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第2話 贋作にしては、おかしい
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リタを帰すつもりだった。
鑑定には集中がいる。横で誰かがじっと見ていると気が散る——と言ったのだが、リタは帰らなかった。
「見ててもいいですか? 邪魔しません! 静かにしてます!」
「お前の『静かにしてます』は信用できないんだが」
「大丈夫です! 今日のわたしはこう……壁に溶け込む感じでいきますから!」
壁に溶け込む、と宣言しながら身振りが大きい時点で無理だろう。だがまあ、遺物の出土状況を聞く必要があるのも事実だ。渋々、工房の隅にある椅子を指さした。
「そこに座って黙ってろ。触るな、動くな、声を出すな」
「はい!」
元気な返事がすでに条件に反しているが、もう気にしないことにした。
革のエプロンの紐を締め直し、作業机の灯りを調整する。魔石灯を手元に寄せて、光量を上げた。棚から道具を出す。精密ルーペ、鑑定用の細い針、薄刃の小刀、比重計、そして擦過試験用の石板。
楕円形の金属塊を、改めて机の中央に置いた。
「さて」
まず外観の精査から始める。
ルーペ越しに表面を舐めるように見ていく。酸化被膜の色味、厚み、むら。昨日感じた違和感を、今度は一つずつ言語化していく。
「酸化被膜の厚さが表面全体でほぼ均一だ。自然な経年変化なら、空気に触れやすい面と地面に接していた面で差が出る。出土品なら土壌の成分による変色も片面に偏るはずだが、それもない」
後ろの椅子でリタが身を乗り出す気配がした。
「つまり、この酸化は自然にできたものじゃなくて——」
「人工的に施されている。薬品か、あるいは魔素を使った促進処理か。とにかく、経年変化を意図的に再現している」
「贋作ってことですか?」
「まだ早い。外側だけじゃ判断できない」
次に削り痕の分析に移る。
表面を斜めから光に当てると、微細な傷が浮かび上がった。金属の加工痕だ。旧文明の遺物には、製造時の加工痕が必ず残っている。工具の種類、刃の入る角度、送り速度——それらが痕跡として金属の表面に刻まれる。おれたち鑑定士は、その痕跡から製造年代と技術レベルを読み取る。
「削り痕の角度を見る。旧文明のプレ・ナノマシン期の加工技術なら、切削工具の刃先角度は一定の範囲に収まる。時代ごとに工具の規格が違うからな。第三層の出土品なら——」
ルーペの倍率を上げた。
「——おかしい」
「え?」
「削り痕の角度が浅すぎる。第三層の時代の切削工具なら、もっと深い角度で刃が入るはずだ。この角度は——第五層、いや、第六層以深の技術に近い」
リタが椅子から腰を浮かせた。
「第六層って、深層じゃないですか。銀牌以上じゃないと入れないとこですよね?」
「ああ。だがこの品はお前が中層の第三層で見つけた。素材の質感は第三層の出土品に合致するのに、加工痕だけが別の時代を指している」
次は重量と比重だ。精密な天秤に載せ、体積から比重を算出する。
「比重七・八三。鉄系合金の範囲だが、旧文明期のどの標準規格とも微妙にずれる。素材そのものが既存のどのカテゴリにもぴったり当てはまらない」
さらに擦過試験。石板の上で金属塊の角を軽く擦り、痕跡の色を見る。
「擦過痕の色味は暗灰色。鉄系合金で矛盾しないが、粒子の散り方が均一すぎる。鋳造品なら結晶構造にむらが出るはずだ。これは——鍛造に近い均質さだな」
「ノルさん、ちょっとわからなくなってきました……。つまり、本物なんですか? 偽物なんですか?」
リタの問いに、おれは黙って次の工程に進んだ。
ここからが本題だ。
薄刃の小刀で、酸化被膜の一部を慎重に削る。表層の下に隠れた金属の地肌を露出させる。ルーペの倍率を最大にして、地肌を観察した。
「……やはりな」
声が自然と低くなった。金属の地肌に、肉眼ではまず見えない微細な紋様が走っていた。規則的な線の集合体——回路の残留痕だ。
「回路が残ってる。ナノマシン時代の遺物に見られる、生きた回路の痕跡だ。もう機能はしていないが、かつてこの金属の内部をナノマシンが走っていた名残がある」
「え……じゃあこれ、プレ・ナノマシン期の遺物じゃなくて、ナノマシン時代の?」
「外見はプレ・ナノマシン期に見せかけてある。だが中身は違う。回路の残留痕がそれを裏切っている」
椅子に背を預けて、腕を組んだ。
頭の中で、これまでの分析結果を並べ直す。
経年変化は人工的。削り痕の角度は時代が合わない。比重は既存規格に当てはまらない。そして表面の下には回路の残留痕。
外側は嘘をついている。だが内側は本物の特徴を持っている。
つまり——
「結論を言う」
リタが息を呑んだ。
「これは贋作だ。外見を意図的に加工してある。経年変化の偽装、削り痕の偽装、表面処理。どれも手が込んでいる」
「贋作……」
「だが」
おれは遺物を手に取った。指先に、またあの微かな熱——いや、回路の残留痕の感触があった。
「おかしい」
「おかしい?」
「贋作にしては、おかしい。普通の贋作師がやる仕事じゃない」
立ち上がって、棚から参考資料の遺物をいくつか取り出した。贋作のサンプルだ。過去に鑑定で弾いたものを、見本として保管してある。
「贋作師ってのは、本物に似せることが目的だ。だから本物の特徴を再現しようとする。表面処理、経年変化の模倣、加工痕の偽装——どれも『本物らしく見せる』ための工夫だ」
サンプルの贋作と、リタが持ち込んだ品を並べた。
「だがこいつは——何がしたいのかわからない。外見は贋作だ。だが中にナノマシン時代の回路の残留痕がある。贋作師が回路の痕跡まで仕込むか? 仕込まない。見えないところに手間をかける意味がない。つまり——回路は元からあった可能性がある」
「元から? じゃあこれ、ただの贋作じゃなくて……」
「わからん。結論を出すには材料が足りない。だが一つ確かなことがある。この偽装の精度は異常だ」
回路の残留パターンをもう一度ルーペで確認した。
微細な紋様の中に、妙な特徴があった。回路の線が交差する部分で、わずかに不自然な断裂が入っている。自然な劣化なら線が細くなって途切れるが、この断裂は——まるで工具で意図的に切断したかのように、断面が鋭い。
「こういう痕を残せる職人は、デルガには——」
言いかけて、口を噤んだ。
「デルガには?」
「……いや。とにかく、普通の贋作師の仕事じゃない。遺物の真贋を見分ける側の人間、つまり鑑定の知識を持った奴がやっている。でなければ、鑑定士の目を誤魔化すレベルの偽装はできない」
遺物を机に戻した。
ただの贋作なら、鑑定結果を書いて依頼人に返せばいい。だがこれは、ただの贋作じゃない。本物を偽物に変える——そんな手間をかける理由が、おれにはまだ見えない。
「ノルさん」
リタが椅子から立ち上がって、遺物を覗き込んだ。
「これ、やばいものなんですか?」
「わからん。だが気持ち悪い。鑑定士として——気持ち悪い」
腕を組み直した。窓の外では、港の上を海鳥が旋回している。朝の光が入り江の水面を白く照らしていた。
平穏な景色だ。おれの日常はこの景色の中にあるはずなのだが、手の中の遺物が、妙にそこから浮いて見えた。
「……明日、朝市に行く」
「朝市? 魚を買いに?」
「遺物商の方だ。似たような品が出回っていないか、聞いてみる」
言ってから、自分でもため息が出た。
朝市の遺物商に顔を出せば、鑑定を頼まれる。断れば角が立つし、引き受ければ時間が潰れる。厄介だ。
だが——この違和感を放置するほうが、もっと面倒な気がした。
鑑定士の性分だ。目の前の嘘を見逃せない。
偽物は、嘘のつき方に癖が出る。その癖を辿れば、嘘をついた人間に辿り着く。
問題は、辿り着いた先に何があるかだ。
「リタ」
「はい!」
「お前、しばらくこの件に首を突っ込むな。厄介なことになるかもしれん」
「え——でも、わたしが持ってきた遺物ですよ?」
「だから言ってる。面倒な匂いがするんだ、これは」
リタは不服そうに唇を尖らせたが、それ以上は言わなかった。
素直なのはこいつの美点だ。少なくとも今のところは。
工房の窓から差し込む光の角度が変わっていた。いつの間にか、昼近くになっている。鑑定に没頭すると時間の感覚がなくなるのは、昔からの悪い癖だ。
「……飯、食ってないな」
「あ、わたしもです! お腹空きました!」
「お前に飯を出す義理はないんだが」
そう言いながら二階に上がって、朝市で買った白身魚を焼き始めている自分に気づいた。
二人分。
面倒だ。本当に、面倒だ。
鑑定には集中がいる。横で誰かがじっと見ていると気が散る——と言ったのだが、リタは帰らなかった。
「見ててもいいですか? 邪魔しません! 静かにしてます!」
「お前の『静かにしてます』は信用できないんだが」
「大丈夫です! 今日のわたしはこう……壁に溶け込む感じでいきますから!」
壁に溶け込む、と宣言しながら身振りが大きい時点で無理だろう。だがまあ、遺物の出土状況を聞く必要があるのも事実だ。渋々、工房の隅にある椅子を指さした。
「そこに座って黙ってろ。触るな、動くな、声を出すな」
「はい!」
元気な返事がすでに条件に反しているが、もう気にしないことにした。
革のエプロンの紐を締め直し、作業机の灯りを調整する。魔石灯を手元に寄せて、光量を上げた。棚から道具を出す。精密ルーペ、鑑定用の細い針、薄刃の小刀、比重計、そして擦過試験用の石板。
楕円形の金属塊を、改めて机の中央に置いた。
「さて」
まず外観の精査から始める。
ルーペ越しに表面を舐めるように見ていく。酸化被膜の色味、厚み、むら。昨日感じた違和感を、今度は一つずつ言語化していく。
「酸化被膜の厚さが表面全体でほぼ均一だ。自然な経年変化なら、空気に触れやすい面と地面に接していた面で差が出る。出土品なら土壌の成分による変色も片面に偏るはずだが、それもない」
後ろの椅子でリタが身を乗り出す気配がした。
「つまり、この酸化は自然にできたものじゃなくて——」
「人工的に施されている。薬品か、あるいは魔素を使った促進処理か。とにかく、経年変化を意図的に再現している」
「贋作ってことですか?」
「まだ早い。外側だけじゃ判断できない」
次に削り痕の分析に移る。
表面を斜めから光に当てると、微細な傷が浮かび上がった。金属の加工痕だ。旧文明の遺物には、製造時の加工痕が必ず残っている。工具の種類、刃の入る角度、送り速度——それらが痕跡として金属の表面に刻まれる。おれたち鑑定士は、その痕跡から製造年代と技術レベルを読み取る。
「削り痕の角度を見る。旧文明のプレ・ナノマシン期の加工技術なら、切削工具の刃先角度は一定の範囲に収まる。時代ごとに工具の規格が違うからな。第三層の出土品なら——」
ルーペの倍率を上げた。
「——おかしい」
「え?」
「削り痕の角度が浅すぎる。第三層の時代の切削工具なら、もっと深い角度で刃が入るはずだ。この角度は——第五層、いや、第六層以深の技術に近い」
リタが椅子から腰を浮かせた。
「第六層って、深層じゃないですか。銀牌以上じゃないと入れないとこですよね?」
「ああ。だがこの品はお前が中層の第三層で見つけた。素材の質感は第三層の出土品に合致するのに、加工痕だけが別の時代を指している」
次は重量と比重だ。精密な天秤に載せ、体積から比重を算出する。
「比重七・八三。鉄系合金の範囲だが、旧文明期のどの標準規格とも微妙にずれる。素材そのものが既存のどのカテゴリにもぴったり当てはまらない」
さらに擦過試験。石板の上で金属塊の角を軽く擦り、痕跡の色を見る。
「擦過痕の色味は暗灰色。鉄系合金で矛盾しないが、粒子の散り方が均一すぎる。鋳造品なら結晶構造にむらが出るはずだ。これは——鍛造に近い均質さだな」
「ノルさん、ちょっとわからなくなってきました……。つまり、本物なんですか? 偽物なんですか?」
リタの問いに、おれは黙って次の工程に進んだ。
ここからが本題だ。
薄刃の小刀で、酸化被膜の一部を慎重に削る。表層の下に隠れた金属の地肌を露出させる。ルーペの倍率を最大にして、地肌を観察した。
「……やはりな」
声が自然と低くなった。金属の地肌に、肉眼ではまず見えない微細な紋様が走っていた。規則的な線の集合体——回路の残留痕だ。
「回路が残ってる。ナノマシン時代の遺物に見られる、生きた回路の痕跡だ。もう機能はしていないが、かつてこの金属の内部をナノマシンが走っていた名残がある」
「え……じゃあこれ、プレ・ナノマシン期の遺物じゃなくて、ナノマシン時代の?」
「外見はプレ・ナノマシン期に見せかけてある。だが中身は違う。回路の残留痕がそれを裏切っている」
椅子に背を預けて、腕を組んだ。
頭の中で、これまでの分析結果を並べ直す。
経年変化は人工的。削り痕の角度は時代が合わない。比重は既存規格に当てはまらない。そして表面の下には回路の残留痕。
外側は嘘をついている。だが内側は本物の特徴を持っている。
つまり——
「結論を言う」
リタが息を呑んだ。
「これは贋作だ。外見を意図的に加工してある。経年変化の偽装、削り痕の偽装、表面処理。どれも手が込んでいる」
「贋作……」
「だが」
おれは遺物を手に取った。指先に、またあの微かな熱——いや、回路の残留痕の感触があった。
「おかしい」
「おかしい?」
「贋作にしては、おかしい。普通の贋作師がやる仕事じゃない」
立ち上がって、棚から参考資料の遺物をいくつか取り出した。贋作のサンプルだ。過去に鑑定で弾いたものを、見本として保管してある。
「贋作師ってのは、本物に似せることが目的だ。だから本物の特徴を再現しようとする。表面処理、経年変化の模倣、加工痕の偽装——どれも『本物らしく見せる』ための工夫だ」
サンプルの贋作と、リタが持ち込んだ品を並べた。
「だがこいつは——何がしたいのかわからない。外見は贋作だ。だが中にナノマシン時代の回路の残留痕がある。贋作師が回路の痕跡まで仕込むか? 仕込まない。見えないところに手間をかける意味がない。つまり——回路は元からあった可能性がある」
「元から? じゃあこれ、ただの贋作じゃなくて……」
「わからん。結論を出すには材料が足りない。だが一つ確かなことがある。この偽装の精度は異常だ」
回路の残留パターンをもう一度ルーペで確認した。
微細な紋様の中に、妙な特徴があった。回路の線が交差する部分で、わずかに不自然な断裂が入っている。自然な劣化なら線が細くなって途切れるが、この断裂は——まるで工具で意図的に切断したかのように、断面が鋭い。
「こういう痕を残せる職人は、デルガには——」
言いかけて、口を噤んだ。
「デルガには?」
「……いや。とにかく、普通の贋作師の仕事じゃない。遺物の真贋を見分ける側の人間、つまり鑑定の知識を持った奴がやっている。でなければ、鑑定士の目を誤魔化すレベルの偽装はできない」
遺物を机に戻した。
ただの贋作なら、鑑定結果を書いて依頼人に返せばいい。だがこれは、ただの贋作じゃない。本物を偽物に変える——そんな手間をかける理由が、おれにはまだ見えない。
「ノルさん」
リタが椅子から立ち上がって、遺物を覗き込んだ。
「これ、やばいものなんですか?」
「わからん。だが気持ち悪い。鑑定士として——気持ち悪い」
腕を組み直した。窓の外では、港の上を海鳥が旋回している。朝の光が入り江の水面を白く照らしていた。
平穏な景色だ。おれの日常はこの景色の中にあるはずなのだが、手の中の遺物が、妙にそこから浮いて見えた。
「……明日、朝市に行く」
「朝市? 魚を買いに?」
「遺物商の方だ。似たような品が出回っていないか、聞いてみる」
言ってから、自分でもため息が出た。
朝市の遺物商に顔を出せば、鑑定を頼まれる。断れば角が立つし、引き受ければ時間が潰れる。厄介だ。
だが——この違和感を放置するほうが、もっと面倒な気がした。
鑑定士の性分だ。目の前の嘘を見逃せない。
偽物は、嘘のつき方に癖が出る。その癖を辿れば、嘘をついた人間に辿り着く。
問題は、辿り着いた先に何があるかだ。
「リタ」
「はい!」
「お前、しばらくこの件に首を突っ込むな。厄介なことになるかもしれん」
「え——でも、わたしが持ってきた遺物ですよ?」
「だから言ってる。面倒な匂いがするんだ、これは」
リタは不服そうに唇を尖らせたが、それ以上は言わなかった。
素直なのはこいつの美点だ。少なくとも今のところは。
工房の窓から差し込む光の角度が変わっていた。いつの間にか、昼近くになっている。鑑定に没頭すると時間の感覚がなくなるのは、昔からの悪い癖だ。
「……飯、食ってないな」
「あ、わたしもです! お腹空きました!」
「お前に飯を出す義理はないんだが」
そう言いながら二階に上がって、朝市で買った白身魚を焼き始めている自分に気づいた。
二人分。
面倒だ。本当に、面倒だ。
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