青春なんて要らないのに

August

51

「先生…？」

大学だから、あんまり近づかないように気を付ける。
べたべたしすぎて変な関係を疑われても困るし。

「先生？どうかしました？」

少し遠巻きに先生に声をかけるけど、先生は黙ったまま。
仕方ないからもう少し近づく。
誰も廊下を通りませんように、って祈りながら。

「っ、行こう。」

乾いた声。
いつもだったら後ろにエクスクラメーションマークがつく勢いで来るのに。
どうしたんだろう。
今日一日のことを反芻して、何か違和感を探す。
少なくとも、今日のお昼前、ばったり会ったときには元気だった。
俺と広瀬の方に向かって手を振ったりしてくれて。
あれ、あれが何かのサインだったりする？
いつもは会ってもそんな手を振ってきたりはしないよな…。
いやいや、自意識過剰か。
となると、メディア出演関係かな？

色々考えてるうちに車について、俺はいつものように後部座席に乗り込んだ。
運転席に乗り込んだ先生の顔は見えなくなった。

「先生…？」

いつもよくしゃべってるからか、車での沈黙が気まずい。

「あ、あの。今朝はゼリー飲料買ってくださってありがとうございました。お昼前くらいに飲めて、それから食欲も出てきて、お昼も弁当食べられました。」
「…そ、そっか。よかった。」

別に、怒ってるわけじゃなさそう。

なんか、既視感ある状況な気がする。
あれは、確か四月か五月くらいのとき。
俺が先生を独り占めしたい、みたいな邪な感情で悩んでたときだった。
先生に「何で悩んでるの？」って言われたけど、先生のことが好きかもしれない…なんて本人に言えるわけもなく、俺が適当に誤魔化したとき。
あの時の先生は、静かでちょっと怖かった。

…でも、だとしても。
今は別に隠し事してないし。
心当たりと言えるものもない。

「えぇ…？」

思わず疑問が声に出て、ハッとする。

「…どうした？」

静かな車内。しかも信号待ちで停車中だったこともあって、俺のつぶやきは先生の耳にも届いたらしい。

「え、えと、あ、」

先生の様子がなんかおかしいなと思って、って言うのはちょっと変。
だけど、隠し事したらこの間の二の舞になるかな。
色々考えた結果何の声も発せなくなった。皮肉なもんだ。

「ふふ、今日のテストはどうだった？」

あれ、いつもの声だ。

「え、あ、あの、まぁまぁ、です。はい。」
「そっかそっか、よかった。明日は緊張せず、朝食食べられるといいけど。」
「あ、ありがとうございます。」
「今日はずっと広瀬くんといたの？」
「そ…そうです、ね。試験終わりでたまたまばったり会ったので、そこから一緒に勉強してました。」
「そうだったんだね。ずっと一緒にいたみたいだから、何やってるのかなぁって思ってた。一年生なのに勉強に対して意識が高くてすごいなぁ。」

ずっと一緒にいたみたいだから…？
先生と会ったのはお昼前のあの一瞬だけだと思うんだけどな。
もしかして、他にもすれ違ったりしてたのかな…。
あ、それでその時俺が気づかなかったから、ちょっと悲しそうな顔してたのかもしれない。
先生がいたら人だかりができるから、割と気づきやすいんだけどなぁ…。
まぁ、細かいところは気にしない。

「先生の授業の話もしたんですよ。広瀬が、先生はメールでわからないところ聞いても丁寧に教えてくれるって言って感動してました。」
「ははっ、それは嬉しいな。僕はやる気のある学生にはどんどん学びを深めていってほしいからね。」
「先生のそういうところ、好きです。」
「僕もゆうが好きだよ。」
「っ？はは…。」

違う、そうじゃない。
そういうことが言いたいわけじゃない、んだけどな…。
やっぱり、今日の先生はちょっと変、かもしれない。