【本編完結】明日はあなたに訪れる

ぶんゆ

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理央の家で過ごした週末から約1ヶ月。
世間は4月に入って心地いい気候になってきた。

ちなみに理央とはあれからほとんど会えていない。
連絡は取りあっているが実物を目にしたのは偶然撮影場所が同じですれ違った1回、のみ。
そもそも土日とか平日とかあってないような仕事なんだから当然の話で、2日も休みが被ったあの時がレア中のレアだったのだ。
全然寂しくないといえばまあ嘘になってしまうが、このくらいの期間ならなれたもの。
そんなこんなで今日も元気に撮影スタジオを駆け回っているおれである。


隼人の撮影がひとつ終わり着替えを待つ間、挨拶ついでに片づけを手伝う。機材類は壊すのが怖すぎるのでそれ以外を。

そこそこの重さのケースを指定された場所に運んでバキバキと腰をのばしていると、トントンと肩が軽くたたかれる。振り向くと今日お世話になったカメラマンさんが立っていた。

「あ、三浦さん。今日もありがとうございました。」

「うん。塩沢君もおつかれ」

清潔感のある髪型に黒ぶちメガネ。
何度か一緒に仕事をしているこの人は、ちょっと変わった人が多いカメラ業界において常識的なひと…に見える、のだが。

「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」

手渡されたのは名刺。もちろん書いてある名前と肩書は「カメラマン 三浦彰浩」。あと連絡先。
いたって普通の名刺のなだが。

問題は、おれがこの名刺をすでに5枚は持っていることである。

「僕に撮らせてくれる気になったらいつでも連絡してね」

このセリフも少なくとも5回は聞いたことになる。
連絡しないのは名刺をなくしたからじゃないんだけど…

「何度も言ってますが私はただのマネージャーなので」

「職業とか肩書とか関係ないでしょ。ただ僕が撮りたいだけだよ。
君をモデルに撮れば今までない作品ができる気がするからね」

会うたびにおれを撮りたいと言ってくるこの人の、一番厄介なところは下心が全くないところだ。あくまで純粋な好奇心とでもいえばいいか。
下心があれば過去のナンパ野郎のように適当にそこそこ手ひどくあしらえばいいだけ。でもそうじゃないのだからなかなか無下にできない。

「前より大人びた君をぜひもう一度撮らせてもらいたいね。」

じゃっ、とカメラを肩にかけて出口へ向かっていく三浦さん。
そう、実は数年前に一度だけ彼に撮ってもらったことがあった。

隼人の相手役だったはずの女性モデルがケガしたとかで来れなくなって、
カメラマンであった三浦さんのなかば無理やりな指名でおれが代役になったんだ。

浴衣の企画だったから丈のながい女物を着て口紅をつけて
顔の上半分が隠れる狐のお面をつけさせてもらった。
できるだけ喉仏を映さないように、とかほぼ隼人と変わらない身長を低めに見せるように、とか
様々な制約があって難しかっただろうに
彼はそれが大層面白かったらしい。
それから今に至るまでなぜかおれにご執心だ。

(やっぱこう、才能にあふれてる人ってのは変わった人が多いよなあ)

金髪の高身長の男を頭に思い浮かべつつ
通算6枚目の名刺をひらひら振りながら隼人の楽屋に向かうことにした。


「おっはやと!…って、あ?」

私服に着替えてこちらに向かってくる隼人の横で手を振るデカい影。

「ゆぅきぃ~」

「りお」

とりあえず再会のハグを一発。

「おつかれ雪くん。
リオくんもここで今から撮影なんだって~そこで会った」

頭を上げて久々の顔に話しかける。

「今から?」

「一応。早く入ったからまだ待機中だよ」

「そっか」

久々の理央の匂い。落ち着く……

「おふたりさ~ん。仲がよろしいのはいいですけどね、ここ廊下だから~」

ふむ。確かにもっともだ、と隼人の言うことを聞いて腕の中からでる。

「あっ……」

名残惜しそうな理央に隼人が「そうだ!」と声をかけた。

「リオくん、ドラマ出演おめでとう!」

「ん?ああ!ありがとう。二人にも早く教えたかったんだけど、そういうわけにもいかなくて…」

そういえば、
昨日、新しい連続ドラマの発表があって。そこに彼の名前も載っていたことで隼人とふたりで大騒ぎしたのだ。

「ちゃんと分かってるから大丈夫だよ」

「そうそう。応援してるよ!」

理央は照れたようにありがと、と笑った。

「で、ゆきは手に何持ってんの?」

「あ、」

やべ、三浦さんの名刺持ったまんまだった。
そっとポッケに入れようとすると、すかさず理央に抜き取られてしまった。

「名刺…?誰これ」

「あ~三浦さんかあ…」

横から理央の手元を覗いた隼人があちゃーという顔をする。あの人と会う時=隼人の撮影なのでもちろんモロモロ知っている。

「えっと、今日のカメラマンさん」

「ホントだよ~」

隼人のフォローが入る。

「…ふーん?まあ没収ね。」

まさかの4つ折りにされて理央のポケットに突っ込まれる名刺。
お前そのまま洗濯したりするなよ…
あさっての方向を心配しながら大人しく頷いておく。
そしたら理央も満足げに笑ってもう一度抱き締めてくれた。

「じゃあ、俺そろそろ行くね」

小走りで来た道を戻っていく背中を見送って
短い逢瀬は終わりを告げた。

**

次の仕事場への移動の車内は自然と理央の話題になった。
ドラマの話やプライベートの話をしていてふと思い出す。

「そういや理央の食生活が心配すぎるんだよね~」

「えー?」

「言わなきゃ食べなかったり栄養偏ってたりさ~。
隼人、食事管理表とかみせてやってよ」

「え~??」

ぐりっと首を傾げる隼人。

「え、そんなに嫌なの、」

「いやいや、そうじゃなくてさ。…うーん、リオくんってそういうとこしっかりしてたと思うんだけど。逆に管理表見せてもらって参考にしたこともあるし。」
「なんならこの間ご飯行ったときもメニューとにらめっこしながら細かく考えてたよ?」

「……それいつの話?」

「1ヶ月前とか。」



は??
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