空室あります

ぶんゆ

文字の大きさ
2 / 18
1章

2話

しおりを挟む
山本さんには可愛い奥さんがいます。

山本さんの下の名前は権蔵さんというのですが、奥さんは昔から『ごんちゃん、ごんちゃん』と彼を呼びます。

ちょっと奮発して美味しいものを食べに行った時も『ごんちゃん、おいしいわね』と言うし、山本さんに怒っている時も『ごんちゃん、分かってるの!?』と言います。

山本さんと奥さんは同い年で学生時代からの知り合いです。昔は『ごんちゃん』なんて可愛らしい呼び名が嫌でよく怒鳴っていましたが、恋人になって結婚して長い年月を共にしているうちに、とても愛しいものに思えるようになりました。

さて、そんな山本さんは今、ちょうどその奥さんに関係することでとても困っていました。

「ああ、こまったね」なんて一言で終わらせられるようなことじゃなくて、一晩も二晩も眠らず考え続けてしまうような困りごとです。

道をとぼとぼ歩きながらウンウンと頭を抱えていた山本さんは、きゃあきゃあと楽しそうに駆けてきた学校帰りの小学生たちにほんの少しぶつかってしまいました。
「おっと、ごめんね」
そう声を掛けましたが、子供たちは何事もなかったかのようにあっという間に遠ざかって行きました。

大きな声で何かを言い合いながら去っていく背中を微笑ましく見守っていた山本さんですが、揺れるカラフルなランドセルを見てハッとして、こう零しました。

「”おまじない”……」

もう何十年も前のこと。あの子達のようにランドセルを背負って走り回っていた子供時代。ランドセルは今ほどカラフルではなかったけれど、町にはもっと緑があって虫も鳥もいました。隣で大口を開けている友と、微笑んで見守っている大人たちと、沈む夕日にカエレカエレと促すカラスの鳴き声。ほんわかと温かい思い出の中で、少年だった山本さん達が仲間内でこっそりと大切にしていたものがありました。それ自体がなんとも不思議で面白いものでしたし、何より「大人に知られてはいけない」という決まりがまた少年たちのワクワク心に火をつけます。「お前かあちゃんに言ってないか?」「あたりまえだろ」なんて会話をしょっちゅう繰り返して毎日わくわく、そわそわと過ごしていました。

実体として手に取るモノはなにもなくとも、心の内にあるだけで日々が何倍も楽しく思えた『おまじない』

どうして忘れていたんだろう、と思うくらいその記憶が鮮やかに山本さんの頭に浮かび上がります。

「ふむ…さらの神社のカミサマ、困った時に助けてくれるカミサマ、だったけか」

そう、確かあのおまじないは自分にぴったりだったはず。

山本さんは町の中心にある古びた建物を閉じた瞼の裏に思い描きました。

それは山本さんが生まれるより前からそこにある神社なのですが、『さらの神社』という名前を掲げていながらも神職がひとりもいない不思議な神社でもありました。

とはいえ長年町の中心にあるだけあって人々には親しまれており、軽い手入れなんかは町の住民がやっていますし、新年なんかはお参りにくる住民も多いのです。ただ山本さん達はここ最近足が遠のいていました。

『おまじない』の存在も神社そのものの存在もすっかり忘れてしまっていたのでした。

「しかし助けてくれるというのなら…いってみようかなあ」

もちろん、山本さんとて本気の本気で信じているわけではありません。

若者たちほどテクノロジーの進化についていくことはできませんが、それでも科学の発展とともに生きてきた人間です。山本さんの心の中は「ありえない」が8割を占めています。けれどほんのちょっとだけ。2割にも満たない心が「あったらいいなあ」「あってほしいな」と奥さんが喜ぶ顔を想像しながら期待するのです。

山本さんはなんだか少し楽しくなってきて、軽快なステップで回れ右をすると町の中心部に向かって歩き出しました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...