痛いけど尻のがもっと痛い。

誰かにぶつかったんだと思って辺りを見回しても、それらしき人は誰もいない。代わりにあったのは「やだー、カッコわるー」「だっさー」という嘲笑だけ。

啓たちと一緒にいる俺が好奇の目で見られてることは初めからわかってた。啓はもちろん、煌と瑠偉の二人もそこにいるだけで他のやつらとはオーラが違う。有名クラブのVIP席で毎晩でも遊べるくらい金も持ってる。啓はモデルやってて顔も知られてるし、注目されてないわけがない。そんな啓たちの隣に俺みたいに平凡なやつがいたら逆の意味で目立つだろう。

だから誰かがわざとぶつかってきた。

「見てんじゃねえよ、バーカ」

くすくす笑って俺を見下ろしてるやつらに毒を吐いて立ち上がる。こんな嫌がらせ、痛くも痒くもない。ほんと言うと尻はまだ痛いけど。

「大丈夫?」

鬱陶しい視線をシカトして尻を擦っていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、男がひとり手にグラスを持って立っている。

「君、啓と一緒にいた子だよね?」
「ああ? あんたに関係ねえだろ」
「ちょっと待ってよ」

さっさと立ち去ろうとしたら、手首を掴まれて引き止められた。周りに俺の見方なんていない。男に絡まれてる俺を見ていい気味だと笑ってるか、我関せずなやつらばかり。

「啓とはどういう関係?」
「だーかーらー、あんたに言う必要ねえだろ?」
「君、可愛くないって言われない?」
「よく言われる」

にやりと笑えば、男は眉間に深い皺を刻んだ。

正直言って余裕なんてなかったし、早くその場を立ち去りたかった。強気な返事をしてたのは、甘く見られたら男を余計につけあがらせるだけだと思ったからだ。挑発するつもりなんてなかった。

「調子に乗ってんなよ」
「ぐぅっ、」

いきなり腹にストレートを喰らい、俺の意識はそこで途切れた。





「が、はっ、」

息苦しさに目が覚めた。見覚えのない、どこか薄暗い場所に寝かされているようだった。

「お、やっと起きたか。ほらもっと飲め」
「うぇっ、……ぅぐっ」

無理やり口を開けさせられ、酒を流し込まれた。咳き込んで吐いてはまた無理やり飲まされる。熱くて堪らないのに、息がうまくできなくて。苦しい。

「やーっと効いてきたかな?」
「おー、なんかエロい感じに仕上がったじゃん」
「男なんてムリって思ったけど、なんかいけそうだわ、俺」

複数の男たちの声がして、体を拘束される。

「さ、わんなっ」
「おっと……なんだ、まだ元気あるじゃねえか」
「こんくらい抵抗してくれた方が俺はヤる気でるからいいけど」
「っ、んなよっ」
「まだ意識あるうちに、なんでこんなことになってんのか教えといてやるよ。俺って親切だから」

俺の腹の上に馬乗りになっている男が、気味の悪い笑いを浮かべている。

「君さー、いろんなやつに恨まれてんだよ。君がここに来る前はさ、啓たちの席に色んな女の子が呼ばれてたわけ。高級な酒がばがば飲んでバカ騒ぎしてさー。その後はもちろんお持ち帰り。いいよなー、顔にも金にも恵まれてるやつは、どんな可愛い子でも選び放題でさー。それが、ここんとこずっと姿見せないと思ったら、今度は君みたいな冴えないやつ連れてきた。それだけでもビックリなのに、三人がかりで君のことちやほやして、だーれも寄せ付けない。そりゃみんな頭にくるよね?」

頭が朦朧として、視界も歪む。

「だから俺らが頼まれたってわけ。君をちょーっとだけ痛い目に合わせて退場させてくれってさ」
「おまえ話なげえよ。早くヤっちまおうぜ」
「俺もう我慢できねえ」

そう言ってズボンを下ろしにかかった男と、俺のシャツを乱暴に脱がそうとする男。そして、いまだ薄気味悪い笑みを浮かべて俺を見下ろしている男。

俺、こんなやつらにヤられんのか。ひとりでトイレなんか行かなきゃよかった。啓の言うことちゃんと聞いとけばよかった。啓、俺やだよ。こんなやつらにヤられんのやだ。けどもう意識を保っていられない。

啓、……ごめんね。





次に目が覚めたとき、俺は病院のベッドに寝かされていた。傍らにはパイプ椅子に座ったままベッドに突っ伏して眠っている啓の姿があった。俺を心配して付き添っていてくれたんだろう。

「啓……」

あの後すぐに俺は意識を飛ばしてしまい、どうなったのかわからない。けど、ヤられはしなかったんじゃないかと思う。だって体は少し強張ってるけどそれは寝すぎたあとの感じに似てるし、他に異常は感じない。たぶん酒になんか薬が混ざってたんだと思うけど、今は頭もすっきりしている。

「啓、ごめん。言うこと聞かなくて」

啓の頭を撫でようと手を伸ばしかけたとき、啓の肩がぴくりと揺れた。

「ん、……ゆ、き?」
「うん」
「幸っ! 幸……、幸……、幸……」

目が合った途端、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。啓の匂いはすごく懐かしくて、すごく安心する。

「啓、心配かけてごめん」

少し震える腕の中に俺を囲ったまま、啓は何も言わない。

「ごめん、啓……ごめん」

俺もそれしか言えなくて、二人で抱き合ったまま。煌と瑠偉が病室に入ってくるまで、ずっとそうしていた。


*   *   *


後で啓たちから聞いた話によれば、俺が気を失った後すぐに啓たちが助けに来てくれたらしい。俺が監禁されてた部屋はクラブの地下にあるVIPルームの一つで、ドアに鍵を掛ければ密室になる仕様だそうだ。

俺が席にいないことに気付いた啓は俺を心配してクラブ中探し回り、どうやら俺が男たちに連れて行かれたらしいと聞き出した。その後は地下のVIPルームに当たりをつけ、従業員に指示して片っ端から部屋の鍵を開けさせ、俺を発見した。って話だ。

俺が失神したのは酒に睡眠薬を混ぜたものを大量に飲まされたため、また一時的であれ意識の混濁や昏睡状態に陥ったのは強い酒を浴びるほど飲まされたことによる急性アルコール中毒だと診断された。結果、俺を襲った三人は暴行罪ではなく障害罪で逮捕され、起訴されることになった。俺を襲うよう指示した女の子たちも事情聴取を受けたらしいけど、その後どうなったのか俺は知らない。

こんな大事になるなんて思わなかった。啓たちや家族に心配かけて、俺は心の底から反省した。未成年のくせに酒を飲んだりした俺がバカだった。てか調子に乗って啓たちとクラブなんかに行ったのがそもそもの間違いだった。クラブにはもう二度と行かないし、成人するまでは絶対に酒は飲まないと誓った。
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