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押し殺していた願い2
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「またバレーをやるそうですよ」
春日さんは嬉しそうに大声で報告した。
にわかには信じられなかった。わずか十分ほどで説得できるのか。真希に憧れて高校を選びましたと言われても、真希の性格上困った顔をするだけで、じゃあやりますとはならないはずだ。
「やらないよ」
春日さんの一方的な宣言を聞いた真希は案の定、冷静に否定した。
春日さんは驚いた表情を浮かべ、後ろの真希を見上げた。
「何でですか、ここまで来たのに」
「皆の前ではっきり言ったほうがいいかな、と思って一緒に来ただけ」
そう言うと真希はこの場にいる五人全員の顔を見つめた。
「私がまたバレーをやることを期待してるなら悪いんだけど、私はもうバレーはやらないって決めてるの。これだけははっきりさせたくて。ごめん、邪魔したね」
一方的に話したいことを話して、真希は踵を返し足早に体育館を出ていってしまった。
春日さんもここまで取り付く島もないと思わなかったのか、放心状態になっている。
春日さん、私が声をかけようとしたところで、両手を強く握りしめ、微かに震えているのが分かった。
「どうしてですか。王木先輩はバレーが好きだったんじゃないんですか。好きでもないスポーツで将来有望とまで言われるような選手になるわけないじゃないですか。どうしてあんなにあっさりやめちゃうんですか」
「春日さんは知らないでだろうけど、華々しい舞台の裏にはいろいろあるんだよ」
「水上先輩は何か知っているんですか」
春日さんは少しだけ涙を浮かべながら私の顔を見つめた。
「真希とは幼い頃からの親友。ずっとね。だから何でやめたかも知っている」
春日さんは私の元に駆け寄り、両手で肩を強く掴んだ。
「そんなに長い付き合いなのに、どうして放っておくんですか。好きだったバレーをやめてしまった理由は私には分かりませんけど、このままでいいんですか!」
最初は冷静に喋っていたが、最後のほうはほとんど絶叫のようになり、春日さんがヒートアップしていく。
「いいわけないでしょ!」
私のあまりの声の大きさに春日さんは驚いたのか、肩を掴んでいた手を離し私は解放された。私もまた自分の声の大きさに驚いた。
私は気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
「いいわけないでしょ。十年以上の付き合いだよ、十年以上の親友なんだよ。真希がどれだけバレーが好きで、勝つことが好きで、どれだけ頑張って練習して……。自分が強くなるためにはどんなことも厭わない、経験値の差で上級生に負けてもそれを糧にもっと強くなって、それだけバレーが好きで……」
私と莉菜とバレーをするのが好きで……。
「バレーをやめるときどれだけ苦しんでいたか、私が一番知っている。一番近くで見てきた。そしてまだバレーが好きで、バレーをやりたい、諦めきれないと思っていることも、私が一番知っている」
ずっと胸の中に溜め込んでいた真希への想いは一度吐き出されると、私自身で止めることができなかった。中学のあの日から、高校に入って今日までずっと真希を見てきた。三年近くの想いを初めて口にした私は、ようやく自分がどうしたいのか、真希にどうなって欲しいのか、素直に自分の気持ちと向き合えた気がした。
今この場で私がやるべきことは一つだ、私は覚悟を決め、真希を追って体育館を出た。
真希が体育館を出ていってから少し時間が経っていた。もしかしたら、すでに帰宅してることも考えられる。その場合、家に押しかけ、無理にでも話をつける気でいた。今の覚悟は明日になればしぼんでしまうだろう。今まで何もできなかったのに、それが明日まで維持できるはずがない。
階段を駆け上がり、真希の教室を覗くと鞄がなく、すでに帰宅したようだ。
「水上さん、どうしたの」
後ろから声をかけられた。振り返ると、真希のクラスメイトだった。
「高木さん、真希見なかった」
「ついさっき下駄箱近くで見たよ」
「ありがとう」
私は聞くや否や、三年生が使う下駄箱へ走りだした。階段を数段飛ばしながら駆け下り、廊下を全速力で走り抜ける。目撃情報のあった下駄箱にたどり着くと、真希がちょうど靴を履き替えようとしていた。
私は後ろから無言で真希の右手を力強く握って引き留めた。
引き留められることはある程度予想していたのか、真希は特に驚く様子もなく、落ち着いて振り向いた。
「春日さん、あのね」
真希は引き留めに来るのは、新入生でファンだと宣言した春日さんだと思っていたのか、思わぬ人物だったために目を丸くした。
「奈緒、どうしたの」
「どうしたの、じゃないよ。引き留めに来たんだよ」
真希はしばらくの間、黙り込んだ。その間逃げられないように私は掴んだ手にさらに力を入れた。沈黙に耐えられず私が口を開いた。
「また一緒にバレーをやろうよ」
「やらないよ。私がやめた理由、奈緒なら知ってるでしょ」
「知ってるよ。決定的な瞬間に居合わせたんだから」
「だったら何で」
真希の声に少し怒気が含まれるようになっていた。理由を知らない人ならまだしも、理由をよく知る私が引き留めに来たことに苛立ちを隠せないでいるのだろう。
「また一緒にバレーをやりたいと、ずっと思ってた。だから、今こうして」
「今さら、なんで」
真希はさらに声を荒らげ、私の言葉を遮った。
「ずっとそう思ってたなら、もっと早くに誘えばよかったじゃん。今さらだよ」
「去年までの同好会に真希を誘っても雰囲気が合わなくて苦しめてたと思う」
真希はバレーを愛していたのは当然だが、試合と勝利もまた愛している。そんな真希が大会に出ない同好会に入ったところで、きっと悶々とした日々を過ごすことは目に見えていた。
「でも最高学年になり活動の方針は自分たちで決められる。それに、偶然だけど、やる気があって強そうな新入生が一人、経験者が二人も入った。私と良子もいる。土台が揃った。だから今、誘いに来た」
真希が手を振りほどこうと乱暴に手を引っ込めたが、私は力を緩めず依然掴んだままでいる。この手は絶対離さない。
「高校に入ってからボール触ってないし、もう全然……」
「何でそんな嘘を言うの。週末に大学生とバレーやってるんでしょ。予備校の帰り毎週見かけてるよ」
真希の拒絶の理由に対して食い気味に否定する。
「本当はまだバレーが好きで、バレーをやりたくて仕方がないんでしょ。だから莉菜と絶対に顔を合わせることのない大学でバレーをやってるんでしょ」
「知ってたんだ。でも、やらないよ」
「どうして。これだけ土台もあって、何より真希はまだバレーが好きなんでしょ」
真希は少し目を瞑ってから首を横に振った。
「駄目なんだよ。あのときの莉菜の表情が、言葉が、目の中の怒りが、こびりついていて、いまだに思い出しちゃう。莉菜と同じ舞台にはもう立てない……」
莉菜、莉菜、莉菜……。莉菜の名前ばかり聞いて、私の中で何かが弾けた。
「莉菜のことはもうどうでもいいでしょ!」
真希は目を見開き、怒りからか少し手が震えていた。
「どうでもよくないよ。ずっと友達だったのに、あんなことになっちゃって」
「今ここに莉菜はいないんだよ! 今ここにいるのは私! 私たちのことを、私のことをちゃんと見て!」
私は真希の手を離し、今度は真希の顔を両手で挟むように掴み、真希の目をじっと見つめた。
「奈緒を?」
「そう、私を。昔の、あのときの莉菜のことじゃなくて。私はまた一緒にバレーをやりたい、同じコートに立ちたい、バレーをやっている真希が見たい、楽しそうな真希が見たい、ずっとそう思ってきた。あの日から三年間ずっと自分を押し殺してきた。私の真希への想いと、真希自身の想い、素直に向き合って」
真希が涙を一筋流し、私を強く抱きしめた。
「あの日からずっと莉菜のことばかり考えていた。でもあの日から近くで見守ってくれてたのは奈緒だったね。何も言わず、親友でいてくれた。近くて、当たり前で、もしかしたら大事な奈緒のことをおざなりにしてしまっていたのかもしれない。ありがとう。そんなふうに思ってくれていたんだ。私莉菜のことばっかり考えてた」
真希が私の顔をしっかり見据えた。
「やるよ、バレー。また一緒にやろう」
私もまた喜びが溢れ、真希を強く抱きしめた。
「じゃあ、改めて。三年、王木真希です。よろしく」
その後体育館に戻り、真希が同好会に加わることを宣言した。
「春日陽菜です。王木先輩に憧れてこの高校を選びました。よろしくお願いします」
春日さんは満面の笑みを浮かべ、真希と力強く握手を交わした。
「北村薫です」
「双海夕美です」
新入生二人は入部早々にちょっとした騒ぎに巻き込まれてしまい少し戸惑っているようだ。
私の願いが叶い真希が復帰した。私は満足気に真希と部員を見やった。
春日さんは嬉しそうに大声で報告した。
にわかには信じられなかった。わずか十分ほどで説得できるのか。真希に憧れて高校を選びましたと言われても、真希の性格上困った顔をするだけで、じゃあやりますとはならないはずだ。
「やらないよ」
春日さんの一方的な宣言を聞いた真希は案の定、冷静に否定した。
春日さんは驚いた表情を浮かべ、後ろの真希を見上げた。
「何でですか、ここまで来たのに」
「皆の前ではっきり言ったほうがいいかな、と思って一緒に来ただけ」
そう言うと真希はこの場にいる五人全員の顔を見つめた。
「私がまたバレーをやることを期待してるなら悪いんだけど、私はもうバレーはやらないって決めてるの。これだけははっきりさせたくて。ごめん、邪魔したね」
一方的に話したいことを話して、真希は踵を返し足早に体育館を出ていってしまった。
春日さんもここまで取り付く島もないと思わなかったのか、放心状態になっている。
春日さん、私が声をかけようとしたところで、両手を強く握りしめ、微かに震えているのが分かった。
「どうしてですか。王木先輩はバレーが好きだったんじゃないんですか。好きでもないスポーツで将来有望とまで言われるような選手になるわけないじゃないですか。どうしてあんなにあっさりやめちゃうんですか」
「春日さんは知らないでだろうけど、華々しい舞台の裏にはいろいろあるんだよ」
「水上先輩は何か知っているんですか」
春日さんは少しだけ涙を浮かべながら私の顔を見つめた。
「真希とは幼い頃からの親友。ずっとね。だから何でやめたかも知っている」
春日さんは私の元に駆け寄り、両手で肩を強く掴んだ。
「そんなに長い付き合いなのに、どうして放っておくんですか。好きだったバレーをやめてしまった理由は私には分かりませんけど、このままでいいんですか!」
最初は冷静に喋っていたが、最後のほうはほとんど絶叫のようになり、春日さんがヒートアップしていく。
「いいわけないでしょ!」
私のあまりの声の大きさに春日さんは驚いたのか、肩を掴んでいた手を離し私は解放された。私もまた自分の声の大きさに驚いた。
私は気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。
「いいわけないでしょ。十年以上の付き合いだよ、十年以上の親友なんだよ。真希がどれだけバレーが好きで、勝つことが好きで、どれだけ頑張って練習して……。自分が強くなるためにはどんなことも厭わない、経験値の差で上級生に負けてもそれを糧にもっと強くなって、それだけバレーが好きで……」
私と莉菜とバレーをするのが好きで……。
「バレーをやめるときどれだけ苦しんでいたか、私が一番知っている。一番近くで見てきた。そしてまだバレーが好きで、バレーをやりたい、諦めきれないと思っていることも、私が一番知っている」
ずっと胸の中に溜め込んでいた真希への想いは一度吐き出されると、私自身で止めることができなかった。中学のあの日から、高校に入って今日までずっと真希を見てきた。三年近くの想いを初めて口にした私は、ようやく自分がどうしたいのか、真希にどうなって欲しいのか、素直に自分の気持ちと向き合えた気がした。
今この場で私がやるべきことは一つだ、私は覚悟を決め、真希を追って体育館を出た。
真希が体育館を出ていってから少し時間が経っていた。もしかしたら、すでに帰宅してることも考えられる。その場合、家に押しかけ、無理にでも話をつける気でいた。今の覚悟は明日になればしぼんでしまうだろう。今まで何もできなかったのに、それが明日まで維持できるはずがない。
階段を駆け上がり、真希の教室を覗くと鞄がなく、すでに帰宅したようだ。
「水上さん、どうしたの」
後ろから声をかけられた。振り返ると、真希のクラスメイトだった。
「高木さん、真希見なかった」
「ついさっき下駄箱近くで見たよ」
「ありがとう」
私は聞くや否や、三年生が使う下駄箱へ走りだした。階段を数段飛ばしながら駆け下り、廊下を全速力で走り抜ける。目撃情報のあった下駄箱にたどり着くと、真希がちょうど靴を履き替えようとしていた。
私は後ろから無言で真希の右手を力強く握って引き留めた。
引き留められることはある程度予想していたのか、真希は特に驚く様子もなく、落ち着いて振り向いた。
「春日さん、あのね」
真希は引き留めに来るのは、新入生でファンだと宣言した春日さんだと思っていたのか、思わぬ人物だったために目を丸くした。
「奈緒、どうしたの」
「どうしたの、じゃないよ。引き留めに来たんだよ」
真希はしばらくの間、黙り込んだ。その間逃げられないように私は掴んだ手にさらに力を入れた。沈黙に耐えられず私が口を開いた。
「また一緒にバレーをやろうよ」
「やらないよ。私がやめた理由、奈緒なら知ってるでしょ」
「知ってるよ。決定的な瞬間に居合わせたんだから」
「だったら何で」
真希の声に少し怒気が含まれるようになっていた。理由を知らない人ならまだしも、理由をよく知る私が引き留めに来たことに苛立ちを隠せないでいるのだろう。
「また一緒にバレーをやりたいと、ずっと思ってた。だから、今こうして」
「今さら、なんで」
真希はさらに声を荒らげ、私の言葉を遮った。
「ずっとそう思ってたなら、もっと早くに誘えばよかったじゃん。今さらだよ」
「去年までの同好会に真希を誘っても雰囲気が合わなくて苦しめてたと思う」
真希はバレーを愛していたのは当然だが、試合と勝利もまた愛している。そんな真希が大会に出ない同好会に入ったところで、きっと悶々とした日々を過ごすことは目に見えていた。
「でも最高学年になり活動の方針は自分たちで決められる。それに、偶然だけど、やる気があって強そうな新入生が一人、経験者が二人も入った。私と良子もいる。土台が揃った。だから今、誘いに来た」
真希が手を振りほどこうと乱暴に手を引っ込めたが、私は力を緩めず依然掴んだままでいる。この手は絶対離さない。
「高校に入ってからボール触ってないし、もう全然……」
「何でそんな嘘を言うの。週末に大学生とバレーやってるんでしょ。予備校の帰り毎週見かけてるよ」
真希の拒絶の理由に対して食い気味に否定する。
「本当はまだバレーが好きで、バレーをやりたくて仕方がないんでしょ。だから莉菜と絶対に顔を合わせることのない大学でバレーをやってるんでしょ」
「知ってたんだ。でも、やらないよ」
「どうして。これだけ土台もあって、何より真希はまだバレーが好きなんでしょ」
真希は少し目を瞑ってから首を横に振った。
「駄目なんだよ。あのときの莉菜の表情が、言葉が、目の中の怒りが、こびりついていて、いまだに思い出しちゃう。莉菜と同じ舞台にはもう立てない……」
莉菜、莉菜、莉菜……。莉菜の名前ばかり聞いて、私の中で何かが弾けた。
「莉菜のことはもうどうでもいいでしょ!」
真希は目を見開き、怒りからか少し手が震えていた。
「どうでもよくないよ。ずっと友達だったのに、あんなことになっちゃって」
「今ここに莉菜はいないんだよ! 今ここにいるのは私! 私たちのことを、私のことをちゃんと見て!」
私は真希の手を離し、今度は真希の顔を両手で挟むように掴み、真希の目をじっと見つめた。
「奈緒を?」
「そう、私を。昔の、あのときの莉菜のことじゃなくて。私はまた一緒にバレーをやりたい、同じコートに立ちたい、バレーをやっている真希が見たい、楽しそうな真希が見たい、ずっとそう思ってきた。あの日から三年間ずっと自分を押し殺してきた。私の真希への想いと、真希自身の想い、素直に向き合って」
真希が涙を一筋流し、私を強く抱きしめた。
「あの日からずっと莉菜のことばかり考えていた。でもあの日から近くで見守ってくれてたのは奈緒だったね。何も言わず、親友でいてくれた。近くて、当たり前で、もしかしたら大事な奈緒のことをおざなりにしてしまっていたのかもしれない。ありがとう。そんなふうに思ってくれていたんだ。私莉菜のことばっかり考えてた」
真希が私の顔をしっかり見据えた。
「やるよ、バレー。また一緒にやろう」
私もまた喜びが溢れ、真希を強く抱きしめた。
「じゃあ、改めて。三年、王木真希です。よろしく」
その後体育館に戻り、真希が同好会に加わることを宣言した。
「春日陽菜です。王木先輩に憧れてこの高校を選びました。よろしくお願いします」
春日さんは満面の笑みを浮かべ、真希と力強く握手を交わした。
「北村薫です」
「双海夕美です」
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私の願いが叶い真希が復帰した。私は満足気に真希と部員を見やった。
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