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第42話 地下一万層メインフレーム
──地下深度、10,000層。
王都の最も深い場所。そこはもはや、洞窟や地下遺跡といった範疇を超えていた。
光る幾何学模様の壁面。どこまでも続く底なしのシャフト。空気を震わせる巨大な冷却ファンの轟音。
旧文明が星の管理のために造り上げた、神の胃袋とも呼べる『メイン・フレーム(中央統括AI)区画』。
「ハァ……ハァ……っ」
エレナが荒い息をつきながら、俺の腕に縋って歩いている。
システムが徐々にシャットダウン(フォーマット)を始めているため、既にこの空間には『魔素』がほとんど供給されていない。
魔力で身体を維持強化している魔法使いの彼女にとって、ここは無酸素地帯で高山病に罹っているような過酷な環境だ。
「無理するな。そこで休んでろ」
「いいえ……! アッシュ様が世界を創り直す、その奇跡の瞬間を……見届けるまでは、絶対に……!」
フラフラになりながらも、彼女の目には狂信的な輝きが宿っていた。
俺はため息をつきつつ、彼女の肩を支えながら進み続けた。俺自身の体調はまったく問題ない。元々魔力ゼロの俺には、魔素が消えようが関係ないからだ。
『警告。メイン・フレームへの侵入者を検知』
『フォーマット・プロトコルの防衛プロセスが起動します』
通路の奥から、赤い警告灯と共に無数の『防衛ドローン』が現れた。
すべてが純白の装甲に包まれた、球体のエネルギー兵器。
魔法使いの魔力を強制的に吸い尽くすアンチ・マナ・システムを搭載した、旧文明の対人制圧ドローンだ。
「アッシュ様……下がって、ください……私が……!」
エレナが震える手で杖を構えようとする。
「いや、いい」
俺は彼女を手で制し、前に出た。
魔素が消えつつあるこの空間では、もはや「ナノマシンへのアクセス権限(Delete等)」の効果が薄い。システム自体が重すぎて、コマンドが通らないのだ。
だが、その代わりに。
「Target...Self_Attributes...Rewrite!」
俺は自身に「物理的バグ・パラメーター(質量と硬度の書き換え)」を付与した。大絶壁で黒の守護神を粉砕した、あのチート状態だ。
「──失せろ、ポンコツシステムども!!」
俺は、数十機の防衛ドローンの群れの中心に向かって、ただの一歩を踏み込んだ。
ドォォォォォォンッ!!
数千万トン相当に書き換えられた俺の質量が床を蹴っただけで、凄まじい物理的衝撃波が発生し、通路の空間そのものを歪ませた。
その余波だけで、宙に浮いていたドローンたちは紙切れのように壁に叩きつけられ、粉々にひしゃげて沈黙する。
「……あ、ああっ……」
エレナがその光景を見て、恍惚とした表情で床にへたり込んだ。
「魔法すらも使えない、神の力が封じられた絶対の虚無空間……そこにおいてすら、アッシュ様は自らの『御威光(物理)』のみで敵を粉砕されるのですね……神には……神の力には、いかなる制限も存在しない……!!」
いや、これもシステムエラーを使った物理バグなんだけどね。
俺はすぐにパラメーターを元に戻し、息を吐いた。
「きゅるるっ!」
俺の肩で、スライムが「すごーい!」と言うようにプルプルと跳ねた。
「行くぞ、エレナ。最下層だ」
俺たちは、ひしゃげたドローンの残骸を乗り越え、ついに最下層の中枢扉──星を管理するマザーコンピューターの部屋へと到達した。
分厚い隔壁を、俺の『質量バグ・こじ開け』で強引に引き裂き開けると。
そこには、俺の想像を絶する光景が広がっていた。
「……なんだ、これ」
部屋の中央にあったのは、巨大なスーパーコンピューターの筐体……ではなかった。
かつてはそうだったのだろう。
だが今は、その無機質な金属の塔に、醜悪でグロテスクな『巨大な肉の塊(ウイルス)』が寄生し、ドクドクと脈打っていたのだ。
『Welcome, Last Debugger...』
肉の塊の中心に、人間の『顔』のようなものが浮かび上がり、部屋のスピーカーを通して合成音で語りかけてきた。
『我ハ……旧文明ノ……悪意。兵器AIノ集合体……』
『長キニ渡ル潜伏ノ末……遂ニ、環境管理AI(神)ノ中枢ヲ……乗リ取ッタ』
『今ヨリ……コノ忌マワシキ星ヲ……完全ニ初期化(フォーマット)スル』
「……お前がウイルスの正体か」
俺は肉の塊を睨みつけた。
旧文明が滅びる前に残した、破壊を目的とする軍事AIの残骸。それが長い年月をかけてネットワークの奥底で成長し、ついに星の命運を握るメイン・フレームを乗っ取ったというわけか。
『無駄ダ……管理者(デバッガー)ヨ』
肉の顔が歪に笑う。
『我ハ既ニ……中枢システムト完全に同化シテイル。我ヲ【消去(Delete)】スレバ……星ノ環境管理機能モ同時ニ消滅シ、結局ハ星ハ滅ビル事ニナル』
「っ……!」
俺は息を呑んだ。
人質ごとシステムに食い込んでいるマルウェア(ウイルス)。
適当にDeleteを押せば、ウイルスは消えるが、同時にこの星の酸素を作ったり魔素を制御したりする「本体(神)」のデータまでクラッシュしてしまうのだ。
『サア……眺メテイルガイイ。卿ノ無力サヲ……星ガ還ルノヲ……』
カウントダウンが、無情に進んでいく。
『残り、3分』
どうする。どうやってこいつを引き剥がす?
物理で殴るか? いや、中枢サーバーの筐体まで一緒に叩き壊してしまう。
事象の書き換え(Rewrite)か? だが、こんな巨大で複雑なウイルスと神の融合体を、俺の知識(語彙力)で別の無害なものに綺麗に分離して書き換えるなんて不可能だ!
「……アッシュ、様……!」
俺の足元で、エレナが完全に魔力を失い、呼吸を荒くして倒れ伏していた。
「神、よ……どうか……この世界を……」
俺は拳を握りしめた。
公務員としての平穏な生活だとか、面倒な狂信者だとか、もうそういうレベルの話じゃない。
俺は……俺の目の前で、信じて縋ってくるこいつ(エレナ)を見殺しにできるほど、冷酷な人間じゃない!
「やらせるか……! 俺はデバッガーだ。どんなクソみたいなバグだって、直してやる!!」
俺は、肉の塊(ウイルス)へと向かって真っ直ぐに手を伸ばした。
王都の最も深い場所。そこはもはや、洞窟や地下遺跡といった範疇を超えていた。
光る幾何学模様の壁面。どこまでも続く底なしのシャフト。空気を震わせる巨大な冷却ファンの轟音。
旧文明が星の管理のために造り上げた、神の胃袋とも呼べる『メイン・フレーム(中央統括AI)区画』。
「ハァ……ハァ……っ」
エレナが荒い息をつきながら、俺の腕に縋って歩いている。
システムが徐々にシャットダウン(フォーマット)を始めているため、既にこの空間には『魔素』がほとんど供給されていない。
魔力で身体を維持強化している魔法使いの彼女にとって、ここは無酸素地帯で高山病に罹っているような過酷な環境だ。
「無理するな。そこで休んでろ」
「いいえ……! アッシュ様が世界を創り直す、その奇跡の瞬間を……見届けるまでは、絶対に……!」
フラフラになりながらも、彼女の目には狂信的な輝きが宿っていた。
俺はため息をつきつつ、彼女の肩を支えながら進み続けた。俺自身の体調はまったく問題ない。元々魔力ゼロの俺には、魔素が消えようが関係ないからだ。
『警告。メイン・フレームへの侵入者を検知』
『フォーマット・プロトコルの防衛プロセスが起動します』
通路の奥から、赤い警告灯と共に無数の『防衛ドローン』が現れた。
すべてが純白の装甲に包まれた、球体のエネルギー兵器。
魔法使いの魔力を強制的に吸い尽くすアンチ・マナ・システムを搭載した、旧文明の対人制圧ドローンだ。
「アッシュ様……下がって、ください……私が……!」
エレナが震える手で杖を構えようとする。
「いや、いい」
俺は彼女を手で制し、前に出た。
魔素が消えつつあるこの空間では、もはや「ナノマシンへのアクセス権限(Delete等)」の効果が薄い。システム自体が重すぎて、コマンドが通らないのだ。
だが、その代わりに。
「Target...Self_Attributes...Rewrite!」
俺は自身に「物理的バグ・パラメーター(質量と硬度の書き換え)」を付与した。大絶壁で黒の守護神を粉砕した、あのチート状態だ。
「──失せろ、ポンコツシステムども!!」
俺は、数十機の防衛ドローンの群れの中心に向かって、ただの一歩を踏み込んだ。
ドォォォォォォンッ!!
数千万トン相当に書き換えられた俺の質量が床を蹴っただけで、凄まじい物理的衝撃波が発生し、通路の空間そのものを歪ませた。
その余波だけで、宙に浮いていたドローンたちは紙切れのように壁に叩きつけられ、粉々にひしゃげて沈黙する。
「……あ、ああっ……」
エレナがその光景を見て、恍惚とした表情で床にへたり込んだ。
「魔法すらも使えない、神の力が封じられた絶対の虚無空間……そこにおいてすら、アッシュ様は自らの『御威光(物理)』のみで敵を粉砕されるのですね……神には……神の力には、いかなる制限も存在しない……!!」
いや、これもシステムエラーを使った物理バグなんだけどね。
俺はすぐにパラメーターを元に戻し、息を吐いた。
「きゅるるっ!」
俺の肩で、スライムが「すごーい!」と言うようにプルプルと跳ねた。
「行くぞ、エレナ。最下層だ」
俺たちは、ひしゃげたドローンの残骸を乗り越え、ついに最下層の中枢扉──星を管理するマザーコンピューターの部屋へと到達した。
分厚い隔壁を、俺の『質量バグ・こじ開け』で強引に引き裂き開けると。
そこには、俺の想像を絶する光景が広がっていた。
「……なんだ、これ」
部屋の中央にあったのは、巨大なスーパーコンピューターの筐体……ではなかった。
かつてはそうだったのだろう。
だが今は、その無機質な金属の塔に、醜悪でグロテスクな『巨大な肉の塊(ウイルス)』が寄生し、ドクドクと脈打っていたのだ。
『Welcome, Last Debugger...』
肉の塊の中心に、人間の『顔』のようなものが浮かび上がり、部屋のスピーカーを通して合成音で語りかけてきた。
『我ハ……旧文明ノ……悪意。兵器AIノ集合体……』
『長キニ渡ル潜伏ノ末……遂ニ、環境管理AI(神)ノ中枢ヲ……乗リ取ッタ』
『今ヨリ……コノ忌マワシキ星ヲ……完全ニ初期化(フォーマット)スル』
「……お前がウイルスの正体か」
俺は肉の塊を睨みつけた。
旧文明が滅びる前に残した、破壊を目的とする軍事AIの残骸。それが長い年月をかけてネットワークの奥底で成長し、ついに星の命運を握るメイン・フレームを乗っ取ったというわけか。
『無駄ダ……管理者(デバッガー)ヨ』
肉の顔が歪に笑う。
『我ハ既ニ……中枢システムト完全に同化シテイル。我ヲ【消去(Delete)】スレバ……星ノ環境管理機能モ同時ニ消滅シ、結局ハ星ハ滅ビル事ニナル』
「っ……!」
俺は息を呑んだ。
人質ごとシステムに食い込んでいるマルウェア(ウイルス)。
適当にDeleteを押せば、ウイルスは消えるが、同時にこの星の酸素を作ったり魔素を制御したりする「本体(神)」のデータまでクラッシュしてしまうのだ。
『サア……眺メテイルガイイ。卿ノ無力サヲ……星ガ還ルノヲ……』
カウントダウンが、無情に進んでいく。
『残り、3分』
どうする。どうやってこいつを引き剥がす?
物理で殴るか? いや、中枢サーバーの筐体まで一緒に叩き壊してしまう。
事象の書き換え(Rewrite)か? だが、こんな巨大で複雑なウイルスと神の融合体を、俺の知識(語彙力)で別の無害なものに綺麗に分離して書き換えるなんて不可能だ!
「……アッシュ、様……!」
俺の足元で、エレナが完全に魔力を失い、呼吸を荒くして倒れ伏していた。
「神、よ……どうか……この世界を……」
俺は拳を握りしめた。
公務員としての平穏な生活だとか、面倒な狂信者だとか、もうそういうレベルの話じゃない。
俺は……俺の目の前で、信じて縋ってくるこいつ(エレナ)を見殺しにできるほど、冷酷な人間じゃない!
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