ガニュメデスの復讐

LUNA

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第4章

残された手帳

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隼人は、アレクの長い話を聞き終えたあと、しばらく動けなかった。

高層マンションの窓の外では、雨が静かに降り続いている。
ガラスを伝う水滴が、東京の夜景を歪ませていた。
無数の光が滲み、揺れ、輪郭を失う。

自分の父親が追っていた事件。
公式には存在しない。
記録にも残らない。
触れてはいけない領域。

そして――その核心に触れたことで、殺された。

にわかには、信じられなかった。

家庭では、仕事の話を一切しなかった父。
食卓では穏やかに笑い、休日にはキャッチボールに付き合ってくれた。
叱るときも、理屈で諭す人だった。

反抗期だった自分は、そんな父をうっとうしがり、まともに向き合うことを避けていた。

――もう二度と、話すことはできない。

その事実が、今になって胸をえぐる。

俯き、拳を強く握りしめる隼人の前に、アレクが一冊の手帳を差し出した。

「これが、あの人の残した手帳です」

低く、抑えた声だった。

隼人は震える指で、それを受け取る。

古びた革の表紙。
角は擦り切れ、背はわずかに歪んでいる。
何年もポケットに入れられ、持ち歩かれてきた痕跡。

そっと開く。

そこには、父の字があった。

几帳面で、無駄のない文字。
日付、時間、場所。
罫線をはみ出さない整然とした筆跡。

――真一らしい。

最初のページに、事件名はない。
ただ、端正な字でこう記されていた。

【未登録児童失踪事案(仮称)】
※正式受理不可。内部共有禁止。

隼人の呼吸が、浅くなる。

ページをめくる。

■ 事案A
発生年:平成初期
発生地:関東近郊
被害児童:男児(推定9歳)
出生届:未提出
母親:外国籍、風俗勤務歴あり
状況:近隣住民が「最近姿を見ない」と非公式相談。
→ 行方不明届なし。受理不可。
備考:最後の目撃は火曜日夕方。
周辺に会員制飲食店あり。

■ 事案B
発生年:平成中期
発生地:都心部
被害児童:女児(推定10歳)
戸籍:確認不可
祖父母が非公式相談。
母親は「養子に出した」と説明するも、法的記録なし。
備考:定期的に都心へ“仕事”に同行していた証言あり。
消失日:火曜日。

■ 事案C
発生年:十数年前
発生地:湾岸地区
被害児童:男児(推定11歳)
家庭:不法滞在の可能性
学校在籍歴なし
消失後、港区某所の防犯映像に類似人物確認(火曜深夜)

さらに、走り書きが続く。

「報告書上は“存在しない子ども”だが、確実に生きていた痕跡がある」

その一文に、隼人の指が止まった。

ページの端に、赤ペンで丸が打たれている。

5LP?
火曜クラブ?
→ 東京都新宿区●-●-●

「……5LP」

思わず声が漏れる。

アレクが静かにうなずいた。

「ずっと意味が分かりませんでした。でも今は――これは“Five Little Pigs”の略なんじゃないかと」

隼人が顔を上げる。

「つまり、俺たちが追っている――」

「ええ。もちろん偶然の可能性もあります。でも」

アレクは手帳をさらにめくった。

最後のページ。

そこだけ、筆跡が乱れている。

真一らしくない、焦りを含んだ走り書き。

内部に情報漏洩の可能性?
気 を つ け ろ

文字が、ページを抉るように刻まれている。

隼人は、ゆっくりと顔を上げた。

「……内部って」

「警察内部の可能性もある、という意味だと思います」

あまりにも静かな声だった。

「あなたのお父さんは、この仮説にたどり着いた直後に殺された」

部屋の空気が、音もなく沈む。

外では、雨が強くなっていた。壁一面の窓ガラスに雨が激しく打ち付け、雷がアレクの整いすぎた顔を照らした。

「そして――この住所」

アレクが指で示す。

「昨日、佐久間さんが特定した“Five Little Pigs”の店舗住所と一致しています」
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