【本編完結】明日はあなたに訪れる

ぶんゆ

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1日のスケジュールが終わり、先生と別れたその足で売店に寄ると言った理央と別れ、先に病室に帰ってくる。

ベッドの上に放置していたボストンバッグのチャックを滑らせる。
パカっと口を開けたそこから、取り敢えず今夜必要なモノを取り出していく。
歯ブラシとタオルと、病院着、、真っ白なシーツの上に重ねていく。
前回の入院の時、自前のパジャマで過ごすと洗濯やらが面倒くさいと学んだので、今回は理央の分は病院のレンタルを利用させてもらうことにした。

タオルは脱衣所に持っていって適当なところにかけておく。
歯ブラシやコップもセットし終わったところで、カラカラと扉を開ける音がする。ひょこっと顔だけ出せば、それに驚いて軽く身を引いた理央がいた。
ちなみにここの間取り的には出入り口から数歩入った左手に洗面所がある。その正面にクローゼット、その先にベッド、といった感じ。
まあつまり、至近距離でいきなり顔を出したもんだから驚かせてしまったようだ。

「ごめん、びっくりさせた」

「いや、いいけど」

ぽてぽてと入ってきて、部屋の奥へと進んでいく長身に続く。
売店で買ってきたらしい小さい塊を、ベッド横の低い戸棚の上に置く。

「何買ってきたの?」

そう問えば、お、声をと零して再びソレを持ち上げておれの目前に掲げてみせる。

「これ、カワウソ」

「…え?」

確かにそれはカワウソだった。
気持ちよさそうなタオル生地で作られた、間抜け顔の。

「ぬいぐるみ…?」

なにも考えてなさそうな丸い目がじっと見つめてくるので、見つめ返してみる。

「うん!かわいかったから」

「や、可愛いけどさ」

なんで???

「入院期間中はさ、俺だけ検査に行ったりしてゆきを独りにしちゃうことがあるでしょ。だから」

「…おれが寂しくないようにってこと?」

「そ。それに、寂しさで他の奴を頼ったりしないように!」

なんじゃそりゃ。
なんでどや顔なの。
まったく、もう…。

「…んふ、ははっ!そっか、ありがと!」

「うん!…でもさ、それ買うとき子供へのお土産だと思われたのか、すんごい生温かい目で見られた」

「あははっ!私服だしね!そりゃそうだ」

「あとね…__」



入院生活1日目は、拍子抜けなほど呑気に平和に過ぎていった。



入院生活2日目。

いつもより少し遅めの時間に起床した理央は、隣におれが寝ていることにいたく感動していた。知ってたはずなのに。
前回は病室ってだけで目覚めるなりテンションが下がっていたから、そこにゆきがいるだけで幸せ、だという。
前回、もう少し早い時間に来ていれば良かったか、と後悔。
懺悔の代わりに少し強めに抱きしめ返した。

運ばれてきた朝食を食べる理央の横で、昨日買っておいたサンドイッチを頬張った後は、看護師さんに検温やら採血やらをされている理央を見守る。

問題ないということで、指示された病棟に移動して専門の先生に説明を受ける。部屋を移りベッドに横たわって治療を受ける。
その数時間の間、横で手を握ってのんびりと2人で会話を続けた。

その日の予定はほぼそれだけで、あとは病室でゆっくり過ごした。


入院生活3日目。

今日はトレーニングを主としたプログラムが組まれているようで、10時ごろから理央は例のトレーニング施設に向かった。
おれはおれで、稲葉先生とのお話があったので、そのことに不満げな彼を見送った後相談室に向かった。

「失礼します」

「はい」

相変わらずシンプルな室内で今の進行状況の説明やこの一週間で受ける治療の大まかな説明を受ける。
出来るだけかみ砕いてくれているものの、やはりおれには小難しい話を必死で理解しようと耳を傾けていると、あるひとつの情報を手に入れる。

「え…、それホントですか」

「ええ、今朝のニュースでも取り上げられていましたよ」

それは、うっすら案が作られていただけだった『生前臓器譲渡・移植制度』について。大勢の人の希望となるであろうこの制度が、ここ最近急速に世間の注目を集め、本格的に議論されだしたという。

「順調にいけば、この先1,2年の間には実用されるようになるのではないかと言われています」

「1,2年……」

十分長くも、ひどく短くも感じられる期間だった。

「人ひとりの命を救う代わりに違う誰かの命をなくす可能性が高い制度ですから…そう簡単にはいかないとは思いますが、希望を持つことは咎められるわけがありませんから」

「はいっ…」



入院4日目。

「_りお?おはよう…おはよう」

何度も呼びかけるがその目が開くことはない。微かに眉間にしわが寄るから取り乱すようなことではないが、こうして目覚めないのが久々なのでどうしても心がざわつく。

定刻になって検温にやって来た看護師さんに、呼吸は落ち着いているが目を覚まさないことを伝える。彼が何度か「塩沢さん」と声を掛けながら起こそうと試みるがやはりその目を開けることはない。
検温の結果は少し高いぐらいで異常というほどではなかった。
先生に伝えておく、と言い残して看護師さんが去っていってしばらくすると、稲葉先生がやってきて診察をしてくれる。

「ん~…これと言って異常があるわけではないですね。昨日の治療の副作用でだるさなどが出ることがあるので…。とりあえず安静にしておきましょう。今日の予定はなしで」

「わかりました」

先生は微笑んで病室を後にした。

お昼ごろ。
まだ眠ったままの理央の横でもそもそサンドイッチを食んでいると、正彦さんと雪子さんがやって来た。

「正彦さん、雪子さん!お久しぶりです」

「急にごめんね」

「いえいえ、いつでも!…あ、でも今日、実はずっと眠りっぱなしで…」

驚いた顔をする雪子さんと怪訝そうな顔をする正彦さん。

「それは…理央が、かい?」

「はい…」

「大丈夫なの…?」

「これまでも何回かあって、今日も担当のお医者さんに診てもらったら異常はないので安静にということで…。とりあえず入られてください」

そっとベッドをのぞき込む2人。

彼らは、愛する息子を毎日きっと死ぬほど心配しているだろうに、おれの立場や気持ちを気遣ってか連日見舞いに来ることはしない。
人を気遣い優しい、理央の両親らしい人たちだ。だからこそ不安や心配を与えてしまったことが酷く心苦しかった。

3人で話をして空が赤くなり始めたころ、また数日後に来るという2人をひとりで見送った。

それと入れ違いになるように聴診器を首にかけた先生が顔を出す。
しばらくおれの話し相手になってくれたあと、優しく理央を起こしにかかる。
少しして、ようやく目を覚ました理央に、本気でほっとする。
本人は寝ている間に過ぎていた時間に驚いていた。
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