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お供はどう見ても、駄犬です

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 音が声だと気付き、何気なく周囲を観察する。
 「追われているのか?」
 水城のいる場所から、声のする場所まで遠くはない。
 「行ってみるか・・・」
 行った先でトラブルに遭遇するのは分かっている。だが、行ってみなければ分からない。
 「出たとこ勝負、か・・・それも、一興かな?」
 武器はないが、なくても何とかなる。と、いうよりも、自分が武器を持ったらとんでもないことになる。
 自覚している水城は苦笑しながら、声のする方向へ歩き出した。

 仮の住処にした洞窟からしばらく歩くが、手入れをされていない木々の根が足元を不安定にさせる。
 「訓練するにはちょうどいいが、この場所で戦うのはハンデがありすぎるだろう?」
 そう言いながら、水城は足を止めなかった。むしろ、速度を上げていく。
 「多勢に無勢、のようだが・・・って、いきなりか!!」
 気付けば、水城の目の前で乱闘が始まっていた。
 一人の男を相手に、剣を持った男達が容赦なく攻撃を繰り返していた。男は避けてはいるが、疲れてきているのは足取りで分かった。
 「退け!」
 水城の声に男はすぐに反応した。水城と入れ替わるように後ろに下がった。しかも、邪魔にならないように進路を開けるという荒業を自然にこなしていた。
 「なんだ?!」
 水城と対決することになった男は気付く前に、手に武器を持ったまま、うつ伏せに倒された。
 「はぁ?!」
 一瞬の出来事で、何が起きたのか理解できたのは技を仕掛けた水城だけだ。
 「多勢に無勢、というのも気に入らないが、こんな狭いところで扱う武器がそれかよ?」
 水城はため息交じりに呟き、状況を確認していた。
 相手は倒した男も含めて10人。他に気配はなく、応援はないようだ。手にしている武器は主に剣だが、槍を持っている者もいる。狭い空間で短い槍ならともかく、長槍を振り回すのは問題ありだ。
 「久しぶりの乱闘だな。加減、できるか?」
 突然現れた水城に対して、男達は殺気をみなぎらせる。
 「邪魔ものは始末しろ、とでも命令されているようだな」
 水城は10人を相手にしても、余裕の笑みを浮かべている。
 「ちょっ、ちょっと、危ないから」
 水城に助けられたような状態の男は、慌てて水城と並んだ。
 「やれるのか?」
 先ほどまで逃げていた男だが、水城が助けに入ったことで表情が明るくなっていた。
 「2対10なら、いけるだろう」
 「・・・無理、するなよ」
 水城に声をかけられた男はニコニコと笑い、
 「そこまで言われて、本気にならなかったら男が廃るって!」
 反撃に転じた男は一撃で2人倒していた。
 「おいおい、オレの助けはいらないだろう?」
 呆れる水城だったが、自分に剣を向けた者に気付き、瞬時に間合いを詰めて男の肩を外していた。
 「えぇ?!」
 「意外に丈夫だな・・・骨を折るつもりでやったんだが」
 水城の言葉に男達は絶句したが、
 「足場が悪いからタイミングが外れただけだよ。運が良いねぇ、この人」
 激痛に苦しむ男に近づき、軽く触れただけで整復したのは水城が助けた男だった。
 「しばらく、寝てて」
 整復直後に軽い打撃を与え、男の意識を奪ってしまうと、
 「助けてもらって言うことじゃないけど、手加減してくれるかな。こいつらから、聞きたいこともある」
 真剣な口調で水城に頼んだ。
 「・・・動けなくなるぐらいでいいのか」
 「できれば、一時的にぐらいで・・・自力で逃げてもらわないと、ここは危険だから」
 「無茶を言ってくれる」
 と言いながら、水城は向かってくる男達に視線を向けた。
 「残り7人・・・1人、残してやる。何とかしろ」
 「えぇ?!ちょっと待てって!!」
 抗議を一蹴して、水城は槍を持った男に近づき、間合いを詰める。
 「1!」
 鼻を強打して動けなくすると、槍を叩き折り、短くしてしまう。
 「2、3!」
 短くなった槍を一閃、向かってきた男達の腕を切り裂き、利き腕を使えなくする。
 「4!」
 槍を投げると、木の近くに立っていた男の頬を掠めて突き刺さる。深々と刺さった槍を見た男は動けなくなった。それを幸いに水城は振り向きざまに回し蹴りを披露する。
 「5、6!」
 蹴りで的確に男達の武器を飛ばし、激痛で動けなくなった男達はしゃがみこんだ。
 「まだ、やるか?」
 息を乱すこともなく、体勢を整えた水城は残った男に狙いを定めていた。
 「聞きたいことがあるなら、早く聞け」
 「ありがとう・・・あのさ、ここ、どこなの?」
 その一言に、敵味方関係なく、全員が絶句した。

 腹が減っては何もできない。
 水城は焚火を囲んで焼き魚を食べる面々を見て、盛大なため息を漏らした。
 「どうしてこうなった?」
 「昨日の敵は今日の友、でいいんじゃないか? あっ、そこの魚、生焼けだよ!」
 「足りなかったら確保するから、ゆっくり食え」
 総勢12名分の食料確保、は困難のはずなのに、水城の脅威的な動体視力は魚をホイホイと捕まえ、ついでに木の実や果実を教えてもらい、しっかりと確保できた。
 「お前のお人好しぶりには呆れるが、こんなところで人食い狼やクマに襲われてっていうのは寝覚めが悪い」
 大きな鮭に似た魚に齧り付く男を見ながら、水城はリンゴに似た果実を口にした。
 「美味いな・・・もう少し酸味があるといいが」
 「熟しているからね。早摘みだともう少し酸っぱいかな」
 魚の焼き具合を確認しながら、男は答えていた。
 「・・・物知りだな」
 「まぁ、これぐらいは普通でしょう」
 10人がかりで追われていた男は、にこにこと笑いながら答えていた。その間も手は休むことなく魚を串にさし、果実を見分けている。
 「普通、ね」
 どこが、という突っ込みをしそうな男達に、水城は問いかけた。
 「こいつ、どこかで借金でも踏み倒したのか?」
 予想外の一言に、全員が目を点にする中、追われていた男は、
 「なんでそうなるの?!」
 と、水城に詰め寄っていた。
 「なんとなく、か」
 「なんとなくって・・・そんな風に見える?」
 「・・・見てくれだけなら、悪くはないが・・・言動が、軽い」
 ガ~ン、という擬音が聞こえてきそうな表情を浮かべ、落ち込む男に同情する者はいなかった。
 「こいつを追いかけてきたのは、賞金でもかかっていたのか?」
 水城の問いかけられ、顔を見合わせた男達はゆっくりとした口調で答えた。
 「賞金、というよりも、依頼です。こいつをある場所に連れて行くという仕事があったんです」
 「依頼主は誰だ?」
 「人買い商人です。おそらく、競売にかけるつもりじゃないかと」
 首をかしげる水城に、男は苦笑していた。
 「有閑マダムにでも売るつもりか?ペットにしても、ハウスができなかったら意味がないだろう」
 「ペット・・・ハウスって・・・おれ、犬なの??」
 「犬は犬でも、しつけができていない・・・駄犬だな」
 「駄犬って・・・ひどくないか?」
 「道に迷った挙句、追っ手にここはどこと聞くやつ、駄犬で十分だろう」
 水城の言葉に、全員、困惑の表情を浮かべていた。
 「あのう、変なことを聞いてもいいかな?」
 「なんだ?」
 「おれのこと、さっきから駄犬って、言っているけど・・・どうして分かったの?」
 「はぁ?」
 水城の目の前にいたのは、モフモフの耳をとがらせて、ふさふさの尻尾を一生懸命振っている大きな大きな銀色の狼だった。突然の変化に、追手だった男達も唖然となり、水城は盛大なため息を漏らすことになった。
 「むやみに変身するんじゃない、この駄犬が!!」
 ゴイ~ンと響く、打撲の音と、
 「なんで、こうなるんだ?!」
 と、頭部をげんこつで殴られて頭を抱えながら、むなしい抗議をする銀色狼の叫びが響き渡った。

 
 
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