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少女の恋③
お兄さん、誰?
しおりを挟む199X年8月某日。
その日も殺人による事件が全国各地で報じられたが、澪が住む小さな町はそのような物騒な事件とは無縁に思えた。
勿論その日も、少女の誘拐や殺人未遂に関する話などは欠片も耳にすることが無かった。
藤堂誠一が目を疑うほどの多額の慰謝料を澪の両親の前に叩き付けたことを、誰一人として外部に公表することがなかったためである。
先月退院したばかりの澪は、再び入院することになった。
幼い少女の目は生気を宿さないまま、虚ろに窓の外を眺めている。
包帯でグルグル巻きの体、管で塞がれた鼻腔、何度も射されたおびただしい点滴の痕。
身動きひとつ出来ない痛みに澪は弱音を吐くどころか、ただひたすらに静まりゆく夏の気配に耳を傾けた。
ミーン、ミンミンミン。
セミが産声を上げたのか、あっけなくその命を落としたのか。
その鳴き声のいずれも、この病院の中で聞くことが出来た。
人間だって人生こそは長いものの、死ぬ瞬間はセミと大した変わらないのかもしれない。
それを味わうのは、まだ10年しか生きていない澪には到底先のことだった。
ガラ。
開けられたドアの音にも特に反応はせず、澪は入室してきた人物の声をじっと聞いていた。
「……お久しぶりです」
「……」
「…………愚兄が君に行った行為は、決して許されないものです。
愚兄はあの後すぐに、この町からずっと離れた藤堂の別邸に隔離されました。
しかし、全ては僕が君を連れ出したせいで起きた事です。
何もかも僕の責任です。
いや、そのもっと以前から……。
僕が行ってきた様々な行動が、こんな形で返って来るなんて……。
馬鹿にも限度がありますよ。
本当に情けなく自分を恥じています。
申し訳ありません」
端正な面立ちに暗い表情を落とした少年は、白いタイルの床に向かって頭を下げた。
こんなことで取り返しがつくわけがないのに。
許されるわけがないのに。
ただ澪の返事があるまで白いタイルを見つめ続けた。
「ねえ」
澪の微弱な声に反応して、少年は体を強張らせる。
その反面、どこかでまだ期待をしていた。
自分を慕ってくれた笑顔を。
しかしその期待は、瞬く間に崩れていくことになった。
「お兄さん、誰?」
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