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少女の恋③
ナイフ
しおりを挟む俄かに少年をまとう空気が淀んでいく。
澪は恐ろしくなり、身を逆立てながら無意識に後退りをした。
「どうして……何故……僕じゃ駄目なんだ。
この顔が醜いからかい?」
「醜くなんかない!
でも……お兄ちゃん何だか恐いんだもん」
「恐くなんかないさ。
君を世界一幸せにしてあげるから、僕の所においでよ。
ねえ、澪」
初めて呼ばれた名前にときめくことは無かった。
澪は目の前で不気味に笑う少年から、一刻も早く逃げ出したかった。
「……やだ!」
「何を緊張しているのさ。
もっと笑って見せてよ。
僕の名前を呼んでよ」
一瞬だけ少年の笑みが柔らかくなったのを見て、澪はためらいがちに言葉を紡いだ。
「……ち……千鶴」
その刹那。
土砂崩れを起こしたように、少年のアンバランスな顔面はみるみる内に醜い怒りに歪んでいった。
ギィーッ、ガゴッ!
「ひっ」
目を血走らせた少年は、ブランコを澪の方へ叩き付けるようにして手放した。
何かの間違いだ。
少年がこんな行動をするはずがない。
しかしそんな考えは、跡形も無く消え去る。
少年はポケットからナイフを取り出した。
「……!!」
小さな頭の中は混乱で弾けた。
ブランコが当たった額から血が垂れていた。
「その名前を呼ぶかい。
ねえ…………誰を見てその名前を呼ぶんだ!!」
ひっ、と小さく叫ぶ顔面蒼白の澪などお構い無しに、少年は突如発狂する。
「その名前で呼ぶな!!
呼ぶなぁぁ!!」
少年はナイフを一心不乱に振り回し始めた。
刃がブランコの鎖とぶつかり合い、鋭い音が耳に刺さった。
「やだあぁ!!やめて!!」
すでに正常な日常は跡形も無くなり、澪はあられもなく喚き出す。
そして震えて痙攣する体を引きずると、ジャングルジムの方まで駆け出した。
「逃げても無駄だ。
ああー、傷痕が痛むよ。
見ろよ僕の顔を、僕の顔を見ろ」
必死の逃走はあっけなく終わる。
ジャングルジムのふもとで、澪は少年に捕まった。
「離してぇ!!」
澪は乱暴に前髪を鷲掴みにされると、地面に顔を擦り付けられ、少年の顔の前まで引っ張り上げられた。
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