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1章
2話
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山本さんには可愛い奥さんがいます。
山本さんの下の名前は権蔵さんというのですが、奥さんは昔から『ごんちゃん、ごんちゃん』と彼を呼びます。
ちょっと奮発して美味しいものを食べに行った時も『ごんちゃん、おいしいわね』と言うし、山本さんに怒っている時も『ごんちゃん、分かってるの!?』と言います。
山本さんと奥さんは同い年で学生時代からの知り合いです。昔は『ごんちゃん』なんて可愛らしい呼び名が嫌でよく怒鳴っていましたが、恋人になって結婚して長い年月を共にしているうちに、とても愛しいものに思えるようになりました。
さて、そんな山本さんは今、ちょうどその奥さんに関係することでとても困っていました。
「ああ、こまったね」なんて一言で終わらせられるようなことじゃなくて、一晩も二晩も眠らず考え続けてしまうような困りごとです。
道をとぼとぼ歩きながらウンウンと頭を抱えていた山本さんは、きゃあきゃあと楽しそうに駆けてきた学校帰りの小学生たちにほんの少しぶつかってしまいました。
「おっと、ごめんね」
そう声を掛けましたが、子供たちは何事もなかったかのようにあっという間に遠ざかって行きました。
大きな声で何かを言い合いながら去っていく背中を微笑ましく見守っていた山本さんですが、揺れるカラフルなランドセルを見てハッとして、こう零しました。
「”おまじない”……」
もう何十年も前のこと。あの子達のようにランドセルを背負って走り回っていた子供時代。ランドセルは今ほどカラフルではなかったけれど、町にはもっと緑があって虫も鳥もいました。隣で大口を開けている友と、微笑んで見守っている大人たちと、沈む夕日にカエレカエレと促すカラスの鳴き声。ほんわかと温かい思い出の中で、少年だった山本さん達が仲間内でこっそりと大切にしていたものがありました。それ自体がなんとも不思議で面白いものでしたし、何より「大人に知られてはいけない」という決まりがまた少年たちのワクワク心に火をつけます。「お前かあちゃんに言ってないか?」「あたりまえだろ」なんて会話をしょっちゅう繰り返して毎日わくわく、そわそわと過ごしていました。
実体として手に取るモノはなにもなくとも、心の内にあるだけで日々が何倍も楽しく思えた『おまじない』
どうして忘れていたんだろう、と思うくらいその記憶が鮮やかに山本さんの頭に浮かび上がります。
「ふむ…さらの神社のカミサマ、困った時に助けてくれるカミサマ、だったけか」
そう、確かあのおまじないは自分にぴったりだったはず。
山本さんは町の中心にある古びた建物を閉じた瞼の裏に思い描きました。
それは山本さんが生まれるより前からそこにある神社なのですが、『さらの神社』という名前を掲げていながらも神職がひとりもいない不思議な神社でもありました。
とはいえ長年町の中心にあるだけあって人々には親しまれており、軽い手入れなんかは町の住民がやっていますし、新年なんかはお参りにくる住民も多いのです。ただ山本さん達はここ最近足が遠のいていました。
『おまじない』の存在も神社そのものの存在もすっかり忘れてしまっていたのでした。
「しかし助けてくれるというのなら…いってみようかなあ」
もちろん、山本さんとて本気の本気で信じているわけではありません。
若者たちほどテクノロジーの進化についていくことはできませんが、それでも科学の発展とともに生きてきた人間です。山本さんの心の中は「ありえない」が8割を占めています。けれどほんのちょっとだけ。2割にも満たない心が「あったらいいなあ」「あってほしいな」と奥さんが喜ぶ顔を想像しながら期待するのです。
山本さんはなんだか少し楽しくなってきて、軽快なステップで回れ右をすると町の中心部に向かって歩き出しました。
山本さんの下の名前は権蔵さんというのですが、奥さんは昔から『ごんちゃん、ごんちゃん』と彼を呼びます。
ちょっと奮発して美味しいものを食べに行った時も『ごんちゃん、おいしいわね』と言うし、山本さんに怒っている時も『ごんちゃん、分かってるの!?』と言います。
山本さんと奥さんは同い年で学生時代からの知り合いです。昔は『ごんちゃん』なんて可愛らしい呼び名が嫌でよく怒鳴っていましたが、恋人になって結婚して長い年月を共にしているうちに、とても愛しいものに思えるようになりました。
さて、そんな山本さんは今、ちょうどその奥さんに関係することでとても困っていました。
「ああ、こまったね」なんて一言で終わらせられるようなことじゃなくて、一晩も二晩も眠らず考え続けてしまうような困りごとです。
道をとぼとぼ歩きながらウンウンと頭を抱えていた山本さんは、きゃあきゃあと楽しそうに駆けてきた学校帰りの小学生たちにほんの少しぶつかってしまいました。
「おっと、ごめんね」
そう声を掛けましたが、子供たちは何事もなかったかのようにあっという間に遠ざかって行きました。
大きな声で何かを言い合いながら去っていく背中を微笑ましく見守っていた山本さんですが、揺れるカラフルなランドセルを見てハッとして、こう零しました。
「”おまじない”……」
もう何十年も前のこと。あの子達のようにランドセルを背負って走り回っていた子供時代。ランドセルは今ほどカラフルではなかったけれど、町にはもっと緑があって虫も鳥もいました。隣で大口を開けている友と、微笑んで見守っている大人たちと、沈む夕日にカエレカエレと促すカラスの鳴き声。ほんわかと温かい思い出の中で、少年だった山本さん達が仲間内でこっそりと大切にしていたものがありました。それ自体がなんとも不思議で面白いものでしたし、何より「大人に知られてはいけない」という決まりがまた少年たちのワクワク心に火をつけます。「お前かあちゃんに言ってないか?」「あたりまえだろ」なんて会話をしょっちゅう繰り返して毎日わくわく、そわそわと過ごしていました。
実体として手に取るモノはなにもなくとも、心の内にあるだけで日々が何倍も楽しく思えた『おまじない』
どうして忘れていたんだろう、と思うくらいその記憶が鮮やかに山本さんの頭に浮かび上がります。
「ふむ…さらの神社のカミサマ、困った時に助けてくれるカミサマ、だったけか」
そう、確かあのおまじないは自分にぴったりだったはず。
山本さんは町の中心にある古びた建物を閉じた瞼の裏に思い描きました。
それは山本さんが生まれるより前からそこにある神社なのですが、『さらの神社』という名前を掲げていながらも神職がひとりもいない不思議な神社でもありました。
とはいえ長年町の中心にあるだけあって人々には親しまれており、軽い手入れなんかは町の住民がやっていますし、新年なんかはお参りにくる住民も多いのです。ただ山本さん達はここ最近足が遠のいていました。
『おまじない』の存在も神社そのものの存在もすっかり忘れてしまっていたのでした。
「しかし助けてくれるというのなら…いってみようかなあ」
もちろん、山本さんとて本気の本気で信じているわけではありません。
若者たちほどテクノロジーの進化についていくことはできませんが、それでも科学の発展とともに生きてきた人間です。山本さんの心の中は「ありえない」が8割を占めています。けれどほんのちょっとだけ。2割にも満たない心が「あったらいいなあ」「あってほしいな」と奥さんが喜ぶ顔を想像しながら期待するのです。
山本さんはなんだか少し楽しくなってきて、軽快なステップで回れ右をすると町の中心部に向かって歩き出しました。
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