アビゲイル・サーガ ~侍女から始まる英雄譚~

瑪瑙 鼎

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50:新緑のひととき

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 私達はその後、半月ほど7番砦に逗留し続けた。

 1週間ほどすると後方から新任の守備隊が到着し、第1中隊は任務の引き継ぎを行った。4番から6番砦の復旧に向かっていた第2第3中隊が戻る頃にはフランシーヌ様も快復し、セヴラン様はリアンジュへの帰還の準備を始めた。女帝エンプレスが討ち取られ魂喰らいソウル・イーターが全滅した事でアンデッドの勢いは明らかに衰えており、北部戦線全体を見渡しても、ワイトと少数のアニマル・ゾンビの侵入が散発的に確認される程度だった。

 色褪せた北部戦線にも春の芽生えが感じられる、羊の月の10日。フランシーヌ隊は7番砦を出立し、リアンジュへの帰途の道に就いた。女帝エンプレスとの戦いにおけるフランシーヌ隊の犠牲者は、約50名。この他に4番から7番砦の守備隊約200名が亡くなっており、大きな損害が出ている。それでもフランシーヌ隊や砦守備隊の面々の表情は、明るい。魂喰らいソウル・イーターが全滅し、帝国を脅かす脅威は、西の大国で暴れ回る腐肉喰らいスカベンジャーと、30年間消息不明の不死王ノーライフキングのみとなった。諸悪の権化たる不死王ノーライフキングの動向が分からない以上、過度な油断は禁物だが、それでも30年間帝国を悩ましてきた元凶が一掃された事に人々は安堵し、歓喜の声を上げていた。私達は途中で立ち寄った各砦でたびたび歓待を受けながら、晴れやかな気分でリアンジュへと向かった。



「お帰りなさい、フランシーヌ様!」
女帝エンプレス討伐、おめでとうございますっ!」
「フランシーヌ隊、万歳!帝国万歳!」

 羊の月の25日。

 約2ヶ月ぶりに戻って来た私達を、リアンジュの人々は総出で歓呼の声を上げ、出迎えてくれた。沿道には人が立ち並び、次々に花吹雪が舞う。馬車の窓から外に向かって笑みを浮かべ、繰り返し手を振っていたフランシーヌ様が対面に座る私に目を向け、秀麗な眉を下げた。

女帝エンプレス討伐の何の役にも立ってないのに、私ばかり目立って。申し訳なくて、居たたまれないわ」
「何を仰いますか、フランシーヌ様。もっと堂々と胸を張って下さい」

 引け目を感じて俯きがちになるフランシーヌ様の姿に私は顔を綻ばせ、主張の激しい自分の胸を挑戦的に突き出して、励ます。

女帝エンプレス討伐は、私一人で為し得た事ではありません。フランシーヌ隊全員の戦果です。フランシーヌ様はそのトップなんですから、堂々と功績を誇って好いんです。それにみんな、この偉業をさかなに騒ぎたくてウズウズしているんですよ?主賓がシケた顔していたら、みんな楽しめないですよ?」
「くすっ…つまり私は『幹事』って事ね?それじゃぁ、仕方ないわねぇ…」

 フランシーヌ様は自分の口に指を当てて笑いを堪えると、再び窓の外に向かって手を振り、笑顔を返した。



 砦に到着するとフランシーヌ様は馬車を降り、歓声を上げる人々の前に進み出た。人々の声が次第に小さくなり、やがて周囲が静まり返ると、フランシーヌ様が口を開き、澄んだ声が響き渡る。

「…33年。あの戦いで三体の魂喰らいソウル・イーターが生まれてから、33年。私達は苦しい戦いを繰り広げてきました。その苦労がついに実を結び、全ての魂喰らいソウル・イーターを討ち斃す事ができましたが、その偉業を為し得たのは、私ではありません。…この土地に生まれた皆さんが、故郷を守るべくアンデッドに立ち向かったからこそ、為し得たのです。
 皆さん、自身を誇って下さい。家族をたたえて下さい。この勝利は、皆さんのものです。多くの人々の犠牲と悲しい別離を経験した、皆さんのものです。
 戦いは、まだ終わっていません。ですが、今だけは皆さんと、この勝利を歓びたいと思います。この日を迎える事が出来なかった仲間達の冥福を祈り、感謝し、先人達の遺志を継いで帝国を守り抜くとの我々の想いを届けるために。砦の向こうに潜むアンデッド達に私達防人さきもりの戦意を知らしめるために。そして、明日も同じ皆で勝利を祝い、歓びを分かち合える事を信じて。
 …私、聖女フランシーヌ・メルセンヌが今日、此処に、アンデッドとの戦いに勝利した事を、宣言します!」
「「「うおおおおおおおっ!」」」
「「「帝国万歳!聖女フランシーヌ様、万歳!」」」

 フランシーヌ様が胸を張り、手にした錫杖を頭上へと振り上げて高々に宣誓した途端、周囲から怒号のような歓声が湧き上がった。男達は皆拳を振り上げ、女達は何度も手を打ち鳴らし、誰彼ともなく手を取り合って子供のようにはしゃぎ回る。

 30年以上も暗い影を落としていた北部戦線にようやく訪れた勝利にリアンジュは酔いしれ、2日間に渡ってお祭り騒ぎとなった。



 ***

「…姉様からお祝いの手紙が届いたわ。姉様の方も、すこぶる順調みたいね」

 リアンジュでのお祭りから数日が経過した牛の月の2日、私達はフランシーヌ様と共にリアンジュの南東に広がる草原へと繰り出していた。坊ちゃんと私がサンタピエを訪れた時から3ヶ月が経過し、色褪せた大地だった草原は鮮やかな緑に覆われ、蝶が蜜を求めて白や薄桃色に咲く花々の間を行き交っている。近くの森から鳥の囀りが鳴り響き、死と隣り合わせの北部戦線の地とは思えない生命の息吹を、私達は存分に味わっていた。

 フランシーヌ様は緑の絨毯の上に腰を下ろし、カサンドラ様から送られて来た手紙に目を通しながら嬉しそうに微笑む。私は横座りしてカサンドラ様の手紙を覗き込みながら、フランシーヌ様に尋ねた。

「予定日はいつなんですか?」
「双子の月の後半みたい。もう来月だなんて、早いわねぇ…」

 カサンドラ様がリアンジュを離れたのは、去年のはかりの月。もう半年も経ってしまった。昨年フランシーヌ様とお会いしてから始まった目まぐるしい一年を振り返り、私は思わず感傷に浸る。砦から持参したハーブウォーターを注ぎ、皆に配り終えたノエミが、フランシーヌ様に新たな器を差し出した。

「フランシーヌ様、お誕生日おめでとうございます。どうぞ、お召し上がり下さい」
「あら、ノエミさん、ありがとう。これ、あなたの手作り?凄いじゃない、帝都の流行がリアンジュで食べられるなんて」

 フランシーヌ様が手元の器に目を落とし、イチゴとオレンジの二色で鮮やかに彩られたジュレに感嘆の声を上げる。一口掬って口へと運んだフランシーヌ様が、スプーンを口に含んだまま目を瞠った。

「冷たい!どうやって冷やしたの、コレ?」
「実はシリル様にお願いして、氷を出していただきまして…」
「…あなたも随分と強かになったわねぇ…」

 此処半年で逞しくなったノエミの発言に、フランシーヌ様がスプーンを咥えたまま口を窄め、私にジト目を向ける。そこはリアンジュの同居人のせいではないと、強く信じたい。私が自分に降りかかった冤罪を否定するように首を振っていると、坊ちゃんがフランシーヌ様の傍らに歩み寄り、腰を折って目線の高さを合わせ、懐から取り出した小箱をフランシーヌ様に差し出した。

「フランシーヌ様、私からもプレゼントを贈らせて下さい。護身にお役立ていただければ、と」
「…え、シリル様…コレ…」

 坊ちゃんから小箱を受け取ったフランシーヌ様が中身を取り出し、両手で顔の前に掲げて目を白黒させる。それは細い金の鎖で幾重にも編みこまれたヘアチェーンで、親指の中ほどもある大きな魔法石を中心にして左右に2つずつ、合計大小5つもの魔法石がちりばめられていた。困惑の表情を浮かべるフランシーヌ様の前で、坊ちゃんが魔法石を指差し、効能を説明する。

「全周囲自動感知、即応展開の氷晶壁アイス・バリア一層、表面に雷撃サンダー・付与コーティングを施しています。それと、指向性の大氷壁グレート・ウォールが一枚。こちらは氷槍アイス・ランス2本による自律反撃機能カウンターアタックを付与しました。バイソンやグリズリー程度の突進なら、これで止まります。完全自動フルオートですが、敵味方の識別はできないので、同士討ちが起きそうな場合はこの大玉に触れて止めて下さい」
「いや、ちょっと待って!?何で誕生日プレゼントにさらっと国宝級が出てくるの!?」
「フランシーヌ様、それがラシュレー家なんで」

 動揺のあまりヘアチェーンを手にしたまま、忙しなく坊ちゃんと私に目を向けるフランシーヌ様の姿に私は破顔し、首元を飾るチョーカーの魔法石を指で弄びながら補足する。

「それくらい、まだ可愛いモンですよ。私が身に着けている護身群とガチでやり合ったら、きっと5分もちませんよ?」
「お袋の石柱連装砲が相手だと、もって三撃だな」
「嘘ぉぉぉぉぉぉっ!?」

 元々良質な魔法石の産出地を領内に持ち、幾人もの優秀な魔法付与師エンチャンターを輩出しているラシュレー家だったので、魔法付与エンチャントへの理解があった。だけど、そこに帝国でも五指に入るほど優秀な魔術師であるマリアンヌ様が嫁ぎ、お義父様と言う最良の理解者を得て研究に没頭した結果、強力な魔法付与装身具アーティファクトが量産される羽目になり、しかも雷撃を通信回路に転用すると言う新機軸を打ち出したものだから、もう大変。ただでさえ攻撃力過剰なマリアンヌ式魔法付与装身具アーティファクトをマリアンヌ様と坊ちゃんが好奇心の赴くままに結合させた結果、サン=スクレーヌのラシュレー邸は自動感知・自律駆動式殺戮兵器の宝庫と化してしまった。

 そして、そんな凶悪極まりない殺戮兵器を見事な装飾品に仕立て上げ、気に入った相手にポンポン手渡すのが、ラシュレー式のおもてなしだったりする。

「フランシーヌ様、よろしければ御髪おぐしにお付けいたしましょうか?」
「あ…じゃ、じゃぁ、お願いしようかしら」

 ノエミの申し出にフランシーヌ様が我に返り、ヘアチェーンを手渡す。ノエミがフランシーヌ様の背後に回り、豊かなウェーブを描く金色の髪に沿ってヘアチェーンをあしらった。フランシーヌ様の髪が、まるで陽の光を浴びて輝く清流のような、煌めきを放つ。

「とてもお似合いですよ、フランシーヌ様」
「ありがとう。今まで矢避けディスミス・アローしか着けていなかったから、心強いわ」
「これでもう、グリフォン・ゾンビとタイマンになっても、安心ですね」
「いや、しないからねっ!?」

 衣替え兵器換装を終えたフランシーヌ様が、私の率直な感想を耳にして慌てて否定する。私は笑いながら懐から革製のしおりを取り出し、フランシーヌ様に手渡した。

「フランシーヌ様、私からも。お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、リュシーさん。国宝級をいただいた後だと、これくらい大人しい贈り物の方が、心が落ち着くわね」

 手先が不器用な私は市場で手に入れたありきたりの品しか贈れないけど、フランシーヌ様は坊ちゃんのプレゼントと同じように喜んでくれる。

 私達は澄み渡る青空と色鮮やかな緑に囲まれ、心地良い囀りに耳をくすぐられながら、フランシーヌ様の26歳の誕生日を祝した。
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