アビゲイル・サーガ ~侍女から始まる英雄譚~

瑪瑙 鼎

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42:二人旅

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 フランシーヌ隊が発足して2ヶ月半。リアンジュは山羊の月を迎え、新しい1年が始まった。

 北部戦線は相変わらず平穏で、散発的なアンデッドの侵入は確認されているものの、各方面軍が適切に対処しており、女帝エンプレスは鳴りを潜めたままだった。深窓の令嬢ブルー・ブラッド討伐後に一度現れたが、すぐに「あな」へと引き返したそうで、都合半年も動きがない事になる。北部戦線に長く務めるセヴラン様も「こんな静かな年は初めてだ」と首を傾げており、黒衣の未亡人ブラック・ウィドウ深窓の令嬢ブルー・ブラッド、2体の撃破はアンデッド側に相当の打撃を与えているようだ。

 新年のお祝いは盛大に行われ、騎士や兵士達にもお酒や料理が振る舞われた。人々は陽気に騒ぎ、歌い踊って、新年を歓ぶ。女帝エンプレスとの戦いが起きれば、自分達の誰かが必ず居なくなる。そう思えば、今皆が居るうちに楽しもうと思うのも当然の事だ。坊ちゃんと私も、フランシーヌ様やセヴラン様と共に宴の輪に入り、騎士達と親睦を深めた。途中、泥酔した騎士がフランシーヌ様に抱きつこうとしたのを咎め、豪快な一本背負いをかまして拍手喝采を浴びたのは、ご愛敬だ。

 そうして新年の宴を終え、落ち着きを取り戻しつつある、山羊の月の12日。

 …私は、追い詰められていた。



 ***

「ねぇ、ノエミ。貴方は今年、どうするの?」
「私ですか?」

 自室で私がベッドに寝っ転がったままノエミに尋ねると、ノエミは隣のベッドの上で正座し、膝の上で洗濯物を折り畳みながら、事も無げに答える。

「今年は、オストリアで御裾分けいただいたジュレを作って差し上げようかと」
「へ?貴方、レシピ知っているの?」
「ええ。あの後、厨房で教えていただきましたから」
「材料は?」
「手配済みです。明後日には全部揃います。…はい、リュシーさん」
「あ、ありがと」

 さも当然のように答えたノエミは、私の洗濯物を畳み終えると、ベッドから身を乗り出して私に手渡す。私の壊滅的な家事能力のせいでサン=スクレーヌにある自室は荒れ放題だけど、此処リアンジュでは相方のノエミの卓越した家事能力のお陰で、部屋は清潔さを保っていた。ノエミが同居人で、本当に助かる。衣服だって私が何も言わなくても洗濯してきちんと畳んでくれるし、美味しい紅茶だって淹れてくれる。ちょっと胸は慎ましいけど目鼻立ちは整っているし、気配りができて気立ても好い。こんな優良物件、そうそうお目に掛かれないと思うんだけど、何で坊ちゃんは手を出さないのかねぇ?…やっぱり、慎ましいから?

「…リュシーさん、何か失礼なコト、考えていません?」
「ん?そんな事ないわよ?」

 ノエミが両手で自分の胸を隠し、ジト目を向けて来るが、私は手を振って否定する。疑わし気な視線を振り切り、洗濯物を胸に抱えたまま寝返りを打って天井を見上げていると、視界の外からノエミの声が聞こえて来た。

「…それで、リュシーさんは何を贈るか、決めたんですか?」
「…どうしよう…」
「勘弁して下さいよ…」

 天井に向かって途方に暮れていると、げんなりした声が続く。目を向けると、ノエミがベッドの上にぺたんと座り、憮然とした表情を浮かべている。

「シリル様、リュシーさんから貰えないと、途端に不機嫌になるんですからね?嫌ですよ、私。巻き添え喰うの」
「わかってるわよ…」

 ノエミの非難がましい目から逃れようと、私は再び天井へと目を向けた。



 山羊の月の15日は、坊ちゃんの誕生日だ。あと3日で、坊ちゃんは19歳になる。

 帝国有数の公爵家の嫡男で、お義父様とマリアンヌ様から沢山の愛情を受けて育った坊ちゃんだから、誕生日ともなればプレゼントに事欠かない。お義父様とマリアンヌ様は坊ちゃんの成長に合わせた逸品を毎年贈られ、今年はラシュレー領から遠く離れたリアンジュまでわざわざ届けられて、今は私とノエミの部屋に隠してある。お義父様からの手紙に「見ても好いよ」と書いてあったので喜んで開けてみたら、お義父様の愛剣に瓜二つのレイピアだった。

 お、お義父様、コレ私にいただけません!?毎晩抱き枕にして寝ますからっ!

 一方、マリアンヌ様からのプレゼントは、マリアンヌ様ご自身の横顔を象った綺麗なカメオで、名前は「痴れ者絶対殺すマン」。もう、名前だけで効能が丸分かりである。

 話が逸れちゃったけど、他にもここ3年ほどは坊ちゃんの伴侶の座を射止めようと目論む高位貴族から山の様な贈り物が届けられるくらいだから、私がプレゼントを贈らなくても全然困らないはずなのに、私が贈らないと途端に不機嫌になる。私のお給金で買えるものなんてタカが知れているし、家事破壊者デストロイヤーなのでノエミみたいな工夫も出来ない。だからせいぜい市場で買った羽ペンとかハンカチとか、そんな物しか贈れないんだけど、坊ちゃんつまらなそうに受け取るくせに、気がつくと使っているんだよね。高位貴族から贈られた高価な品々を差し置いて使ってくれるもんだから、何となくこそばゆい。

 というわけで、今年も何か贈りたいのはやまやまなんだけど、軍需拠点のリアンジュじゃ目ぼしい物が見つからなくって。気づけば、もうあと3日しかなくなってしまった。

「…よし、決めた」
「何にしたんですか?」

 ベッドから起き上がって決意表明する私に、ノエミが尋ねる。私は天井を見上げ、右拳を握りしめながら、高々に宣言した。

「…降参しよう」
「…へ?」



 ***

「坊ちゃん、参りました。私の負けです。逃げも隠れもしませんから、どうぞ煮るなり焼くなり、好きにして下さい」
「お前、勝負事じゃねぇんだからよ…」

 私の正々堂々とした敗北宣言の前に、坊ちゃんが椅子に腰掛けたまま額に指を当て、顔を顰めている。よし、少なくとも怒られずに済んだ。敗北宣言という名の先制攻撃が期待通りの戦果を挙げ、私が内心でほくそ笑んでいると、坊ちゃんが思い出したように顔を上げた。

「…ん?お前、今、好きにしろって言ったな?」
「だからって、本当に煮たり焼いたりしないで下さいね?」
「するか、馬鹿」

 揚げ足を取られては敵わんと釘を刺す私に、坊ちゃんが渋面を浮かべる。

「17日にサンタピエで月市場が開かれるらしい。たまに掘り出し物も出るらしく、一度見てみたいと思っていたんだ。お前、それに付き合え」
「え?サンタピエって、後方の?」
「ああ」

 此処リアンジュの後方、馬で丸一日ほど行った所に、サンタピエという街がある。地域の物流の中心とも言える商業都市で、月に一度開かれる市場には周辺地域から沢山の人が押し寄せ、なかなかの盛況なのだそうだ。それくらいならお安い御用だし、もしかしたらサンタピエで坊ちゃんへのプレゼントが見つかるかも知れない。私は内心で了承しつつ、一応懸念を表明した。

「サンタピエまで行っている途中で女帝エンプレスが出たら、マズくないですか?」
「大丈夫だろう。出撃準備にだいたい一日かかるから、それまでには戻って来れる。勿論、フランシーヌ様の許可も取っておく」
「わかりました。じゃ、護衛隊の皆にも準備するよう、伝えておきますね」

 私はそう答えながら振り返り、部屋を出ようとしたが、坊ちゃんの予想外の言葉に足が止まった。

「いや、護衛は要らん。お前だけで好い」
「…え?で、でも、それでは坊ちゃんの身に何かあっては…」

 扉に手を掛けたまま私が恐る恐る振り返ると、坊ちゃんが椅子に座ったまま、呆れている。

「お前、今の自分の能力を忘れていないか?護衛なんざ、お前一人居れば十分だろうが」
「そ、それはそうですが…」
「それにサンタピエとリアンジュの間は、四六時中軍隊が往来している。盗賊なんて一人も居ないぞ?」
「た、確かに…」

 坊ちゃんの言う通り、半年前の私ならいざ知らず、右肩の完治した今の私であれば一人で十分に坊ちゃんを守れるし、坊ちゃん自身も優秀な魔術師。サンタピエとリアンジュの間の治安が良いのも、周知の事実だ。坊ちゃんが馬車での移動より乗馬を好む事も、護衛に囲まれた行動を窮屈に感じているのも、知っている。だけど丸二日、坊ちゃんのお供が私一人というのは、流石に…。

「お前、さっき自分で言っただろうが。『好きにしろ』って。だったら、少しは俺の言う事を聞け」
「わ、わかりましたよ…」

 うっ、こんなところで釘を刺されるとは。自分から言い出した手前、言い返す事もできず、私は観念して坊ちゃんの希望を受け入れる。

 坊ちゃんと二人きりで行動するの、以来かな…。

 私は、何故か胸の高鳴りを覚える自分に戸惑いを感じながら、フランシーヌ様の許可を取り付けるため、坊ちゃんの部屋を出て行った。



 ***

「おい、お前。大丈夫か、そんな格好で?風邪でも引いたらどうする!?」
「大丈夫ですってば。大体、これ以上着膨れしたら、坊ちゃんの護衛ができないじゃないですか」
「んなコト言ってないで、マフラーくらいしろ!お前、以前は毎日のように熱出して寝込んでたじゃねぇか」
「あ、あれは黒衣の未亡人ブラック・ウィドウの瘴気のせいであって…ちょ、ちょっと、坊ちゃんっ!?」

 16日の早朝。

 前日に19歳を迎えた坊ちゃんと私は、朝早くに出発準備を終え、馬を待つ間、やんややんやと言い合っていた。ラシュレー領より北に在るリアンジュだが、標高が高く積雪の多いラシュレー領と比べると、気候が温暖で過ごしやすい。北にある「孔」に隣接する地域は意外と暖かいそうで、「孔」の底に居る邪龍の体温が瘴気と共に拡散しているのではないかと言われていた。

 私はワンピースの上からセーターを羽織り、更に外套を身に纏っていたが、坊ちゃんが手にしていたマフラーを私の首に巻き付ける。坊ちゃんは、以前私が毎日熱を出して寝込んでいたのが心配で、完治した今もことある事に口を出し、しょっちゅう私の世話を焼いていた。私は革手袋を嵌めた手でマフラーを掴み、顔を出しながら抗議の声を上げるが、坊ちゃんは一向に耳を貸さず、私の外套のボタンを襟元までしっかり留めてしまう。何故かノエミと一緒に見送りに出てきて、坊ちゃんと私のやり取りを眺めていたフランシーヌ様が、半眼で笑みを浮かべた。

「…まったく。これじゃ、どっちが主人か分からないじゃない。リュシーさん、好いわねぇ。こんな素敵な従者が居て」
「フ、フランシーヌ様っ!?」

 私が顔を真っ赤にしてフランシーヌ様に抗議しているうちに、馬丁が厩舎から2頭の馬を連れて来た。坊ちゃんと私は馬に跨り、フランシーヌ様とノエミに振り返る。

「それではフランシーヌ様、行って来ます」
「明日の夜には戻って来ますので」
「好いわよ、そんなに急がなくても。もっとゆっくりしてらっしゃい」
「フランシーヌ様っ!」

 フランシーヌ様の茶化しに、私はもう一度抗議した。坊ちゃんも少しは言って下さいよ。何で前向いたまま、黙っているんですか?

 私は黙ったまま先行する坊ちゃんの背中に恨みがましい視線を送りながら、坊ちゃんと共にリアンジュを後にした。
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