青春なんて要らないのに

紐下 育

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December

110

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「えっっっ」

先生はそう言ったあと、しばらく黙り込んだ。
やっぱり、車運転中に言う話じゃなかった…。

「ちょっとだけ、考えさせて。」
「はい…。」

そりゃそうだよな。
だってあの日、俺が倒れたから先生がわざわざ助けてくれたのに。
わざわざ、先生に休んでもらったのに。
あれだけ心配かけて、今だってこうして毎日送り迎えをしてもらってるのに。
だめだ。俺は、なんてわがままなんだ。

「あの、すみません。やっぱりなん、」
「ゆうは何も悪くないんだよ。これは、僕の問題だから。」

やっぱりなんでもないです、って、口をついて出た。
だけど、先生の否定も早かった。
「僕の問題」って、どういうこと?
困らせてるのは僕で、先生が心配するのも当然のこと。
先生はただ、巻き込まれただけなのに。
でも、思案中のオーラをまとった先生に何かを質問するのが妙に憚られて、家に帰るまで、俺は何も話さなかった。
先生も、ずっと黙ったままだった。

「夕ご飯は一緒に楽しく食べたいから、先に話してもいいかな?」

家に帰って夕飯の支度をしようとしたところを、先生に止められた。

「はい」

何を言われるのかわからなくて、ちょっと怖い。
でも、話し終わったら楽しくご飯が食べられるんだよね…?
だから、きっと大丈夫。

「怖くないよ。僕はいつでも、ゆうの味方だ。」

先生はほほ笑んで、俺の手をぎゅっと握る。
そこで初めて、俺は自分の手が震えていたことに気づいた。

手を握ったまま、先生は話し始めた。

「まず、僕としてはゆうの電車通学を応援したいと思っているよ。」
「…ほんとですか!」

体温がぐっとあがったような感覚がある。

「最初に言われた時は、びっくりしてしまって。結果として、ゆうを不安にさせてしまったよね。本当にごめん。」

先生の視線が下がる。

「PTSDって、わかる?」
「えっと…たしか、トラウマ、みたいなやつですよね。心理学の授業でやった気がします。」
「さすがゆう。その通り、何か自分の想像を超えるような恐怖や不安を味わったあと、それがフラッシュバックしたりしてしまう病気のこと。」

よく覚えてるね、とにこやかに笑いかけながら、先生は続けた。

「今、ゆうは特に問題なく生活できていると思うのだけど、そして、それはとても喜ばしいことではあるけれども、僕はこれから先、ゆうがPTSDを発症するようなリスクがないわけではないと考えている。」

「え…。」

「あっ、別に怖がらせる意図はないんだ。ただ、ずっと電車を避け続けると、電車に乗るのが怖くなったりすることもあると思う。そしてそれは、避け続けてきた時間が長ければ長いほど深い傷になってしまうのではないかなって、考えていたところだったんだ。」

そんなことまで考えてくれていたのか、という驚きで、俺は声を出さずにうなずく。

「だからね、ゆうがそうやって、また電車に乗りたいと思えることはすごく、すごーく、素晴らしいことで、尊いことなんだよ。」

俺をじっと見つめる先生の目は、人のものとは思えないほど深くて深くて、引きずり込まれそうになる。
なんだか、思ってもない方向に話が進んでる。

「だから、さっきも言ったように、ゆうの電車通学を応援したい。」
「…ありがとう、ございます。」

俺の言葉にうなずいたあと、先生は一瞬だけ逡巡するような表情を見せた。

「ただ、これは完全に僕の個人的な問題なんだけど…」
「はい」

ここだ。車の中で言われてから気になっていたこと。
どういう意味だろう。

「僕はゆうが大切で大切で、できることならだれにも触らせたくない。ゆうが一度でも傷ついた場所にもう一度ゆうを送り出すのは、僕も怖い。」

どう反応したらいいかわからない。
ただ、思わず涙があふれてきた。

「ゆう!?大丈夫!?何か怖い?ごめんね、不安にさせちゃったかな。」
「違うんです、ただ、ただ、こんなに俺のこと、かんが、えてくれる人がいることが、その…嬉しくて。」
「当たり前だよ。僕は絶対、ゆうを離さない。」

「だからね。」

先生の声に、力がこもる。

「僕も、電車で行くことにするよ。」

…?
……?

「えっっっ!?」

俺の声が、家に響いた。
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