七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる

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第3話 五日前の火花

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 五日前の朝、下層区画の空は鉛色だった。

 昨夜見た焦げ跡を、イオナはもう一度測っていた。石畳のひび割れ幅、壁面の剥離高さ、熱の抜けた方向。数字に落とせば、感情は暴れにくくなる。
 ガルムは路地の入口で見張りに立ち、メラは荷運び連中に口止めを回していた。

「ここだけ焼け方が縦に伸びてる」

 イオナが指で示す。

「通常の炉爆ぜなら横に散る。これは上から熱束が落ちた形」
「上、ってのは?」

 ガルムが視線を上げる。路地を跨ぐ古い補助導管が走っている。

「試験増幅の漏れ」

 イオナは断言した。三年前、監察局で嫌というほど見た痕だ。

 そのとき、路地奥の倉庫扉が軋んで開いた。中から出てきたのは、まだ十代の荷運び見習いだった。肩に巻いた布が焦げている。

「……昨日の夜、また光ったんだ」

 少年はおびえた目で言う。

「どこが?」
「東の封鎖区画の壁。鐘が二回鳴ったあと、白い筋が走って、ドンって」

 鐘が二回。港の時刻鐘なら、二十二時。

 イオナとガルムは同時に顔を見合わせた。

「定時試験だ」

 ガルムが低く言う。

「毎夜同じ時刻に負荷を上げてる」

 イオナは胸の奥が冷えるのを感じた。七日後の閾値超過は偶然じゃない。増幅を積み上げれば、予定どおり到達する。

 昼前、三人は封鎖区画外周へ回った。
 高い柵の向こうで、軍工廠の煙突が白煙を吐いている。門前には警備兵が二重に立ち、通行許可証のない者を機械的に弾いていた。

「正面は無理」

 ガルムが即断する。

「裏導管は?」
「干潮時だけ通れる。今夜なら入れる」

 メラが地図代わりの荷札裏へ線を引いた。

「ただし一人しか通れない狭さ。荷運びでも嫌う道だよ」

 イオナは線を見て頷いた。

「行く」
「誰が?」
「私が」

 ガルムがすぐに首を振る。

「却下。あんたは波形を見る人間だ。捕まったら終わる」
「あなたは波形を読めない」
「読めなくても、捕まるのは慣れてる」

 皮肉にも聞こえる言い方だったが、事実だった。

 結局、二人で入る案に落ち着いた。メラは外で荷運び網を動かし、見張りと退路確保を担う。

 夕方、監察局から公式通達が出た。
 掲示板に貼られた紙には、太い字でこう書かれている。

 ――デルガ沿岸ノードに異常なし。虚偽情報の流布を禁ずる。

 通達の末尾には、警告条項まで付いていた。無許可避難誘導は処罰対象。

 路地で紙を見上げたまま、イオナは唇を噛んだ。

「先に『異常なし』を出した」
「住民を動かさせないためだ」

 ガルムが短く返す。

「今夜、証拠を取る。言い逃れできない形で」

 夜。干潮。
 海藻の匂いが濃くなったころ、二人は外周の崩れた石積みから導管裏へ潜り込んだ。
 膝をついて進むしかない狭い隙間。潮水が手首まで上がる。

 導管の奥で、かすかな駆動音が響いていた。
 金属が規則的に脈打つ、人工の鼓動。

 曲がり角を抜けた先に、小さな監視窓があった。
 イオナは泥を拭い、覗き込む。

 工廠内の中央架台に、沿岸ノード補助柱が三基立っていた。作業員が計器を合わせ、責任者席には見覚えのある横顔がある。
 ローデン。

 彼は時計を見て、淡々と命じた。

「第二段階。負荷六十から八十へ」

 計器盤が跳ね、白い火花が架台を走る。
 イオナの脳内で、見慣れた遷移式が勝手に組み上がる。今の上げ方は、閾値まで最短で積む手順だ。

 そのとき、背後で石が鳴った。
 警備兵の灯りが、導管裏の隙間を舐める。

「誰だ、そこ!」

 ガルムが即座にイオナの肩を押した。

「退け、今すぐ」

 二人は泥水を蹴って来た道を戻る。叫び声と足音が追ってくる。狭すぎる通路で振り返れば詰む。

 外へ転がり出たとき、メラが荷車を横付けしていた。

「乗れ!」

 荷布の下へ潜り込む。荷車はそのまま市場方面へ流れ、追跡の灯りが角を曲がる前に視界から消えた。

 息を整えたイオナは、握りしめた手を開いた。
 導管裏で無意識に引き抜いた金属片が、掌に残っている。工廠刻印入りの導体片。試験現場由来の物証だ。

 ガルムがそれを見て頷く。

「これで『異常なし』は崩せる」
「まだ足りない」

 イオナは暗い海の方角を見た。

「次は、命令書そのものを取る。誰が、どの区画を切るつもりか」

 風が強く吹き、遠くで鐘が一つ鳴った。
 六日目が終わる。
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