アビゲイル・サーガ ~侍女から始まる英雄譚~

瑪瑙 鼎

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28:武装強化

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「クソぉ、抜かった。まさかこの俺がこんな形でダシに使われるとは…」

 宮殿を辞し、帝都オストリアのラシュレー邸へと戻った坊ちゃんは、自室に戻ると上着をソファに放り投げながら悪態をついた。坊ちゃんに続いて入室した私は、坊ちゃんの背中に向かって頭を下げる。

「坊ちゃん、申し訳ありません。この様な形でお手間をおかけいたしまして…」
「…あぁ、いや、今回はお前のせいじゃない。帝室と教会の事情も分かるし、フランシーヌ様も含め三者の言い分を踏まえた上手い落としどころだと思う。俺の観戦武官任命が完全なオマケと言うのが、癪に障るだけだ」

 観戦武官に任命された事自体は喜ばしいと思うけど、その意図が透けて見えてしまっている分、坊ちゃんは釈然としないらしい。私は、坊ちゃんがこういう時に見せる子供っぽさに内心で可笑しさを覚えながら、坊ちゃんを宥めた。

「坊ちゃんは元々優秀な魔術師なのですから、観戦武官に任命されるのは至極当然の事かと。私の件はたまたまそれで帳尻が合っただけの事ですから、坊ちゃんは僅か18歳で任命された事を、もっと誇って好いかと思いますよ?」
「フン…まぁ、理由は何であれ、貴重な経験を得るチャンスである事に違いはない。貰えるものは、きっちり貰っておくさ」

 若干拗ねながらもちゃんと前向きな姿勢を見せる坊ちゃんの後姿は、見ていてとても誇らしい。私は坊ちゃんに6年間仕えた者として、その頼もしい背中に何とも言えない嬉しさと温かさを覚えた。勿論私も、坊ちゃん付きの侍女として同行するつもりだ。

 …ん?あれ?

 疑問に思った私は、坊ちゃんの背中に尋ねた。

「…坊ちゃん、私、右手治りましたし、騎士に戻った方が良くないですか?」
「ん?…あ、あぁ…」

 私の質問に坊ちゃんは一度振り返ったが、再び前を向いて私に背中を向けたまま曖昧に答える。

「…いや、お前は今まで通り、側付きの侍女でいてくれ」
「え?でも、右手治っても、今まで通り何もできませんよ?」
「いいんだよ、それで。…それとも、何か?俺の侍女でいるのが、そんなに嫌なのか?」
「え?いえ、嫌じゃないですよ?」
「じゃぁ、いいじゃねぇか、それで」

 再び振り返った坊ちゃんの横目が剣呑な様子を見せ、私は慌てて手を振って否定する。な、何か機嫌悪いな、坊ちゃん。私の反応を見た坊ちゃんは再び前を向き、駄目押しの言葉を放った。

「大体、お前を近くに置いて目を光らせておかないと、俺の監督責任に繋がる」
「うっ」

 自業自得とは言え、痛いところを突いてくる。騎士のトレードマークと言うべき長剣ブロードソードは、危ないからって持たせてくれない。まぁ、騎士だろうが侍女だろうが坊ちゃんの傍に居るのは変わらないから、好いか。そう結論づけた私は、坊ちゃんに一つ、お願いをする事にした。

「…分かりました。それでは坊ちゃん、私を鍛冶屋に連れて行っていただけませんか?」
「鍛冶屋?」
「はい」

 三度みたび振り返った坊ちゃんに、私は右手を掲げて答える。

「この通り右手も完治いたしましたから、観戦武官帯同たいどうに当たり、装備を整えたいのです」



 ***

 翌日。

 私達は馬車に乗って、オストリアの繁華街へと繰り出した。馬車は一軒の大きなレンガ造りの建物の前で留まり、御者が降りて扉を開ける。坊ちゃんに続けて馬車から顔を出した私は、無骨な、しかしどっしりとした構えの建物を見て、感嘆の声を上げた。

「これはまた、大きな工房ですねぇ…」
「騎士団装備の製作元だからな。軍に卸しているだけあって、質もお墨付きだ」

 先触れですでに伝わっていたのだろう、建物の入り口には数人の男達が整列しており、坊ちゃんが進み出ると一同が深く頭を下げる。一番年嵩の男が頭を上げ、口を開いた。

「シリル様、この度は私どもの工房にお越しいただき、誠にありがとうございます。ラシュレー公爵家のご指名にあずかり、光栄な事この上ございません。当工房の総力を挙げ、ご期待に応えさせていただきます」
「工房長、当方の急な要請に応えていただき、感謝する。この者の望む装備を整えてもらいたい」

 そう応じた坊ちゃんが侍女姿の私を指し示すと、工房長は戸惑いの表情を浮かべる。

「…このご婦人のご希望、でございますか?」
「ご心配なく。こう見えて、元は騎士の出ですので」
「さ、左様でございましたか。失礼いたしました」

 私が一礼して自己紹介するも、工場長は半信半疑の態で曖昧に頷く。彼は工房の入口を指し示し、私達を誘った。

「何はともあれ、シリル様、工房をご案内いたします。此方へどうぞ」



 工房の中は広く、大勢の工員が汗を流していた。窯の中では濛々と火が立ち込め、ドロドロに溶けた鉄が鋳型に流し込まれ、白煙を噴き上げる。筋肉質の男達が全身汗まみれになり、真っ赤に灼けた剣を火箸で掴み、金槌ハンマーを力一杯叩きつける。私達はレンガ造りの建物の中に充満する熱気と蒸気と喧騒に、しばし呆気に取られていた。

 このような場所に長居する事は公爵家嫡男に相応しくないと感じたのだろう、工房長は手短に工房の説明をすると、私達を倉庫へと誘導した。其処には完成した武器や防具が並べられ、男達が検品作業を行っていた。工房長が長机の上に並べられた武具を指し示す。

「まずは当工房の製品をご覧下さい。その上でどの様な武具をご希望か、お教え願いますでしょうか」
「それでは失礼して…」

 私は工房長に頭を下げ、防具を一つひとつ手に取って、その質を確かめた。流石、軍に納めているだけあって、頑丈で関節部の動きも良好。ただ、量産品だから重いな。私は顔を上げ、工房長に尋ねた。

「ミスリル製の武具はございますか?」
「ミスリルは此方に。ダマスカスやアダマンタイトもございますが」
「いえ、ミスリルのみで結構です」

 ダマスカスやアダマンタイトは硬度に勝るが、その分重く、値も張る。私が求めるのは、硬度よりも軽量化と可動性。私は工房長の後を追い、ミスリル製の防具を手に取った。

 うん、大分軽くなっている。ただ、やはり量産品だけあって満遍なく守られており、余計な重さがある。防御重視で、可動域もいまいち。私は防具を手にしたまま、坊ちゃんに目を向けた。

「金は気にするな。納得いく物を作れ」
「ありがとうございます、坊ちゃん」

 私は頭を下げ、坊ちゃんの厚意に甘える。勿論坊ちゃんの許可が下りたからと言って、青天井な事はしない。材料費は良識の範囲に留め、工法や機構面で色々注文をつけるだけだ。私はミスリル製の籠手ガンドレッドを手に取り、工房長に掲げた。

「それでは、ミスリルの籠手ガンドレッド脛当てグリーブを作製いただけますか?」
籠手ガンドレッド脛当てグリーブ、ですか?剣や鎧は?」
「不要です。防具よりも殴打器として使いますので、硬度以上に軽量性と可動性を追及します。まず、この手首の部分ですが…」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。今メモを取りますので」

 私が籠手ガンドレッドの手首を指し示して口を開くと、彼は慌てて紙とペンを取り出す。そのまま私は坊ちゃんとノエミを放置し、倉庫の片隅で工房長と小一時間ほど押し問答を繰り広げた。



「ふぅ…。坊ちゃん、ありがとうございました!これなら充分、実用性に耐えうる一品に仕上がります!」

 工房を辞した私は両手を広げ、外の清々しい空気を存分に吸い込んだ。私に続いて外に出た坊ちゃんが、頭を掻いてぼやく。

「お前、どんだけ注文つけるんだよ。工房長、あまりの注文の多さに目を白黒させていたじゃないか」
「仕方ないじゃないですか、命に関わる事なんですから」
「そりゃ、そうだけどな…」

 私が体の後ろで手を組み、腰を折って坊ちゃんの顔を覗き込むと、坊ちゃんは不貞腐れた表情でそっぽを向く。その容姿に釣り合わない子供っぽい仕草に、私は思わず顔を綻ばせた。

「さて、思ったよりも時間が掛かっちゃいましたし、そろそろ館に戻りましょうか…。あら、ノエミ、どうしたの?」

 私は頭を上げて帰宅を促すが、ノエミが繁華街にずっと目を向けているのに気づき、尋ねた。我に返ったノエミは慌てて手を振り、弁解する。

「あ、いえ!…ただ、いい匂いだなぁって…」
「…あら、本当ね。焼き菓子の匂いかしら…」

 ノエミの指摘に鼻をひくつかせると、甘く香ばしい小麦の匂いが漂ってきた。繁華街に目を向けると沢山の屋台が並び、何かを焼いていると思われる煙が幾筋も立ち昇っている。胃が情けない声を上げ、私がお腹を擦りながら振り返ると、坊ちゃんが仕方ないと言わんばかりに溜息をついた。

「…まぁ、たまにはいいか。ノエミも待っているだけで疲れただろうし」
「そんな!?私の事はお気になさらず!」

 ノエミが慌てて両手を振って断るが、坊ちゃんは両手を腰に添え、諭すように言い放つ。

「わざわざコイツの装備を整えたくらいなんだから、お前にも赴任に当たって何か買ってやらんと、俺の立つ瀬がない。此処は有難く貰っておけ」
「で、でも、本当に私で好いんですか?」

 坊ちゃんの宣言を受け、ノエミが顔を上げて不安気に尋ねる。

 私も坊ちゃんに同行するが、侍女としては全くの役立たずだ。観戦武官として赴任する間、坊ちゃんの身の回りの世話はノエミに一任する事になる。成り行きとは言え、出仕して僅か2年で公爵家嫡男の身の回りを全て任される事に、ノエミは未だに信じられないようだ。私はノエミの肩を叩き、彼女を励ました。

「もっと自分に自信を持ちなさいよ、ノエミ。あなた手先が器用だし、私と違って家事全般、何でもそつなくこなすじゃない。だからこそ、坊ちゃんだって頻繁にあなたを呼び立てるんだから」
「リュシーさん…」
「それに、あなたには他にもやるべき事があるんだから」

 私の肩ほどの高さしかない小柄なノエミが、縋るように私を見る。私は彼女を安心させるために微笑むと、腰を曲げて顔を寄せ、耳元で囁いた。



「…殺伐とした戦地で坊ちゃんが健全でいられるよう、鬱積した欲望の捌け口も必要だし」
「ちょっと!?何ですか、その悪意ある表現っ!?」
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