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ギメル
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何十体という数のゾンビが墓地の中を徘徊している。さらに墓石をどかし墓から腕を伸ばす人間の死体がいくつも見えた。まだ増えるつもりなのだろう。ずるりと上半身から這い出て、下半身を土のなかに置いていくやつらもいる。とことこと手だけが地面を歩いている。眼球のない骸骨が手を伸ばしふらふら墓地をさまよっていた。
町の人の噂通りなら生き返えったゾンビたちはほとんどが罪人なのだろう。情状酌量の余地なく地獄へ堕とされる。
「神のみもとへ帰らず、醜くも肉体に執着する愚か者たちよ。シスターと僕がその魂をあるべき場所に還そう」
シスターが目の前のゾンビを斬った。飛び散ったのは薄茶色のドロドロした腐敗した血肉と土が混ざった液体だ。斬られたゾンビは「キシャァアアア」と叫び声をあげて、シスターに反撃をしようとした。シスターを殴ろうと振り上げた腕は、しかし振り下ろす前にシスターが切り飛ばす。ゾンビが挙げた悲鳴に他の死体も反応し、シスターを排除しようと動き始めた。
「我が身を贄に力を授けたまえ、天使アズライール!」
べレトが詠唱するとシスターの足元に魔法陣が一瞬浮かび、彼女の体を淡い青色の炎が包んだ。その炎はシスターが持つダガーへと収束していき、魔法剣へと進化させた。シスターは一瞬こちらをみて礼を言うように微笑んだが、すぐにゾンビたちに向き直りその群れに突っ込んでいった。魔法剣の威力とシスターの剣術で敵は次々と葬り去られ、あっという間に全てのゾンビが一掃された。シスターに弔われた死者たちは肉体が灰になり風になびかれ大気へと溶け込んでいった。おそらくその魂は地獄へと送られたのだろう。墓地に残ったのはベレトとシスターだけになった。
墓地のちょうど中央にある祭壇に白い光を放つ聖杯が現れた。月明かりが聖杯を照らしていたが、聖杯は自らの力でも発光しているみたいだった。純白の清廉な光が聖杯から放たれ、神聖な雰囲気を醸し出している。ベレトとシスターは二人で聖杯に近づき、お互いに顔を見合わせた。ゴブレットはベレトの片手におさまるほどの大きさだった。
「ねえ、シスターがこれをもっててよ」
ベレトは聖杯に触れようともせず、シスターに渡そうとした。聖杯を持つことは様々な意味や幸福を孕む。強欲な人間を不死にしたように、それ単体で大きなを秘めている。しかし、ベレトは純粋にシスターにプレゼントしようとしただけだった。聖杯は曇り一つない透き通った水晶でできており、装飾に百合の花が気品良く描かれている。芸術品としての価値は十分にあった。いづれ三つ聖杯を手にするのはベレトだが、それまでの間彼女にこの聖杯を眺めて楽しんでほしいと思うのは欲張りなのだろうか。
「ありがとう。とても嬉しいわ。でも、棺の中に一緒に入れて大丈夫かしら。割れたりしない?」
心配そうにシスターが首を傾げた。困ったように眉尻を下げ、聖杯を見つめている。
「大丈夫だよ。僕はシスターの入った棺を世界一大事に扱っているからね。魔法で異空間で仕舞う方が危険だ」
ベレトは胸を張って主張した。この世で1番大事なのはシスターである。聖杯だって本当はシスターに褒められたいから集めているんだ。秘宝と呼ばれるものであっても、シスターより大切なはすがない。だから世界で最も安全な場所はシスターの眠る棺のなかであることは間違いはなかった。
「もう、ベレトったら」
そう頬をおさえたシスターにベレトは胸が締め付けられる感覚を覚えた。
神様。僕はシスターとの出会いに感謝しています。これが運命というものでしょう。僕はこの永遠の命を使って、貴方に信仰を捧げ続けるでしょう。
シスターは僕に優しかった。今は隠している角も当時は丸見えだったのに、臆することなく教会に迎え入れてくれた。おかげで僕は思いやりを知りました。温かさを知りました。幸福を知りました。
そして、幸福が終わることも知りました。
「おやすみ、シスター。良い夢を」
「おやすみ、ベレト。また明日会いましょう」
朝日が昇り始め、聖杯を抱いたシスターは棺に戻る。箱の中で彼女が目を閉じたのを確認してから蓋を閉じた。教会のステンドグラスから優しい朝日が舞い落ちる。ベレトは棺の表面を右手の指でなぞった。教会にはベレトしかいなかった。シスターなんていない。棺の中身は、シスターの遺品である死体と、彼女を蘇らせるための聖杯(道具)だけだ。ネクロマンスで動くシスターは本物じゃない。そんなの400年も昔からわかっている。それでも彼女がくれた幸福と温もりと神への感謝を忘れたくなくて、彼女の死骸を自分の眷属にした。自分の意志で動かせる傀儡人形に仕立て上げた。
しかし、この長い間抱き続けた虚しさとあと少しでさようならすることができる。聖杯があと二つ揃えば願いを叶えることができる。僕は天使になり、その権能でシスターの魂を手に入れる。肉体にシスターの魂を返せば、シスターは生き返ることができるんだ。肉体は僕の支配下にあるままで。朽ちぬ身体と天使が管理する魂。シスターは不死を得ることができる。そうすれば、僕たちは永遠に一緒にいられる。死が僕らを分つことなく、共に生きることができる。僕はもう、シスターに置いていかれることが無くなるんだ。
ベレトは愛おしそうに棺を撫でたあとゆっくりと抱え、背にまわし背負った。背中にのしかかる重みがシスターの命の重さだと思うと愛しく感じる。シスターと自分の出会い、運命に対する強く確かな喜びを思い出し、噛みしめる。最後に石像の前で両手を組み、神に感謝の言葉を捧げた。窓ガラスから差し込む淡い黄色の光が教会を満たし、ベレトの輪郭を優しくなぞる。白い肌は死者のように青くない。ベレトの細い指が互いに絡み、その手に鼻頭を近づける。それは宗教画の様に静謐で美しい光景だった。
ベレトは教会の両扉を開き、外へ出る。ほんの少し振り返り、閉じる扉の隙間から石像がみえた。完全にしまった扉を背にして、ベレトは大きく足を踏み出し歩き始めた。
そして次の聖杯を求めて、また旅をはじめるのだった。
町の人の噂通りなら生き返えったゾンビたちはほとんどが罪人なのだろう。情状酌量の余地なく地獄へ堕とされる。
「神のみもとへ帰らず、醜くも肉体に執着する愚か者たちよ。シスターと僕がその魂をあるべき場所に還そう」
シスターが目の前のゾンビを斬った。飛び散ったのは薄茶色のドロドロした腐敗した血肉と土が混ざった液体だ。斬られたゾンビは「キシャァアアア」と叫び声をあげて、シスターに反撃をしようとした。シスターを殴ろうと振り上げた腕は、しかし振り下ろす前にシスターが切り飛ばす。ゾンビが挙げた悲鳴に他の死体も反応し、シスターを排除しようと動き始めた。
「我が身を贄に力を授けたまえ、天使アズライール!」
べレトが詠唱するとシスターの足元に魔法陣が一瞬浮かび、彼女の体を淡い青色の炎が包んだ。その炎はシスターが持つダガーへと収束していき、魔法剣へと進化させた。シスターは一瞬こちらをみて礼を言うように微笑んだが、すぐにゾンビたちに向き直りその群れに突っ込んでいった。魔法剣の威力とシスターの剣術で敵は次々と葬り去られ、あっという間に全てのゾンビが一掃された。シスターに弔われた死者たちは肉体が灰になり風になびかれ大気へと溶け込んでいった。おそらくその魂は地獄へと送られたのだろう。墓地に残ったのはベレトとシスターだけになった。
墓地のちょうど中央にある祭壇に白い光を放つ聖杯が現れた。月明かりが聖杯を照らしていたが、聖杯は自らの力でも発光しているみたいだった。純白の清廉な光が聖杯から放たれ、神聖な雰囲気を醸し出している。ベレトとシスターは二人で聖杯に近づき、お互いに顔を見合わせた。ゴブレットはベレトの片手におさまるほどの大きさだった。
「ねえ、シスターがこれをもっててよ」
ベレトは聖杯に触れようともせず、シスターに渡そうとした。聖杯を持つことは様々な意味や幸福を孕む。強欲な人間を不死にしたように、それ単体で大きなを秘めている。しかし、ベレトは純粋にシスターにプレゼントしようとしただけだった。聖杯は曇り一つない透き通った水晶でできており、装飾に百合の花が気品良く描かれている。芸術品としての価値は十分にあった。いづれ三つ聖杯を手にするのはベレトだが、それまでの間彼女にこの聖杯を眺めて楽しんでほしいと思うのは欲張りなのだろうか。
「ありがとう。とても嬉しいわ。でも、棺の中に一緒に入れて大丈夫かしら。割れたりしない?」
心配そうにシスターが首を傾げた。困ったように眉尻を下げ、聖杯を見つめている。
「大丈夫だよ。僕はシスターの入った棺を世界一大事に扱っているからね。魔法で異空間で仕舞う方が危険だ」
ベレトは胸を張って主張した。この世で1番大事なのはシスターである。聖杯だって本当はシスターに褒められたいから集めているんだ。秘宝と呼ばれるものであっても、シスターより大切なはすがない。だから世界で最も安全な場所はシスターの眠る棺のなかであることは間違いはなかった。
「もう、ベレトったら」
そう頬をおさえたシスターにベレトは胸が締め付けられる感覚を覚えた。
神様。僕はシスターとの出会いに感謝しています。これが運命というものでしょう。僕はこの永遠の命を使って、貴方に信仰を捧げ続けるでしょう。
シスターは僕に優しかった。今は隠している角も当時は丸見えだったのに、臆することなく教会に迎え入れてくれた。おかげで僕は思いやりを知りました。温かさを知りました。幸福を知りました。
そして、幸福が終わることも知りました。
「おやすみ、シスター。良い夢を」
「おやすみ、ベレト。また明日会いましょう」
朝日が昇り始め、聖杯を抱いたシスターは棺に戻る。箱の中で彼女が目を閉じたのを確認してから蓋を閉じた。教会のステンドグラスから優しい朝日が舞い落ちる。ベレトは棺の表面を右手の指でなぞった。教会にはベレトしかいなかった。シスターなんていない。棺の中身は、シスターの遺品である死体と、彼女を蘇らせるための聖杯(道具)だけだ。ネクロマンスで動くシスターは本物じゃない。そんなの400年も昔からわかっている。それでも彼女がくれた幸福と温もりと神への感謝を忘れたくなくて、彼女の死骸を自分の眷属にした。自分の意志で動かせる傀儡人形に仕立て上げた。
しかし、この長い間抱き続けた虚しさとあと少しでさようならすることができる。聖杯があと二つ揃えば願いを叶えることができる。僕は天使になり、その権能でシスターの魂を手に入れる。肉体にシスターの魂を返せば、シスターは生き返ることができるんだ。肉体は僕の支配下にあるままで。朽ちぬ身体と天使が管理する魂。シスターは不死を得ることができる。そうすれば、僕たちは永遠に一緒にいられる。死が僕らを分つことなく、共に生きることができる。僕はもう、シスターに置いていかれることが無くなるんだ。
ベレトは愛おしそうに棺を撫でたあとゆっくりと抱え、背にまわし背負った。背中にのしかかる重みがシスターの命の重さだと思うと愛しく感じる。シスターと自分の出会い、運命に対する強く確かな喜びを思い出し、噛みしめる。最後に石像の前で両手を組み、神に感謝の言葉を捧げた。窓ガラスから差し込む淡い黄色の光が教会を満たし、ベレトの輪郭を優しくなぞる。白い肌は死者のように青くない。ベレトの細い指が互いに絡み、その手に鼻頭を近づける。それは宗教画の様に静謐で美しい光景だった。
ベレトは教会の両扉を開き、外へ出る。ほんの少し振り返り、閉じる扉の隙間から石像がみえた。完全にしまった扉を背にして、ベレトは大きく足を踏み出し歩き始めた。
そして次の聖杯を求めて、また旅をはじめるのだった。
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