青春なんて要らないのに

December

先生の独り言

寝ているゆうを起こす時、僕はいつも緊張する。
寝相がいい子だから、なんだか剥製にでもなってしまったように思えて。
まずはささやくくらいの声量で、声をかける。
「ゆう？朝だよ」
次に、ゆうの肩に触れる。
そして、普通に話すくらいの声量でもう一度声をかける。
「起きられる？」

「ん…さくく…」

この瞬間、僕の心がパッと色づいていく。
冬につもった雪が解けて、春の植物が芽吹きだすように。

「おはよう、ゆう。準備しようか。」

喜びをこらえて、僕は平然と言う。
寝起きは悪くないはずだけれど、頭が回転し始めるまでにはある程度時間がかかるタイプなようだ。

本当であれば、朝ごはんを作っておいてあげたい。
これだけ眠そうにしながらもむっくりと起き上がってキッチンに向かうゆうを見て、僕はそう思う。いくら作り置きをしていると言っても、料理を解凍したり皿に盛りつけたりするのは、手間だろう。
起こす時、「朝ごはん、できてるよ」と言えたら。
今以上に、料理ができない自分を恨んだことはない。
ゆうが来てから、料理を練習しようとしたこともあるのだけど、見たことのない形相で止められた。

包丁で手切ったらどうするんですか！
火事とかなったらどうするんですか！

言葉だけ見ると脅しにしか見えないかもしれない。
でも、心当たりがあるものだから、僕はゆうの言葉に怯んでしまった。
ゆうに依存した生活は悪くないけれど、ゆうだって大変な時があるだろうに。

ゆうは僕のことを過保護だと言うけれど、ゆうだって大概、僕に過保護だと思う。

同じ家から出ると怪しまれたら困る、とゆうが言ったから、僕は勝手口から出ることにした。
ゆうの方が先に駅についたようで、広瀬君とちょうど改札に入っていくところだった。
広瀬君は優しくて明るくて、とてもいい子だと思う。ゆうをいつも気にしてくれているようで、この間も、空きコマでゆうと外出していた。
でも、ゆうと僕の関係にもし勘づかれたら、ゆうにとっては大事件になるのだと思う。
僕としては、ゆうのお父さんと知り合いだということもあって、一緒に暮らしているのはそこまで不思議ではないと思っているのだけれど、あまり学校で友達がいないゆうにとっては、大きなショックになりかねない。
あまり気づかれないように、少し経ってから改札を通った。

同じ車両に乗ったけれど、人が多すぎてゆうはあまり見えなかった。
そうだった。僕が学生のころも、こうやって乗っていたんだった。
ゆうの背は低くてあまり見えないけれど、広瀬君の後頭部がかろうじて見える。
特に困っている様子は見えないから、ひとまずは安心できるかな。
同じ駅で降りたはずだけれど、ゆうと広瀬君の姿はもう見えなかった。

「お、若狭先生、おはようございます！いつもいる時間にいなかったので、ちょっとだけ心配してました。」

研究棟に入ると、同じ学科の先生と顔を合わせた。

「あぁ、すみません。今日は電車で来たんです。」

自分の研究室のポストを確認して、コーヒーを入れて。
いつものルーティーンをこなせば、僕は「教授」になる。
どの子にも平等に、いつも冷静に。
今日ももうすぐ、授業が始まる。