恋とカクテル

春田 晶

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アプリコットフィズ

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「ピアス?私、穴あいてないよ?」
「え、そうなんですか?てっきりあいてると思ってた」
 俺が彼女の誕生日プレゼントに渡したピアスは、有名ハイブランドのものでもなければ、雑貨屋に売っているプチプラのものでもない、フランクにプレゼントできる、ちょうどいい値段のピアス。金属アレルギーがないか事前にさりげなく確認して、いつも彼女がつけている物と比較してもバランスが悪くないものを選んだつもりだ。それがまさか付けられないものを送っていたなんて。ガックリと項垂れる俺を見て「そんなに落ち込まないで」と慰められてしまった。
「ありがとう、このデザインすごく好きだから、イヤリングに変えてつけても良い?」
 彼女がゆったりと笑うと、それだけで、俺は満たされた気持ちになる。付けてもらえるならばもちろんそれで構わないと答えると、彼女は鏡を取り出して耳に当てて確認していた。思った通り、可愛い。彼女にとてもよく似合いそうだ。
 俺はプレゼントを渡し終えた事で緊張の糸が切れたのか、先程気合を入れるために一気飲みしたアプリコットフィズの酔いが回って来た気がした。最近彼女に合わせて色々なカクテルを飲むようになったけれど、ものによっては本当にジュースみたいで飲みすぎる。それでついつい、いらないことまで言ってしまう。
「俺と会う時だけでも、付けて欲しいです」
 いつもつけて欲しいと言えないところが、自信のなさを表しているんだろうし、独占欲丸出しの、みっともない主張だと自分でも思う。こういうところが子供っぽいのだろう。特に普段は自信過剰で、明るくポジティブな男であるところを彼女に見せているだけに、自信のなさにはどうか気づかないでいてほしい。
「鹿島くんに会うときだけで良いの?」
「あ、いや。出来ればいつでも」
「ふふ。いっそ私もピアス開けようかしら」
 ピアスをもう一度直接の眺めて、彼女が呟く。
「祥子さんが、俺のためにピアスを?」
「鹿島くんのためじゃありません。今まであけるタイミングがなかったのよ。こういう機会があれば、よしやるぞって思えるでしょう」
 ピアスのほうがイヤリングよりもデザインが豊富だしね、と付け足して、彼女は体裁を整える。あくまでも俺のためじゃないですよ、という意思表示をしてみせるところが、いじらしくて可愛い。
 月に二、三度、決まってこの店で彼女と待ち合わせをする。俺はその度に彼女を口説いては断られるわけだけれど、予定が既に入っているとき以外はこうして会ってくれるので、嫌われてはいないと思う。単純に恋愛対象に入っていないとも言えるので、年上の彼女に釣り合うよう、オトナの男を目指して奮闘する日々だ。たまに今日のように失敗することもあるけれど。
「それにしてもこのピアス、鹿島くんがつけても似合いそうね」
 彼女の言葉にドキッとする。
「そう?俺は祥子さんに似合うと思って買ったけど」
 この言葉は嘘ではない、俺はちゃんと彼女の好みと彼女に似合うものからこのピアスを選んだのだ。
「うん、私も好きだからそれはそうなんだけど、なんとなく」
 そういうと彼女は俺の顎に手を当てて、クイっと顔を右に向かせた。俺は自分が赤面していくのを感じながら、観念して目を閉じる。
「ふふ、鹿島くんのそういうところ、可愛くて好きよ」
 いつも彼女は俺の右側に座るから、バレないんじゃないかなと思っていたけれどそんなことはなかった。俺の左耳には、彼女と色違いでお揃いになるピアスが付いている。
「良いでしょ、祥子さんとお揃いのものが欲しかったんだから」
 薄目を開けて彼女を見れば、とても愉快そうに笑っていた。普段あまり大きく笑うことのない彼女の新たな一面を見られて嬉しいような、でもあまり見せたくない子供っぽいところを知られてしまい恥ずかしいような、複雑な気持ちになる。
「鹿島くんは、私と会うときにだけ付けるつもりなの?」
「仕事の日は流石に。けれど祥子さんが付けてくれるなら、休みの日は、会えなくても毎日つけるつもりですよ」
 まっすぐ、彼女の瞳を見ながら告げる。これは一瞬だけ、恥ずかしがるような表情になる彼女を見逃さずに済むからだ。今日も無事、俺の言葉で照れる彼女を見ることができた。俺はこの瞬間がたまらなく好きだと思う。
「祥子さん」
「なあに、鹿島くん」
「好きですよ」
「知ってる」
 彼女は少し俯いて、またしてもはにかむ。こういう顔を見る時、彼女が振り向いてくれる日も近いのではないかと俺は思ってしまう。本当は一刻も早く彼女の唇を奪いたいし、肌に触れたいけれど、彼女がじんわりと、少しずつ俺に染まっていくのをこうして見ているのも、案外楽しいものだと最近気づいた。ただ、それでも流石に十年待つのは俺もしんどいので、できればもう少し早く、彼女が俺に染まりきって、我慢ができなくなって欲しいと願っている。
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