喧嘩するほどお前がいい

白河夜船

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絶対に負けられない戦いがここにある

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 学期末試験は5日間にも及ぶ。

 
 特に1年生は必修科目が多く、膨大な数の教科を履修しなければならない。さらに筆記試験だけでなく、実技試験も同じだけある。クラスは成績順だが、履修科目は2年、3年と徐々に専門に分かれていくので、難易度では比較出来ない。しかし、教科数だけを見れば1番大変なのが1年生だと言えよう。

 大体試験1ヶ月前から学院全体が殺伐とし始め、1週間前には目の下を黒くし、教科書を片手に念仏を唱え出す生徒が多数見られる。末期の者に至っては神頼みや怪しい呪術から、滝行や断食、チャクラ開眼などと言った意味不明な現実逃避をし始める。

 これは魔法学院に通う生徒ならば、恒例行事ともいえる見慣れた光景な訳だが、たとえ新入生であっても例外ではなかった。

 Eクラスは特に阿鼻叫喚としていて、お香やらアロマやらを焚いて瞑想する者、無我夢中で御札に血文字でかき殴っている者、何か霊的なものをおろして何か霊的なものと交信している者から、血走った目で奇声を上げながら素振りしている者など、正直五月蝿いし鬱陶しい。

 教師は慣れたものなのか、気にせずにいつも通り講義を進めているが、リンゼンのストレスはマックスまで溜まり、かなり殺気立っていた。


「チッ」


 末期の者以外、周囲に座る生徒の背筋がピンッと伸びる。
 なお、リンゼンの殺気に、周囲がガクブルと震えていることに、本人は気付いていない。

 貧乏ゆすりの止まらないリンゼンだが、何よりシヴァンと一切会っていないというのが大きいのだろう。
 
 この1ヶ月、遠くから何度かシヴァンを見かけることはあったが、SクラスとEクラスでは接点もない。
 自発的に会おうとしない限り、なかなか会えない距離なのだという事実が眼前に突きつけられる。

 学院内では、あの決闘の時以来関わることはなかったが、放課後には毎日屋敷で会っていた。


───あの放課後が恋しい


 ちょうど窓から見下ろすと、Sクラスがグラウンドで魔法を放っているのが分かる。魔法術の実践授業だろう。退屈な講義に耳を傾けながら、頬杖をついて一際輝く銀髪を目で追った。


「っ、」


 一瞬こちらに目を向けた気がして、思わず目をそらす。


───ドカーン!!!


 爆音に驚いてグラウンドを見下ろすと、砂埃を舞い上げ、立派なクレーターが出来ていた。

 シヴァンはしっかりとこちらを見定めて、親指で首を掻き切るジェスチャーをした後、勢いよく下に向けた。


「フッ、」


 リンゼンは口角を上げ、頬杖をついたまま挑発するように中指を立てた。


───ドカーン!!ドカーーン!!!


 クレーターがまた1つ、2つと増えていく。


「っ、ククッ、」


 立て続けに爆音が鳴り、教室内が騒然とするが、リンゼンは笑いを堪えて口元に手をやった。


───嗚呼、俺の恋人シヴァンが可愛すぎる


 早く会って声が聞きたい。シヴァンが恋しくて堪らないが、試験の結果が出るまで会わないと言ったのはリンゼンの方だ。

 来週には試験が始まる。あと1週間の辛抱だ。
 それが終われば、思う存分シヴァンを

 眠い目を擦りながら、再会された講義に耳を傾ける。リンゼンの目の下にもくっきりと黒い隈が刻まれていた。




 ◇

 


 結果は次の週明けに一斉に公開される。総合順位が玄関ホールに大々的に張り出されるのも恒例行事と言えよう。
 
 試験が終わると、粛々と日常に戻る者や解放感で週末にはっちゃける者、意味もなく笑い出すものから、やはり咽び泣きながら呪術や神頼みをし出す者まで三者三様だ。
 もう結果は覆しようがないのだが、結果が出るまでの休日の2日間は、後者にとっては死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで過ごすのだろう。

 リンゼンは前者のように粛々と日常に戻る者だった。いや、周りにはそう映った。

 しかし、リンゼンの心中は、複雑だった。
 
 実技は問題ない。問題は筆記だ。入学試験とは違い、全て埋めることが出来た。ケアレスミスが無いように何度も見直したし、感触は良かった。
 でも記述問題がどう採点されるか分からないし、やはり凡ミスをしていないとも限らない。
 さっさと結果を知ってしまいたい気もするし、シヴァンに負けたという事実を知りたくない気もする。でもシヴァンには早く会いたい。

 リンゼンは焦燥感が拭えず、一瞬にも永遠にも感じられる2日間を過ごした。




 ◇




───その様子を静かに見守る使用人達と将軍がいた。
 

「坊っちゃまが心配ですわ」

「大丈夫でしょうか」

「ここ数日はろくに睡眠も取られていないようで……」

「軽く五徹はしてますね」

 
「まあどうであろうと結果は変わらんだろう!ダメだったら盛大にからかってやろう!ガッハッハッ」


「まあ!旦那様最低!!」

「鬼!!人の心がないんですか!!」

「見損ないました…」

「ゴミ!クズ!底辺!」


「ひ、ひどいっ!!うっ、うっ、うっ!」


 使用人からのブーイングの嵐に、さすがの将軍も両手で顔を覆い咽び泣く。


「きっと嘘泣きですわ」

「演技下手か!」

「全く呆れてものも言えません…」

「ヘタレ!売れない大根役者!」


「お前達……、俺は屋敷の主だぞ……」

 
「坊っちゃまの敵には容赦しませんわよ」

「坊っちゃまに謝れ!」

「ならば勤勉な坊っちゃまを見習って下さいませ」

「よっ、うちの坊っちゃま世界一!」



 
「……1人ボディビル大会のヤジがいないか」

 

 使用人達は、不甲斐ない雇い主を無視して、『坊っちゃま試験お疲れ様でしたパーティ』の準備に勤しむのであった。
 なお、結果が良かったときと、芳しくなかったとき用の2パターンを完備する徹底ぶりである。

 

 
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